第12話「てめぇがしたくねぇ事で、他人を引き合いに出すんじゃねぇよ」
教会騎士はズカズカとスケットン達の目の前へとやって来る。そして眼鏡の奥の目をカッと見開くと、先ほどと同じ声量で怒鳴り始めた。
「先程から黙って聞いていれば貴様ら、司祭様の崇高なお話をダルいだの、戦闘能力の差異がどうだの、騎士になれない者の避難所だの……馬鹿にするにも程があろう!」
どうやらほぼ全部聞こえていたようである。
頭から湯気が出そうなくらいの怒りを見せる教会騎士を見て、スケットンは両手を軽く持ち上げ、開いた。
「うわぁ地獄耳ぃ。何、教会騎士様って、人の話を隅から隅まで聞くのがお仕事なの?」
「何だと?」
「人の会話を盗み聞きする前に、そこのジジィのスウコウな? お話をちゃーんと聞いてやれって言ってんだよ」
「貴様、言うに事欠いて盗み聞きだと!?」
毒づくスケットンに、教会騎士の目がつり上がる。
人の神経を逆なでするようなスケットンの物言いに、ナナシがフォローを入れようとした時、
「まぁまぁよしなさい、ルーベンス」
と、教会騎士の背後から司祭の声が聞こえてきた。
ルーベンスと呼ばれた教会騎士はその声にハッとなり、振り返る。
「司祭様、しかし……」
「信仰とは自由なもの。そしてそれに対してどう思うかも自由なのです。自由たる意志、そして意思を生む事こそが、光の女神オルディーネが我らに与えたもうた在り方というもの。強制するものではないのですよ」
司祭は穏やかにそう言うと、ルーベンスは感極まって、
「司祭様、何と慈悲深い……浅慮な私めを、お許し下さい!」
と、勢いよく頭を下げた。賑やかな男だ。
スケットンは不愉快そうにそのやりとりを見ながら「茶番だな」と言う。その言葉にルーベンスが反応してギロリと睨み、スケットンが睨み返す。
お互いに手は出ていないものの、一触即発の雰囲気だ。もっとも町中での流血沙汰はご法度、というのがこの世界の暗黙のルールなので、よほどの事がなければ大事にはならないだろうが。
だが、もし万が一、スケットンの仮面が剥がれたら、その限りではない。
何と言ってもアンデッドだ。これ幸いに討伐される流れだろう。
ナナシが様子を見ながら「さてどうしたものでしょうか」と考えていると、不意に司祭と目があった。
「私の勘違いでしたら申し訳がないのですが……もしやそこにいらっしゃるのは、勇者のナナシ様ではありませんか?」
「あ、はい。今代勇者のナナシです。お初にお目にかかります、司祭様。どうぞご贔屓に」
ナナシが反射的に答え、頭を下げて挨拶をすると、ルーベンスがギョッとしたように彼女を見る。
「勇者様ですって!? こ、これは失礼致しました! 私はサウザンドスター教会所属の教会騎士ルーベンスと申します!」
ナナシが勇者だと聞いた途端に、ルーベンスはころっと態度を変えた。スケットンなど呆れて半眼になっている。
ルーベンスは背筋をビシッと伸ばすと、ナナシに向かって頭を下げて挨拶をする。
ナナシはその勢いに目を丸くしながら、右手を軽く横に振った。
「ああ、はあ、いえ、こちらこそ。お仕事の邪魔をしてすみません」
「いえ! いえ、そのような事は! 私も勇者様だとはつゆ知らずご無礼を!」
「いえ、私の方こそ知っていながら失礼を」
あまりにルーベンスが謝るものだから、ナナシもついつい謝り返す。言っている内容は、それこそ失礼極まりないが。
だがルーベンスはそれに気づいていないようだ。
それよりも別の事が気になって仕方がないようで、ルーベンスはスケットンを見ながらナナシに尋ねた。
「もしやこちらの方は、勇者様のお仲間で?」
訝しんだような目のルーベンスは、尋ねるような口調ではあるが「よもやそんな事はないでしょうが」という心情が見え見えである。スケットンにもそれが分かり、
「誰が仲間だ誰が」
と悪態をついた。
ルーベンスはスケットンを睨みながら、安心したような様子で、
「そうでしょう、このような粗暴で粗野な輩に、勇者様の仲間が務まるとは思えません」
と言った。それを聞いてナナシは「この人も勇者なんだけどな」と思った。
スケットンが粗暴で粗野という評価は正しいが、彼自信もまた勇者である。仲間どころか本人だ。
だがそんな事などルーベンスは知る由もなく。
馬鹿にされたと感じたスケットンは、挑発するように言い返す。
「へーえ? それはそれは……なら? その騎士様が? こちらの勇者様のお仲間になって差し上げたら良いんじゃありませんかねぇ?」
「そ、それは……」
スケットンの言葉に、ルーベンスが動揺し、視線を彷徨わせる。
言葉に詰まったルーベンスをスケットンは鼻で笑った。
どれだけ立派で、綺麗な言葉で飾っても【レベルドレイン体質】という実害のあるナナシと旅をする事は、やはり抵抗があるのだろう。
弱くなると言う事は、つまりは死ぬ可能性が高くなる。死というものが隣り合わせである以上、それは仕方のない反応でもあった。
だがスケットンは、そのルーベンスの態度を見て、即座に『論外』と評価した。
こういう輩をスケットンは良く知っている。
他者に理想を押しつけて、要求するだけ要求して、自分からは絶対にその対価を差し出さない。寄りかかって、相手を潰すだけの存在だ。
そういう輩の姿をスケットンは何度も見て来た。
だからこそスケットンは、こういう輩に何を言えば黙らせられるか知っている。
「てめぇがしたくねぇ事で、他人を引き合いに出すんじゃねぇよ」
スケットンは普段の乱暴な口調ではなく、淡々とした調子で言った。
スケットンの言葉に、ルーベンスはナナシを見て青ざめる。
その様子にスケットンは清々した気分になったが、目の端でナナシが僅かに目を伏せたのが見えてハッとした。そして気付いた。
自分が言った言葉が、
「ゆ、勇者様、わ、私はそのような……」
ルーベンスが弁明しようとしたが、ナナシは苦笑しながら首を振り、
「……いえ、お忙しいと思いますので」
と、気遣うように言った。それを聞いたルーベンスがあからさまにホッとした顔になる。
ナナシは笑っているが、スケットンにはそれが傷ついている顔に見えた。見えてしまった。
「あ、し、司祭様。そう言えば、そろそろお時間が……」
「ああ、そうでした。それでは勇者様、大変名残惜しいですが、次の町へ向かわねばなりませんので、我々はこの辺りで」
ルーベンスに促され、司祭はそう言って頭を下げた。本当に、ただ挨拶するためだけに声を掛けたのだろう。
予想外に微妙な空気になってしまったが。
「あ、はい。道中お気をつけて」
ナナシは去って行く司祭たちへ手を振る。
ルーベンスは何度か振り返り、その度に頭を下げて行った。
その背が小さくなり、見えなくなると、ナナシは小さく息を吐く。それを見てスケットンは少し罪悪感を感じた。
売り言葉に買い言葉で思わず言ってしまったが、ナナシがその事を気にしていたという事も、言った後で思い出したのだ。
どこかしょんぼりとしているナナシの頬を、ブチスラが慰めるようにすり寄る。ナナシは小さく微笑むとブチスラを手でなでた。
スケットンは何か言おうと口を開ける。
「あー、ナナシ。その、だな」
「スケットンさん」
「な、何だ?」
スケットンより先に、ナナシが声を掛けた。スケットンが首を傾げると、ナナシは笑って、
「ありがとうございます」
と、礼を言った。スケットンは目を丸くする。
「礼なんか言われる事してねぇぞ」
「言い返してくれたじゃないですか」
「それは……別にお前のためじゃねぇよ。俺がムカついたからだ」
「それでも、嬉しかったので。そういうの、初めてだったので。だから、嬉しかったです」
ナナシは微笑む。スケットンは胸を突かれた。
記憶のあるなしはともかくとして、本当に初めてだったのだろう。スケットンは頭を掻くと、
「…………そうか」
と、言った。それ以上、何て言えば良いのか分からなかった。
他人を信じず、一人で生きてきたスケットンは、他人の慰め方が分からない。
罵詈雑言なら得意なのだが、こういう時に何と言ったら良いのか、本当に分からないのだ。
下手に何かを言えば、先ほどルーベンスに言ったような言葉が出かねない。だからスケットンはひと言だけそう言った。
そんなスケットンに、ナナシはにこにこと笑って「はい」と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます