第9話「他人から施しを受けるなんて御免だよ」


 アンデッドを一通り倒し終えたスケットン達は、夜になってもまだその山にいた。日のある内に姿を現さなかったアンデッド達を倒すためである。アンデッドは夜になると活動的になるため、昼間にいない集団も夜になれば姿を現すと考えたからだ。

 暗い夜の山をナナシの光源魔法ライトが明るく照らすと、道や木々にそれぞれの影が映る。

 光と影を引き連れて、二人はアンデッドを探して山を歩いていた。


「しっかしよー、この辺りってこんなだったか? もっとのどかだった覚えがあるが……。それに幾らアンデッドだらけっつっても、一か所で多すぎだろ」


 ナナシが言う通り、この国は今、アンデッドが大量に発生している。

 だがアンデッドとは言え、何もない所では生まれない。死者がいて初めてアンデッドが生まれるのだ。

 肉体が朽ちていなければゾンビに、骨だけになればスケルトンに、そして骨格を保てなくなれば頭部の破片を核にしたゴーストに。アンデッドの中でポピュラーなこの御三家以外にも他にも何種類か存在するが、そのどれもが『その場に死者がいる』という前提で生まれるものだ。

 墓地ならまだしも、山の中にあれだけの死者がいる事が、スケットンには不思議だった。


「ここの近くに人間側と魔王の軍勢が戦った戦場があるんですよ。アンデッドはそこから流れて来ているんです」

「あー、なるほど。つまりは俺の死んだ後の話か」


 スケットンは納得して頷いた。

 戦場であれば多数の死者が存在する。戦死した者達が埋葬されずに放置されたか、その間に世界樹引っこ抜き事件が起きたか。その辺りはスケットンが死んだ後の話なので分からなかったが、そうであればアンデッドの数も理解が出来た。

 理解したは良いものの、そこでスケットンは嫌な考えが浮かんだ。


「これだけ大量にアンデッドがいるんなら、もしかしてこのまま王都に行ったら、俺が討伐される流れじゃね?」


 何故ならスケットンの見た目は完全にスケルトンなのだ。

 アンデッドらしい行動はしないとは言え、事情を知らない他人からはそれが分からない。ベルンシュタインでは追い払われた程度で済んだが、それ自体も運が良かっただけである。

 誰が挑んできても負ける気はしない――レベルドレイン体質のナナシがいる前提ではあるが――スケットンであったが、明確に敵として襲われるのは嫌なようだ。


「私が一緒なので、まぁ八割は平気……二割は可能性はありますけど」

「二割ねぇ……顔を隠せるようなもん用意しねぇとマズイか」

「服もボロボロですから、着替えた方が良いですね」


 ナナシに言われてスケットンは自分の体を見た。

 骨である事は仕方のない事だが、それにしても服の状態が酷かった。

 三十年もそのままであったため、形が残っていた事だけは幸いだが、ところどころに穴が空いたり、ほつれていたりとボロボロだ。

 幾ら骨の顔や体を隠したとしても、はたから見れば大変怪しい風体である。


「ちなみにスケットンさん、お金は?」

「あるように見えるか?」


 スケットンはポケットを引っ張り出してナナシに見せる。

 魔剣である【竜殺し】は奪われずに済んだが、それ以外はしっかりとなくなっている。家や財産は売り払われているので言わずもがな。見事なまでに無一文のスッカラカンである。


「おごりますから町で買いましょう。馴染みの店があるんですよ」

「いらねぇ。他人から施しを受けるなんて御免だよ」


 ナナシの言葉をスケットンは嫌そうな顔をして断った。

 おごるとか、貸しとか、そういう類のものがスケットンは嫌いだった。弱みでも握られたかのような気持ちになるからだ。

 適当に魔物を狩って作った金で買えば良いとスケットンが言うと、ナナシは首を傾げた後、何か思い当たる節があったようでポンと手を叩き、


「それなら魔剣を触らせて貰った代金って事で」


 と言った。スケットンはそう言われるとは思わずポカンと口を開ける。


「いらねぇって」

「スケットンさんへの施しじゃないですよ。むしろ私が施しを受けたままなので嫌です」

「だからいらねぇっつってんだろ」

「嫌です」


 意地になりかけたスケットンに、ナナシはさらっと言ってのける。 ナナシの肩に乗ったブチスラが『子供め』などと言うかのように震える。

 スケットンとナナシが睨み合うようにお互いを見た。どちらも一歩も譲る気配はないようだ。

 このまま平行線になるかと思いきや、おもむろに二人は拳を突き出し、


「ジャンケンポン!」


 などと、ジャンケンを始めた。

 言い合いでどちらも譲る気がない時に、この国で良くとられている手段である。

 ナナシがグーでスケットンがチョキ。ナナシの勝ちだ。


「代金です」

「ぐぬぬ……」


 にこりと笑うナナシに、スケットンは悔しげに呻いた。最強だ何だと言われても運の類は平等だ。

 ジャンケン勝負に出た手前、それ以上拒む事が出来ず、スケットンはしぶしぶ頷いた。


「……ダセぇ服持って来たら【竜殺し】でぶった斬るからな」

「そこはまぁご安心を。今代勇者印のナイスなチョイスをご覧にいれましょう」


 悔し紛れにのスケットンの言葉に、ナナシが胸を叩いて言った。自信のある様子である。

 スケットンはため息を吐くと話を戻した。


「そもそもの原因は、その世界樹引っこ抜き事件って奴だよな。つまり、その犯人をとっ捕まえれば、俺も大手を振って歩けるわけだ」

「そこは分かりませんけれど。……捕まえる気ですか?」


 スケットンの言葉にナナシが腕を組んだ。スケットンは頷くと、 


「おうよ。それで勇者博物館の俺の功績に付け加えさせてやる」


 と力強く言った。どうやら気にしていたらしい。

 何たって勇者博物館で展示されているスケットンの情報は、ナナシに聞いた限りでは『死因が痴情のもつれ』とか『一日で使ったお金の総額が凄い』なのだ。酷いにも程がある。

 確かにこれと言って目玉になるような大きな事はやっていないが、それでも剣の腕や【竜殺し】を手に入れた経緯など、細かい部分を統合すればスケットンは勇者らしいレベル、、、、、、、、で凄いのだ。

 自賛している部分もあるが、それ自体は立派な功績であるし、嘘偽りない真実である。

 まぁもっとも、普段の行動は褒められた物ではないので、その辺りに向けられた感情のせいで歪んで記載された可能性も否めないのだが。

 ナナシは小さく笑うと、世界樹引っこ抜き事件について話し始めた。


「一応、犯人の目星はついているんですよ。決定的な証拠がないだけで」

「マジか。誰よ」

「サウザンドスター教会です」


 サウザンドスター教会とは、秩序と安定を司る光の女神オルディーネを信仰している教会の事だ。

 光の女神オルディーネは、この世界を形作ったとされる創造神の一柱で、人間は女神の血から生まれたと言われている。


「犯人がまさかの聖職者かよ」


 ナナシの言葉にスケットンは頭を抱えて「世も末だ」と呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る