第5話 Spiritual Boys

 江坂と新宿駅のホームで再集合し、電車で二十分程揺られて武蔵小金井に到着した。小金井公園に着いて、映画撮影サークルのホームページの写真をヒントに、贈り物が埋まっているはずの木を探すと、十分程で見つかった。映画撮影に使っていたからなのか、人気が少ない場所で、掘り起こすことにも適していた。

 江坂と二人で黙々と掘り続けると、スコップが硬いものに触れた感触があった。取り出すと、それは簡単な蓋がついているだけの銀の箱だった。昼間とあって二人揃って汗だくだが、今はそれも気にならない。

 ぼくと江坂の間に、微かな緊張感が流れる。

「あ、開けるぞ」

「……うん」

 ぼくがゆっくりと蓋を開けると、中にはいくつかのピンクの封筒が入っているだけで、何かが飛び出してくるような事はなかった。

 ぼくと江坂は、叔父さんに借りてきた白い手袋を着けて、封筒を手に取ってみる。封筒には宛名が書いてあって、それぞれマキさんにゆかりのある人物なのだろうと思う。

「お母さんへの手紙はあるけど、お父さん宛てのは見つからないね」

 ぼくが思っていた事を、江坂が口にする。

「うん。お父さん宛てへのが、一番ヤバイと思ってたんだけど」

 あの不幸の手紙にマキさん以外の名前は、オトウサンしかなかった。それも、恨まれているとも考えられる内容で。

「もしかしたら、最初から入れてなかったとか?」

「ぼくたちみたいに、誰かが掘り起こして取ったのかも」

 この贈り物の存在を既に知っている人間がいたとして、マキさんがお父さん宛てに良くない事を書いていたから取った、という話も一応筋が通る。しかしそれだと、他の手紙の存在を知らせなかった事はおかしい。

「仕方ない。ここまできたんだ。徹底的に調べよう」

 ぼくは覚悟を決めて、封筒の封を切るべく手をかけた。


「何してるの君たち?」


 突然後ろから声をかけられて、ぼくは心臓が跳ね上がるような心地がした。振り返ると、大学生風の背の高い男が立っていた。硬直する江坂に目配せして、ぼくは口を開いた。

「こんにちは。ぼくたちは、穴を掘るのが趣味で、さっきまで穴を掘っていました。あなたは?」

 おかしな趣味だとは自分でも思うが、相手に質問を返すことで、有耶無耶にする。

「それは、変わった趣味だね。僕は、その木には少し思い出があって、それは?」

 喋っている途中に、男がぼくたちの側にある銀色の箱に目に気づき、尋ねてくる。

「ここで、発掘しました」

「見せてもらっても?」

「どうぞ」

 男の有無を言わせない気迫に、ぼくは二つ返事で了承した。ぼくと江坂は後ろに下がって、男が箱の中を漁るのを見守った。

「なにか、心当たりが?」

「間違いないな。これは、僕の友人のものなんだ」

「と、言いますと?」

「ぼくと同じサークルで、病気で亡くなった女の子がいるんだ」

 心臓が脈打つような感覚を覚える。間違いない。この人は、映画撮影サークルのメンバーだ。もう一度江坂に目配せすると、頷きが返ってきた。江坂と初めて話したのは昨日だというのに、ずいぶん長い間を過ごしてきたような気がする。ぼくは、全ての真実を明らかにするため、口を開く。

「亡くなったと言いますと、何があったんですか?」

「彼女は、重い心臓病だったんだ」

「え?」

「どうかしたのかい?」

「い、いえ。ガンでは、なく?」

「そうだけど、どうして?」

「い、いえ、別に。その、彼女のお父様はどうされているんですか? そこの封筒に、お母様宛てのものはあっても、お父様へ向けたものは、なかったものですから」

「ああ。彼女のお父さんは、彼女が産まれる前に亡くなっているんだ。お母さんは、一人で彼女を育てて、本当に立派な人だよ」

「……最後に亡くなった方のお名前を、聞いても?」

「白坂ニナっていう、普通の子と何も変わらない女の子さ」

「そう、ですか。ありがとう、ございました」

 今感じている目眩は、暑さのせいではない。急激に、体から熱が失われていく感覚を覚える。

「顔色が悪いようだけど、大丈夫?」

「大丈夫です。そちらの箱は、全てあなたにお任せします。ぼくたちは、これで」

 スコップを持って退散しようとしたが、江坂が硬直して動かない。仕方なくぼくは、江坂の左腕を掴んでその場から立ち去ることにした。江坂の腕には、この暑さでは考えられないほどの、鳥肌が立っていた。


 ベンチに座って、江坂にスポーツドリンクのペットポトルを差し出すと、江坂は黙って受け取った。ぼくも、ペットポトルのキャップを開けて、気が済むまで飲んだ。

「さっきの……」

「病気で亡くなった女の子はガンではなく心臓病。お父さんはすでに亡くなっていて、マキではなく、ニナ。何一つ、一致しない」

「じゃあ、あの手紙は!」

 血相を変えて叫ぶ江坂を、ぼくはいつかのように落ち着かせる。

「不幸が来るまで、まだ時間はある」

「それじゃあ」

 ぼくは、江坂に向かって、笑顔を浮かべた。

「供養、してもらうか」






























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夏と少女と不幸の手紙 有里 紅樹 @Coki

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