第22話 オムライス



 更衣室から出て直樹さんと合流すると、ちょうどお昼時ということで近場のレストランに入った。お昼時といっても、混む時間帯よりは少し後で席はところどころ空いていて、お客さんの多くはデザートやドリンクと一緒に雑談をしている人たちや食べるのに時間がかかる子供連れの家族といったところだった。

 各々メニューを開いて店員に注文し終わると、直樹さんが眉を下げて、


「顔が青いですけど、体調が悪かったりしますか?辛かったりしたらすぐ言ってくださいね。」


と、声をかけてきた。

 さっき自分で原因を作ってしまっただけで、別に心配しなくてもいいなんて言ったら、それでも心配そうにするのだろうか。それとも、私でもわかるような上辺の言葉をそのまま呑みこんで、なら良いと放置するのだろうか。

 そんな試すようなことを思いついて、自分のそんな悪い部分が嫌になる。だからその問いに答えることもせず、ただテーブルの辺りで視線をさまよわせていた。



 まったく口を開かない私と、おそらく様子をうかがっているであろう直樹さんと桜和さんで、私たちの席が沈黙する。その沈黙を破ったのは、桜和さんだった。

 桜和さんは私の手を握って自分の方に顔を向けさせると、しっかりと私の目を見て言った。


「私ね、玲ちゃんのことが気に入ってるの。気に入ったから、家族にするってお母さんと悠介に言われたとき素直に受け入れた。血縁上家族でも家族になれない人がいるなら、血縁上家族じゃなくても、家族になれたって良いと思わない?」


 そこでいったん息をつき、また話し始めようとすると丁度注文したものが運ばれてくる。桜和さんはたらこパスタ、直樹さんはおろしハンバーグ、私はオムライスだ。桜和さんはずっと私の手を取ったままだったから、店員さんと目が合って少し気まずそうにしていて、少し笑ってしまった。


「水澤さんはまだ知らないかもしれませんが、一度桜和に目をつけられてしまったら最後、絆されてしまうんですよ。だからごちゃごちゃ考えなくていいんです。」


「ちょっと直樹君、人を通り魔みたいに!まぁでも、愛されることに疑問を持たなくっていいっていうのはそうかな。どうしても良くない感情の方がわかりやすいし、心に残るから忘れやすいけど、自分が思ってるよりもたくさんやったことは見られてる。だから因果応報って言葉があるんだしね。」


「水澤さんが頑張ってきた分は絶対に‘‘今‘‘まで繋がっていますから、今愛されているというのはあなたの努力の結晶なんです。だから、どうか誰かに好意的なことを言われたとき、その全てを否定しないであげてください。むしろ、少しくらい誇った方がいいくらいですよ。」


 桜和さんと直樹さんが言っていることは、正直わからなくて、全然実感が湧かなかった。私に対して優しくしてくれる人は、その人が優しいか、私をかわいそうに思っているからだと思っていたのに。それなのに、私が今まで頑張ってきたから、相手が認めてくれた、だなんて。

 頭の中でぐるぐると考えていた私にどうしてか、唐突にフォークにくるくるときれいに巻き付けられた、たらこパスタを差し出してきた。


「はい玲ちゃん、あーん。」


「え?あ、あの...」


「ほら、食べて。あーん。」


「あ、あーん。」


 桜和さんの圧につい押し切られて、差し出されたものを口に入れる。口の中には、つぶつぶとした触感と、クリーミーな味がする。昔食べたレトルトの,

混ぜれば作れるたらこパスタの味とは大違いだ。


「ねぇ、おいしい?」


「はい、おいしい、です」


「なら、それでいいんじゃない?」


「えっとその、どういう...?」


「こら、桜和。説明を全部こっちに投げないでください。」


 そう言って桜和さんを小突いた直樹さんは、言葉では怒っているものの、表情がとても柔らかくて、桜和さんが可愛くてしょうがないなぁ、という顔をしていて、なんだか眩しかった。だから、桜和さんの言ったことの説明のために私の方を向いたとき、その表情が見れなくなってしまって、ちょっとだけ残念だな、なんて思ってしまった。


「桜和の言ったことですが。おいしいものを食べておいしいと思うように、自分が好きな誰かに好きと言われれば嬉しいと思っていい、ということです。」


「そうそう。もしそれが嘘だったときは、私たちのところにでも来なよ。そしたら、三人でそうされたことを悲しんで、その後にいっぱい楽しいことをして、ぐっすり寝てそんなこと忘れちゃえばいいの。まぁ別に、私たちじゃなくてもいいんだけど。とにかく誰か、そういうことが互いに出来て、嬉しいことも辛いことも、悲しいことも怒ってることもなんでも喋れるような、そんな人に出会えるといいね。」


「僕らは互いがそうで、結婚して家族になることを選びましたけど。そういうことに限らず、女性でも、男性でも、年上でも、年下でも、そうやって気が抜ける人に出会えたら、水澤さんがもっと幸せになるんじゃないかと、きっとなってくれればいいなと僕らは願っているんです。年上のおせっかいで、すみません。」


 私にそう語る二人のまなざしが、いつかお母さんが私に向けていたまなざしと重なって。あぁ、私は二人に大切に思われて、愛されているのか、と疑いもなく思えた。人を信じるなんてことは案外簡単なんだなと思って、なんだか目頭が熱くなった気もするけれど、きっと気のせいだ。

 料理が冷めてしまうし、早く食べようと促されて食べたオムライスはとてもおいしくて、この味は一生忘れられないだろうな、となんとなく思った。



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