第10話「聖剣なのに鈍器扱い」


「世界樹って聖剣を作る材料になるんですよ」

「え、マジで? あれって世界樹から出来てんの?」


 ナナシの言葉にスケットンは空洞の目を丸くした。

 聖剣というのはその名の通り、アンデッドや魔族の聖なる力が込められた剣の事である。スケットンの持つ魔剣と同様に、基本的に市場には出回らないレアな武器だ。大体は国や教会が管理している。

 魔剣はその多くがドワーフ族によってつくられているが、聖剣は人間やエルフ族によって作られているのも特徴の一つだ。


「まぁ、剣と言っても木刀なんですけどね」

「斬れねぇじゃん」


 真顔でスケットンは言う。最もな言葉にナナシは苦笑した。


「ええ、斬れません。でもアンデッドや魔族に効果絶大です。まぁ、聖職者は基本的に刃物は扱いませんから、利には敵っておりますよ」

「まぁそりゃそうだろうが……聖剣なのに鈍器扱い」


 この国の聖職者は不殺が基本である。だがそれはあくまで『自分が』だ。他人の殺生に対しては何も言わないし、犯罪に関わらなければ咎めもしない。自分の行いが教えに添っていれば問題ない、という考え方なのだ。

 そんな聖職者たちからすれば理には敵っているだろうが、微妙に納得出来ないものがあるとスケットンは半眼になった。

 ナナシは話を続ける。


「それで、まぁ、聖剣が出来るじゃないですか」

「ああ」

「世界樹を引っこ抜いた事でアンデッド増えるじゃないですか」

「増えるな」

「教会が聖剣でアンデッド倒して人気上昇」

「見事なまでのマッチポンプだな」


 魂の循環ならぬ、独自利益の循環である。上手い事を考えたものだとはスケットンも思ったが、迷惑極まりなかった。


「そこまでは分かっているんですが、なかなか証拠を得られなくて」

 

 そう言ってナナシは肩をすくめる。

 強引に調査に踏み切れば何かは出てくるかもしれないが、サウザンドスター教会の発言力は大きい。もし何も見つからなかった、などと言う事になればタダでは済まない。

 なので国もなかなか手を出せないとナナシは言う。


「教会が犯人ねぇ……信仰心が随分と煩悩まみれだこと。光の女神さまが泣くぞ、おい」

「まぁ人間の煩悩は何百年経っても消えませんからね」

「たかだか十数年しか生きてねーくせに悟ったような事言うじゃねぇの」

「え? ……ああ、そう言えばそうですね。何でだろ」


 スケットンがそう言うと、ナナシは初めて気が付いたように目を瞬いて首を傾げた。言われて初めて気が付いたというような顔をしている。


「何だって?」

「あ、いえ、別に。大した事じゃないですよ、たぶん」


 聞き返すスケットンに、ナナシは曖昧に笑って答えた。自分でもよく分かっていないような口調である。

 スケットンも不思議には思ったが、本人が気にしていない様子であるし、特に興味もなかったので止めた。


「まぁいいわ、それなら教会に殴り込みかけようじゃねぇの」

「いやいやいや、待ってください、危険ですよスケットンさん」

「何でよ、俺、最強よ?」


 すっかり自信を取り戻したスケットンは、親指で胸を叩いて堂々と言う。

 ナナシは「それはそうですけど」と前置きした後で続けた。


「スケットンさんって、今はアンデッドじゃないですか」

「まぁ」

「消されますよ、ガチで。教会ってアンデッドに対して大変お強いです」


 ナナシが真面目な顔でそう言った。

 確かに幾ら煩悩に溢れていたとしても、教会は教会である。教会は日常的に聖なる力を行使している聖職者が集う場所だ。

 そしてアンデッドは聖なる力に大変弱い。そんなところに何の対策もなく殴り込んでいえば、今現在しっかりアンデッドをしているスケットンなど、一瞬で滅されてしまうだろう。今度こそ、ものの見事にジ・エンドである。

 スケットンは唸りながら頭を抱えた。


「煩悩まみれのくせに納得がいかねぇ……」

「それをスケットンさんが言いますか。まぁサウザンドスター教会って信仰は自由ですけれど、信仰以外に何をするのか自由らしいですよ。私は信者じゃないので細かい事は分かりませんけれど」


 サウザンドスター教会は光の女神オルディーネを信仰する、という点だけをしっかりと守っていれば、そんなに厳しい事は言わないゆるい教会だ。不殺というのも光の女神が創造神である所以である。だがそのゆるさのせいか信者の数は多かった。


「信じる者は救われるって奴? 随分都合よく解釈されんだな」


 そう評するスケットンも、もちろんだが信者ではない。二人揃って「理解出来ない」と言った。


「じゃあ、あれか。殴り込みがだめなら現行犯で捕まえろって事か」

「堅実さを考えればそうですね。ただ、次にどの世界樹を狙うのかが分からないんですよ」

「ふーん? つーか、地図持ってるか? ついでに書くもの」

「あ、はい。どうぞ」


 ナナシが鞄の中から地図とチョークを取り出し、スケットンに渡す。地図が見やすいように光源魔法ライトも近づける。

 スケットンは「どーも」と軽く礼を言うと、その場に腰を下ろし、地図を広げた。


「俺達が今いる場所はベルンシュタイン付近の山だから……ここか。で、世界樹が引っこ抜かれたのはどの辺よ?」

「えーと……錬金の町カッツェンアウゲの周辺ですね」

「あー、あいつら教会と仲悪いもんなぁ」


 スケットンは世界樹が引っこ抜かれた場所にチョークで印をつけていく。

 すでに十本前後の世界樹が抜かれている。実に酷い有様である。

 ナナシはそれを覗き込みながら「ふむ」と顎に手を当てた。


「こうして見ると、意外と場所が偏っていますね。比較的被害が多いのがカッツェンアウゲの近くというのが大変露骨です」

「見ろよ、聖都モーントシュタインの周辺の被害がゼロだぞ。あいつら保身はしっかりしてるよなぁ」


 聖都モーントシュタインとは、サウザンドスター教会の本部がある町の事である。自分達が住んでいる場所はちゃっかりと安全圏にするあたり、やり方が汚い。 


「世界樹を引っこ抜けばアンデッドがうようよ出てきますからね。聖なる力のおかげでうちは無事でした、みたいに言っておけば人気も急上昇なんでしょうねぇ」

「分かりそうなもんだがなぁ。まぁ、縋りたくなるような状況なんだろ」


 アンデッドがうようよいる状況など、悪夢以外の何物でもない。その時に奇跡やら何やらを見せられれば、信じたくなるのが人間と言うものだ。

 スケットンの言葉に頷きながら、ナナシは地図を指差す。


「聖都から離れた場所で、無事な世界樹と言うと……この辺りですかね? 確かここは竜に守られた村があったはずですが」

「竜か……魔物ってのは、自分達以上に強い魔物がいる場所じゃ悪さはしねぇからなぁ。世界樹を引っこ抜くのも結構な作業だから、魔物に襲われにくい場所を選ぶだろうし、アリだな」


 竜とは魔物達の頂点に立つような存在である。頑強な身体を持ち、とても賢い魔物だ。

 スケットンの魔剣【竜殺し】はそんな竜を倒すために作られた剣だが、実の所、人を襲う竜というのはそれほど多くはない。人の肉の味を覚え好物としたか、もしくは人が竜の領域テリトリーを侵したかのどちらかだ。

 竜に守られた村、と言うからには、そこでは人と竜が上手く共存しているのだろう。珍しい例だな、とスケットンが思っていると、


「スケットンさんって意外と頭良いですね」


 と、ナナシに感心したように言われた。意外とは余計だが一応褒められてはいるようだ。

 スケットンは機嫌を良くした。


「もっと褒めても構わんぞ。……それにしても騎士団は一体何をしてんだ? 幾ら勇者のせいで弱体化してるっつったって、これだけ被害出てんなら世界樹の方にも人数回すだろ」

「アンデッドで手一杯なんですよ」

「傭兵とか冒険者もいるだろ」

「アンデッドで手一杯なんですよ」

「最悪だ」


 アンデッドに始まりアンデッドに終わるというような様子である。

 スケットンは頭を抱えた。想像以上に頭が痛い状況になっているようだ。

 そんなスケットンに向かってナナシはにこりと微笑むと、胸に手を当てた。


「だから勇者がいるんです」

「勇者ってのは魔王倒すのが仕事だろ?」

「いえ、魔王は十年ほど前に倒されましたよ」

「え」

「スケットンさんの次の次くらいの勇者が」


 さらっと告げられた事実に、スケットンはポカンと口を開けた。

 すでに魔王が倒されていたという事実に、スケットンも流石に驚いたようだ。

 だがそこで、驚きと同時に一つ疑問が浮かぶ。勇者とは魔王を倒すために選ばれた者の事だ。にもかかわらず、すでに魔王はいないという。ならば何故ナナシは勇者だと名乗っているのだろうか。

 そうスケットンが聞くと、


「……じゃあ、その後の勇者は何してんの?」

「魔物倒したり魔物倒したり猫探したり」


 と、ナナシはさらっと答えた。魔物と魔物と猫。いよいよスケットンは理解できない、という顔になる。


「最後のは何」

「いえ、最近そういう依頼が来まして」

「何だ、というと、あれか。今の勇者ってもしかして、雑用係的な?」

「平たく言うと」


 魔王がいなくなった後の勇者の扱いに、スケットンは唖然とした。

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