第11話「仮面ひとつで騙せるもんだなぁ」
スケットンがナナシと共に山でアンデッド退治を終えた翌日のこと。
うららかな春の日差しを受けながら、スケットンは琥珀砦の町ベルンシュタインの町中を歩いていた。
スケットンはフードをかぶり、顔に昨日はなかった真新しい仮面をつけている。シンプルではあるが、目の周りの模様が洒落たデザインの仮面だ。
「仮面ひとつで騙せるもんだなぁ」
そんな事を言いながら、スケットンはベルンシュタインの門を振り返った。
先日は門前払いをくらったにも関わらず、今回はするっと入れたもので、スケットンは少々拍子抜けした。彼が今回何の問題もなく中へ入る事が出来たのは、顔につけている仮面のおかげである。
スケットンがつけている仮面は、ベルンシュタインに入る前にナナシから貰ったものだ。もちろんこの仮面はお洒落のためではなく、顔を隠す為ためのものである。
最初にここへ来た時に、すでにスケットンの顔は門番に知られて――というかスケルトンなので目立っただけだが――いる。なのでナナシは「仮面で顔を隠して入りましょう」と言って、スケットンと別れた時に購入した仮面を渡したのだ。
スケットンの服装のボロボロさはどうにもならないが、仮面と合わせるとこれがどうして、しっくりくる。ナナシいわく「歴戦の道化師っぽいですね」との事だが、果たして褒められているのかどうかはスケットンには分からなかった。だが仮面自体は洒落ていたし、それなりに気に入ったので「まぁ良いか」と思う事にしたのだった。
さて、こうしてベルンシュタインに来た二人だったが、本来ならば世界樹引っこ抜き事件の犯人を捕まえるために、竜の守る村オルパスへ向かっているはずだった。それなのに何故ここへ来たかと言うと、オルパスまでの道中に『オルビド平原』という場所があるからである。
オルビド平原とは、草食系の魔物が多く生息する、だだっ広い平原だ。肉食系の魔物もいるにはいるが数が少なく、よほどの事がなければ通り抜ける事自体は難しくはない場所であった。
実はそのオルビド平原は、十年前に魔王の軍勢と人間側が戦った場所なのだ。今ではオルビド平原ではなく『オルビド戦場跡』と呼んだ方が話が通じやすいだろう。
『オルビドの戦い』と呼ばれるそれは、大きく、長く、そして酷い戦いだった。魔王側も人間側も、双方ともに、多くの死者が出た。そしてその死者の肉を漁ろうと、肉食系の魔物が群がり、そこに残留する魔力を受けて狂暴化するようになった。
そして生態系のバランスは崩れ、力を増した肉食系の魔物によって、草食系の魔物が激減する。遺体を回収しようにも肉食系の魔物の増加によりままならない。
そこで発生したのが世界樹引っこ抜き事件だ。残った遺体は大量のアンデッドと化し、肉食系の魔物の存在も相まって、相当に危険な場所へと姿を変えたのだ。
危険な場所である上に、ただでさえ広いオルビド平原を、力押しだけで突っ切るのは、さすがに厳しい。なのでスケットンはナナシから琥珀砦の町ベルンシュタインで一度準備を整えましょう、と提案を受けたのだ。
「俺だけなら問題ねぇんだけどよ」
言ったり来たりを繰り返す旅路にスケットンがぼやく。確かに生前のスケットンだけならば何とかなるかもしれないが、今は事情が違うのだ。
面倒くさそうなスケットンに、ナナシは苦笑しながら、
「私は無理ですよ、途中で魔力切れを起こして死にます」
と言った。魔法切れとはその名の通り、自分の内にある魔力が尽きてスッカラカンになる事だ。魔力切れになっても死にはしないが、ナナシは魔法使いである。魔法が使えなくなれば、平原の魔物やアンデッドに襲われてジ・エンドだ。しかもナナシの【レベルドレイン体質】がアンデッドも強化してしまうので、ナナシが死んで食らわれでもしたらどんな事になるのか想像がつかない。
だからそんな危険は冒せない、とナナシが言うと、スケットンが「ケッ」と悪態をついた。
「勇者のくせに足手まといめ」
「その足手まといがいないと、あなたはスケルトンレベル1ですよ」
ナナシも負けずにサラッと言い返す。スケットンはぐっと言葉に詰まる。黙ったスケットンを見て、ナナシの肩のブチスラが笑うように体を震わせた。
スケットンはブチスラを睨んだ後、気を取り直したように頭の後ろで手を組んで、辺りを見回した。
ベルンシュタインの町は頑強という言葉に相応しいように、地面も建物も石材で出来ている。町の住人も体つきががっしりしている人間が多いように見える。
その間を潜り抜けて、子供がきゃいきゃいと楽しそうに遊んでいたり、屋台の店主達が元気よく呼び込みをしていたり、旅人が焼きたての串焼きを頬張って歩いていたりと、活気のある雰囲気が感じられた。
「しっかし町の中は意外と普通なんだな」
「普通と仰いますと?」
「外にアンデッドがうようよしているのに、のんきに串焼き頬張って歩いているって事だよ」
心なしか機嫌が良さそうなスケットンの言葉に、ナナシは「ああ」と両手を合わせて頷いた。
「ベルンシュタインの守りは盤石ですからね。あのオルビドの戦いでも、魔王側が一度も攻め込めなかったという話ですよ」
「へぇ……三十年経っても全然変わってねぇんだなぁ、ここは」
スケットンは懐かしそうにそう言った。スケットンも三十年前は勇者としてあちこち旅をした。基本的には豪遊のついでみたいな感じであったが、それでも色々見て回っている。
そんな旅の記憶の中にある光景と、あまり変化がないこの町を見て、スケットンは少しばかりほっとした。そんなスケットンの顔を見上げ、ナナシは尋ねる。
「三十年前ってどんな感じだったんですか?」
「あ? そうだなぁ……」
スケットンは町を見回しながら自分の記憶の中にあるベルンシュタインを思い出す。そうして仮面の下で珍しく穏やかに笑うと、
「……まぁ、串焼き頬張ってる奴はいたわな」
と、どことなく嬉しそうに言った。声からその様子が伝わってきたのか、ナナシも「そうですか」と微笑んだ。
そうしてスケットンとナナシが、出会って以来初めてではないかと言うくらいに和やかに町を歩いていると、ふと、何やら人だかりが見えた。
「光の女神オルディーネは、我々の行いを見ていらっしゃいます。ゆえに、我らが自らを律し、光の女神オルディーネへ心からの祈りを捧げる事が、我々を救う唯一で最大の方法なのです」
何やら演説のようなものも聞こえてくる。
スケットンが立ち止ってそちらを見ると、その中央に聖職者らしい老人と、騎士らしい男が立っていた。どちらも星を模した刺繍の入った服を着ている。
「あん? 何の集まりだ、あれは」
「ああ、サウザンドスター教会の方ですね。司祭と教会騎士でしょう」
同じくそちらを見たナナシがスケットンにそう説明すると、スケットンは嫌そうに顔をしかめた。
せっかく気分よく歩いていたのに台無しにされた気分になったからだ。
「……あのクソだるい演説は何なんだよ?」
「勧誘でしょうか。ノルマとかあるらしいですよ」
身もふたもない事を言うナナシに、スケットンは肩をすくめた。
「演説してる余裕があれば、お得意の聖なる力とやらでアンデッドを退治して回りゃあいいのに。信者獲得の方に御熱心とは暇な連中だねぇ」
「まぁ、教会内でも戦闘能力の差異は結構ありますからね。戦えない方もいらっしゃいますし、無理は言えません。あ、でも、一緒にいらっしゃるあの教会騎士の方は腕が立ちそうですよ」
サウザンドスター教会はゆるいながらも、基本的には光の女神オルディーネを信仰する事こそが救いである、と考える宗教だ。不殺を貫いているからこそ戦う術も必要がない、と考える者も存在する。ゆえに戦える人間は一握りで、そのほとんどが教会騎士と呼ばれる役職の者達だった。
教会騎士とはその名の通り、教会に忠誠を誓う騎士達の便宜上の総称だ。何故便宜上かと言うと、彼らは正式には騎士ではないからである。この世界の騎士とは国、もしくは国王に認められて初めて効力を得る役職の事を指す。つまり、国や国王に認められていない彼らは、どれだけ騎士を名乗ろうが、認められるまでは『自称』扱いなのだ。
「腕が立つねぇ……でも教会騎士ってアレだろ、騎士になれねぇ奴の避難所」
「スケットンさん、それ聞かれたら怒られますよ。まぁ、あながち間違っては……」
スケットンの言葉にナナシが頷きかけた時、
「大間違いだ!」
と、突然、大声が響く。スケットンとナナシが反射的に声の方を向けば先ほどの人の輪の中央にいた教会騎士が、足音を立てて近づいて来るのが見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます