熱花と始まりの再生

小波 武蔵

熱花と始まりの再生


 私はただの学生。知能指数も平均値。学力も平均値。所謂異世界ものならば転生させる神なる存在が仮にいるならば目を輝かせてスカウトに来るような逸材。毎日のように自己紹介を回想し、昼休みになれば1人で教室の隅っこで昼食をとる。嫌な日々だ。

「今日もバイトかぁ……」

声を拾うものは、いない。


 「お先に失礼します」

「うい」

不機嫌そうに返事をするこの人物は私の雇い主。機械の駆動音の鳴り響く五月蝿い工場で働く。耳鳴りなのか機械の音なのか聞き分けるのにおよそ3ヶ月。心労で死んでしまいたくなるバイトを週に四日。遊ぶ相手もいないのにカードゲームに給料を捧げる。貯金した方がいいのだろうか。相談する人はいない。父は亡く。母とは険悪。本当に異世界に行けたのならどれほどいいか。そう思いながら工場から出る。

「♪〜♪〜♪〜」

歌いながら自転車を漕ぐ。異世界に行くならこの自転車も持っていきたい。心からそう思う。信号を横目で確認しながら渡る。クラクションの音が遅れて耳に届くが、体に走る痛み。痛いくらいに私を照らすライト。撥ねられたんだな。思うのと意識が落ちるのは同時だった。


────────────


 目が覚めるとそこは病院だった。見舞いに来ている人は目に映らない。来なくても仕方ないか。ただバイト先になんて弁解しようか。母になんて言えばいいか。考えれば考えるほど、このまま死んでいたらどれほどよかったかと思う。何だか頭も痛むし、

「どうせ誰も来ないよな」

口から勝手に放たれた言葉。誰も聞いていないなら関係ない。さあ、もう一度眠ろう。瞼を閉じて嘘のように幸せな睡眠に。

「ちょっと、無視しないでよ。せっかく見舞いに来たんだから話し相手くらいにはなりなさいよ」

一体誰なんだこの人は。

「一応聞きますけれど、誰ですか?」

「私は足を骨折した隣の病室のガーベラよ。こんな名前だけど見ての通り純日本人。ガーベラにも漢字が宛てられてるけど、親のセンスの無さにあきれ果てて使ってない。あなたは?」

「私は零。この名前今は好きじゃない。死んだ父親が厨二病を患っていてその余波が前面に押し出された名前だから」

「そう」

冷たい反応。クールビューティーという言葉の通りな容姿をしているが、その見た目通りのクールさだ。人を見た目で判断するべきではないというが見た目でもある程度は判断できるという持論を証明する好例だ。

「あなたはなぜ足を骨折したの?」

「自殺に失敗したのよ。つまらない日々、辛いだけのバイト。将来への不安。私の名前だとそれだけで悪い評価をする人間もいる。生きていても辛いだけ。だから車に飛び込んだ。けど、私を撥ねたのは自転車だった。それから一週間が経つけれど今はそれなりに元気ってところ。まあ足折れてるしあと二週間くらいここにいるからあなたが退院するまでよろしく」

 思ったよりも私に近い境遇だった。

「それであなたはどうなのよ」

「私はバイトが辛くて、学校では1人だった。だから適当に暇つぶしするだけで漠然とした不安を誤魔化してた。そしてバイト帰りにバイトが終わったっていう多幸感でいつもおかしくなる。こんな地味な人間でもやっぱり人間だから車にはねられると意識は閉ざされるし病院に送られる。ゲームだったらよかったのに」

語るべきではない本音までスラスラ話してしまった。

「私たちって意外と似た者同士なのね。じゃあどちらかが退院するまで友達だ。私もあなたも初めての友達がずっと続くのはきついでしょう?」

「そうね、よろしく。ガーベラ」

「よろしく、零」

ガーベラが右手を差し出してくる。私はその右手を掴み握手を交わした。


────────────


 あの後ガーベラは

「そろそろ夕食だし帰るわ。また明日」

そう言って隣の部屋に戻った。もうそんな時間か。そう思い時計を見る。18時。病院ならもう夕食でもおかしくはない時間だろう。そう思うのと同時に扉が開いた。夕食かな?柄にもなく夕食に対してはしゃぐ私の期待は打ち砕かれることになる。

「零さん。少々話したいことがあるから、この車椅子に乗ってくれるかな?僕は君の担当医だ。名乗るほど難しい感じでもないし名札を見て適当に呼んでくれると嬉しい」

扉から車椅子を押した白衣の男、改め担当医が姿を現した。名札には『田中』。

「わかりました。田中先生」

「おっと、僕の名前は『田中』ではないよ。佐藤だ。この名札は後輩から借りてきたものでね。続きは移動しながら話そうか」

私は車椅子に腰をかける。

「じゃあ押すから。痛みがあったらすぐに言って欲しい。それじゃあ診察室にレッツゴーだよ」

いやに冷静に真顔で

「レッツゴーだよ」

と言われても不信感の方が勝ってしまう。だがここで従う以外の選択肢はないに等しいので身を委ねる。

「先生はどうして後輩から名札を借りてきたんですか?」

「ああ、僕は不誠実と指摘されそうだけど。患者さんと軽く遊びたいんだ。簡単なクイズみたいなものならギリギリ許されるかなって思ってね。というのは嘘だけど。実際真面目な理由があるよ。それを教えることはできないけど」

「じゃあ今までそれで正解した人っているんですか?」

単純に疑問だった。

「君の隣のガーベラちゃんが正解してたよ。自分の名前のことを気にしてるからさ、どんな変な読みするのか考えた挙句佐藤って言ったんだ。発想力には勝てなかったみたいだ。おっと、着いたよ」

ものの数分で着いた。そこはなんの変哲も無い診察室だった。


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 診察室に入るとそこには誰もいなかった。

「さあ君の病状についての説明を始めるよ」

唐突に後ろから声がした。佐藤先生の声だ。

「まず君なんだけど、最初に言っておくがあと一週間で退院できるよ」

なぜ?

「なぜって言いたげな顔をしてるね。でも簡単な話だよ。君の症状は重くない。車に轢かれたが大した速度を君は出していなかったし車もまたそれほど速くなかった。打ち所も悪くなかった、というか奇跡的に良かったんだ。よかったね。それでも君は一週間目を覚まさなかったんだ。一週間も眠っていたから少し焦りはしたが、そこは精神的なものかと思ってね。ずっと眠っていたい。そんなことを言う患者さんはたまにいるんだ」

精神的なもの。思い当たる節が多すぎる。

「結局異常はないってことでいいのですか?」

「いやいや、普通に車に撥ねられて意識不明のまま一週間経ってるんだから検査はするさ。異常なしでも最低一週間は入院だよ。異常がないこと自体が異常。運が良くても自転車に乗っている状態でスピードは遅かったとはいえ車に撥ねられているんだ。何かしらの障害が出た方が自然。まあなければないでこれほど嬉しいことはないよ。まあ事故らないのが一番なんだけどそれは言っても仕方ない。たらればの話なんてするべきじゃないからね」

それもそうだ。

「検査はいつからですか?」

「検査は明日から。今日は簡単に君と話したかったから呼んだんだ。呼んだついでに以前いた君と同年代の子の話をしてあげる。興味はあるかい?」

私と同年代、高校生程度ならその病院にいてもそれほどおかしなことはない。だがそれならなぜこの人はこんなことを言い出した?何かがあるはずだ。柄にもなく確信していた。

「あります」

「じゃあ話すよ。これはある女の子の話なんだが。まずね、この病院って霊が出るって噂があるんだ。そう、お化けだよ。まあ病院って少なからず人が死ぬでしょ。だからそういうのが出るんだ。それで、その女の子はそういうのが見える子でね。よくここにはこういう霊がいるって話してくれてたんだ。その子は骨折で入院したんだけど、ここには事故で死んだ霊がいるとかここには寿命で死んだけどそれを認めない霊がいるとか。そんな中その子は普通に退院した。そして退院したその日のうちに亡くなったんだ。車に撥ねられて、即死だった。なぜこんな話をしたかわかるかな?」

わからない。わかるはずもない。やっていることはただ過去に亡くなった私と同年代の人間の話を初見の患者にバラしただけ。どこに意味があるのか。どこに意図があるのか。さっぱりわからない。

「わかりません。なぜですか」

「こういう話をすると寄ってくるっていうだろう?ならば1人を憂いている様子の君なら霊でもウェルカムだろう?」

「1人を憂いたことなんて」

「ごめんね。さっきガーベラちゃんと話しているのを聞いちゃってね。1人なら霊と話していた方が退屈しないと思うよ。ってだけさ。話しも終わったし部屋に戻ろうか。また僕が押していくよ」

佐藤先生が車椅子を押す。正直もう自分で歩けそうなものだが。

「君はもう自分で歩けそうって思うだろうけど、車に撥ねられた人間だよ?歩かせて何かあってからじゃ遅いんだ」

なるほど。

「そういう事情ならむしろ歩くわけにもいかないですね」

「ああ、任されてくれ」

車椅子を押されて部屋まで戻った。


────────────


 さて、夕食だ。今まで病院に入院したことなんてなかったから何が出てくるのかさっぱりわからない。

「夕食の時間ですよ」

運び込まれる夕食。その献立は今はもう味わうことのない学校給食に近いものだった。懐かしさが胸一杯に詰まったところで、食べ始める。食べ始めると止まらなかった。気づけば夕食はなくなっていた。

「ごちそうさまでした」

両手を合わせて食後の挨拶。これだけは欠かさないと決めている。食事は癒しだ。私が曲がりなりにも高校生まで生きてこられたのは食事のおかげと言っていい。食べること、それは癒し。1人でいるだけの教室でも給食の時間は幸せだった。1人でいるだけの今の教室でも、購買の菓子パンを食べている時間は幸せだった。バイトに行く前のギリギリの食事。時間もなく味わう暇もなく食す夕食。ただ辛いだけの詰め込むだけの作業。あの時間は苦痛だった。大好きな食事でイライラする時間が嫌いだった。退院したらバイトを辞めよう。日々の癒しなはずのことで苛立ちを覚え始めたら駄目だ。心から思う。


────────────


 空になったお膳を下げてもらい、もう歯を磨いて寝るばかりだ。消灯時間は22時と遅めだが、シャワーを浴びることができないようだ。シャワーの利用時間は10:00から17:00。明日からは欠かすことなく浴びようと決意する。一応女子高生をやっている身、シャワーを毎日浴びたいのは当然である。しかしやることがない。早めの睡眠につくことにしよう。

「おやすみ」

返事などないとわかっていても欠かせないルーティンになっているのかもしれない。私は目を閉じる。

「おやすみ、明日また来るから」

ガーベラの声が聞こえた。

「うん」

掛け布団を頭から被る。声に泣きそうになったなんてガーベラにいうのは恥ずかしいし涙なんて見られたくもない。扉が開きそして閉じられ。1人でいる病室はそこまで嫌いじゃない気がした。


────────────


 これは夢なんだ。確信した。意識もはっきりしているがこれは夢なんだ。そう思った。今、私の周りに10人ほどの大人が立っている。1人は神社にいそうな着物で。残りの全員は黒いスーツ。性別がわからない。不気味だった。着物の人が何やら私に手をかざして何かを唱える。聞き取れもしない。だが嫌悪感だけが高まりかざされた手を弾こうとして、動かない。手だけじゃない。全身が動かない。そのままずっと大人たちが去るまでずっとそのままだった。そして、去ったと同時に意識が落ちた。


────────────


 鳥の鳴き声がする。意識が浮上して最初に抱いた感想がこれだった。

「朝かな?」

目を開けて起き上がる。時刻は朝の10時過ぎ。シャワーを浴びに行こう。立ち上がりシャワー室まで歩く。幸いなことにシャワー室までは大して遠くない。サッと行ってサクッとシャワーを浴びて終わり。脳内で簡単にシミュレーションし終わったところでシャワー室につく。扉を開き中に入る。誰もいない。鍵をかける。着替えるのは部屋に戻ってからでもいいだろう。服を脱ぎカゴにしまいシャワーのある部屋に入る。狭いがそれは仕方ない。私はシャワーのハンドルをひねりお湯を出した。


────────────


 

 シャワーを浴び終えて部屋に戻る。部屋に戻るとベッドの上にガーベラが座っていた。

「待ってた」

「ただいま。昼食はそろそろかな?」

「私は今日こっちに昼食を運んでもらうように頼んだから夜まで一緒ね。見舞いとか来る人いるならその時は部屋に戻るけど」

「いないから大丈夫。多分親も来ないし。趣味のコレクションは引き出しに運ばれてたし着替えもあった。来る動機がもうないの」

「じゃあ私たち入院してる間はほとんどずっと一緒か。寂しい入院生活にならなくてよかった」

扉が開いた。

「昼食の時間です。終わったら呼んでください」

看護師さんが入ってきて昼食のお膳を置いて出て行く。

「「いただきます」」

声があって少し笑ってしまった。

「意外と私たち気が合うのかもね。前世は姉妹だったとかありそうじゃない?」

「昨日の感じだったら姉妹だったかもしれないけど今は幼馴染の方が近いかな」

「そう」

「急にクールビューティーになるのやめて」

「そんな風に思ってたんだ。意外ね」

たわいない話をしながら昼食をとる。人生で初めて友達と昼食をとったかもしれない。

「泣いているの?」

「そんなことはないと思う」

目元を触ってみる。少し濡れていた。

「泣くほど嬉しかったんだ。これから別れるまで毎日一緒に食べよっか」

「うん」

「小学生みたいになってるね。そういうところ好きだよ」

「ありがとう」


────────────


 「そういえばさ、ここお化け出るみたい。見に行ってみない?」

唐突にお化けを見に行かないかと誘われた。佐藤先生はもしかして担当した患者さん全員にあの話をしたのかな?だとしたらやっぱりあの人正気じゃない。そう思った。

「行かないよ。ガーベラは骨折してるのによく行こうと思ったよね」

「車椅子の力でなんとかなるかな?って思ったの。でもまあ今じゃなくてもいいか。退院するまでに一回はお化けみに行こうね」

「そうだね」

昼食も終わり現在時刻は15時。そう思うのと同時に扉が開き看護師さんが入って来る。

「ガーベラさんに見舞いの人が来てるのだけど、会いますか?」

「会わなくていいわ」

「しかし……」

「会いません」

「わかりました。では、そう伝えておきます」

看護師さんが出て行き扉が閉まる。

「よかったの?」

「ええ、友達なんていないし家族も忙しい。来るとするなら高校の教師くらいなものよ。あなたとの限られた時間の方が大切」

「高校の教師かぁ……。いい思い出ないなぁ……」

「じゃあどんな思い出があるの?あなたのことに興味があるの。可能な範囲で聞かせてもらえるかしら」

「じゃあまずは一つ目なんだけど……」

私は語れるだけを語り尽くした。

「結構語ったわね。それだけの量嫌なことがあったなら私よりしんどいんじゃない?」

「まあ辛かったけど、バイトの給料を趣味に捧げてたからなんとかって感じ。退院したらバイトは辞めるけどね」

「バイトを辞めるかぁ……。私も辞めよっかな」

「それならさ、2人して同じところに面接行ったりしようよ」

退院した後も関係を続けるという意味に取られてもおかしくない言葉。初めての友達に対して重いだろうか。

「無事退院したらね。あなたは車にはねられたみたいだけど今ピンピンしてるし大丈夫でしょう。その時まで待ってるよ」

「うん」

私は初めて友達と約束を交わした。


────────────


 一階。霊安室。あたしはガーベラ。除霊のために存在するゴーストバスター。数日前から調査をしていたがその途中に自転車に轢かれてしまって入院することになった。特別な許可を得て何もない霊安室で患者のふりをしつつ(というより患者であることに間違いはないが)ここを拠点に調査の続きをすることにした。そんなあたしの最初の出会いは隣の部屋。霊安室内の隣の部屋に住む少女、零だった。名前の通り零は霊である確証を得られた。霊としては高位で視界すら改変されている。否、本人にはそう見えている。だから空間の方の認識も零に合わせられている。除霊が仕事。強引にでも浄化する。それが仕事だったはずなのに、今はそれが心苦しい。同年代の女の子。境遇もこうなる前のあたしに似ている。本当に互いに普通の人間だったなら。本当に一緒に面接に行けたなら。だがもうあたしは数日で退院。もう二日ほどで退院だ。二週間なんて嘘をついたが霊安室はそう長く使えない。なんで昨日除霊できなかったのだろう。


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──────


 除霊をしに零の部屋に来た。霊にしては珍しくすやすや眠っている。除霊の儀を執り行う。あたしは除霊のために九つの黒スーツ人形を零を囲むように設置した後、白の聖服を来て陣を敷く。除霊の口上を唱える。

「現世と黄泉を彷徨いしもの、虚像と偽造の視界の中で、真価を見落とす哀れな霊よ」

最後の1文。それで終わり。だが、零の瞳から涙が溢れた。口上をやめてしまった。


──────

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 つまるところ、情に絆された。今は佐藤先生、あたしの師匠が零を見ている。だからなんとかして『お化け』を見に行く口実を作らなければ。除霊はすれば近くにいる対象以外の霊も浄化してしまう。それを利用して『お化け』を除霊して一緒に零を浄化できる。明日には『お化け』を見に行く。そんな口実を作ろうとして意識が落ちた。


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 「今日も診察始めるよ。話すのはここでいい。君もそう思うだろう?」

いきなり部屋に入って来た佐藤先生がいきなりそんなことを言い出した。異論はないので

「そう思います」

と答える。

「見解の一致はいいね。ところで、お化けは」見に行ったのかな?行っていないならおすすめスポットを教えてあげるよ。まずここから出て右に進む。それから二つ目の角で左に曲がる。その後次の角でまた左に曲がるんだ。そしてまっすぐ行って一つ目の角で左に曲がる。右に曲がって一つ目の角を通り過ぎる。そうすると霊安室につくんだ。お化けが出るのはその霊安室前の廊下。時間帯は午前一時から午前四時。このエリアは見回りも少ないし君が退院するまでの間はその時間に病室の外に行っても咎めない。君は病院も経験が少なそうだし特別サービスってやつだよ。ということで診察は終わりだよ」

「短くないですか?それとお化けの話しかしていない気がしますが……」

「細かいことは気にしないほうがいいよ。君は健康体だしね。車に轢かれた君がなんでこんなに短期間でそれほど元気なのか気にならなくもないけどそれはミラクルってことで僕の中では定まっているし。何か話したいことはあるかな?」

「特にないです」

「よろしい、ならば僕は戻るよ。おやすみなさい」

「あ、はい。おやすみなさい」

佐藤先生は部屋を出て行った。


────────────


 もう眠るばかり。目をつむれば眠れてしまう。そんな状況になった今。扉が開いた。

「零、起きている?」

「うん。起きているよ」

「実は退院が早まってね、今日を逃すと行けそうにないんだ、お化け捜し。もし良ければ今から行かない?」

「今日しかないなら、今日いく」

「それから一つ、私、いいや。あたしはこっちが素なんだ。黙っていてごめん」

「いいよ」

一人称が変わったところで、ガーベラはガーベラだ。そこに変わりはない。

「道は佐藤先生から聞いたよね?」

「うん」

佐藤先生ってどの患者さんにも話しているんだな……。そう思いながら扉を開き外に出た。


────────────



 霊安室がお化けの出るところ。よく考えれば、そこに遺体が安置されるから別段おかしな話ではない。そのため霊安室に直接向かおうとしたけれど、

「こういうのは道順に沿っていくことに意味があると思うわ」

というガーベラの一言で道順に沿うことにした。

「あたしさ、お化けを浄化させることができるんだ。これはあなたの父親のような厨二病じゃなくて、本当に。だから、今回のお化けはあたしの最後の仕事にする」

唐突に告白するガーベラの瞳は、声は。嘘をついているようにも思えなかった。

「信じるよ」

素直に信じる。初めての友達を信用する。

「ありがとう。だから今回のも除霊しちゃう。実はそれが今の仕事。高校にはいってないの。さっき嘘ついて、ごめん」

「いいよ」

「なんか除霊する仕事をしているあたしよりもあなたの方が人を浄化させられるんじゃないかって思うよ。さすがに霊を浄化させる方面は適性がないといけないから私は負けないと思うけど」

なんだか笑えてきた。初めての肝試し。病室の抜け出し。夜更かし。楽しくて楽しくて、思わず笑いがこぼれた。

「本当にありがとう。今、幸せだよ」

「あたしもだ」


────────────


 霊安室に着く。不自然な姿見が一つ。

「鏡……?」

「除霊した時にあった事象だけど、鏡の前に立って映らない人や物が霊、お化けだって証明方法があったの。やって見ましょう」

「じゃあ私が」

鏡の前に立つ。と言おうとして気づいた。私、影がない。けれど映るかもしれない。一縷の期待を胸に鏡の前に立つ。鏡は、何も映さなかった。

「待って、私死んでない!除霊の対象外なはず!だからガーベラ!殺さないで!」

「大丈夫。もとより浄化するつもりだよ。ごめんな、零」

ガーベラが除霊するために私の正面に立つ。私の正面。鏡には何も映っていなかった。

「……え?」

ガーベラの声。確かに聞こえる。けれど、私たちは二人とも揃って鏡に映らない。


────────────


 零をを除霊する。そのために零の前。姿見の前に立つ。あたしの姿も、映っていなかった。『鏡に映らない自分』。それを認識した瞬間に記憶が流れ込んできた。その記憶は、あたしがつい先日調査中だった霊と対峙して無残に敗北し。その霊があたしの体を乗っ取って電車に飛び降りる。そんな記憶だった。

「ねえ、零。除霊するとさ。対象にしていない霊も近くにいると巻き込まれて浄化されちゃうの。だからさ、零を浄化するとあたしも一緒に浄化される。一緒に浄化されない?」

あたし自身が霊ならこれしか選択したくない。除霊をする前も後も友達なんてできたことのないあたしは初めての友達と離れたくない。しかも、ここで零を見逃しても師匠が除霊してしまう。しかも師匠のは浄化なんて優しいものじゃない。あれはまさに『地獄送り』と言ってもいい苦痛を味わうと聞いている。そんなことは絶対にさせない。

「一緒に逃げるって選択肢はないの!?」

零がひどく感情的になっている。気持ちはわかるが相手は師匠だ。たとえ最高位の霊がいても勝ち目はない。そんな化け物だ。

「佐藤先生っているでしょ。あの人があたしの師匠。あの人は人間のくせしてどんな霊でも地獄に送る最悪のゴーストバスター。あたしたちが束になっても勝てない。一方であたしなら黄泉という広い範囲の中に一緒に浄化できる。一緒に行かない?」


────────────


 ガーベラの言葉に私は首を縦に振った。

「生まれ変わったら私たちまた友達になろう。あなたと会ってからずっと楽しかった。だから、浄化して。私を」

2人で生まれ変わってまた会えるか。わからないけれど今が最高だと思った。生きていても辛いことだらけ。ガーベラは私が1人逃げたらどこかで浄化されるのだろう。ならここで2人一緒に浄化された方がいい。

「ありがとう。零が初めての友達ってのは本当のことだよ。また来世で会おう」

その言葉の後。ガーベラは除霊の口上のようなものを唱え始めた。その言葉が終わり、2人一緒にだんだんと透明になっていく。力も徐々に抜けていく。消える前に最後の力を振り絞り私は。

「「またいつか」」


────────────


 ガーベラと零さんが浄化されてから三年が経った。僕はというと、ゴーストバスターを続けていた。今日の仕事も楽々解決し帰りの電車に乗っているが電車が遅延したようで各駅から凄まじい数の人が乗ってくる。その中に見つけた親子。双子の姉妹。その姉妹のことを呼ぶ親の声。聞き間違いじゃなければ、あの子達は『澪』と『ガーベラ』という名前だ。生まれ変わりというのは職業柄よく見る光景だが、ここまでドラマティックなものは初めて見たと思う。

「僕はゴーストバスターの佐藤というものです。以降お見知り置きを」

横切る際に親子にそう言って名刺を父親のポケットに投げ入れた。彼女らがこの名刺に頼ることはないように。心の中で少しだけの祈りを込めて、僕は次の停車駅で電車から降りた。

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