魔法使いの名家の魔法が使えない双子の妹

雪波 希音

魔法が使えたら、よかったのにな

 この世界の人間は、八割が「魔法使い」だ。

 その魔法は炎や水など、自然物を生み出して己の意のままに操るものがほとんどである。


 ――そして、私が生まれたのは、代々優れた魔法使いを輩出する“魔法使いの名家”だった。


「ただいまー」


 玄関で帰宅を告げるも、返ってくる言葉はない。

 声が消えると、再び玄関は静寂に包まれた。その静けさが余計にしんと響いてきて辛くなる。

 これは仕方ないことだ。そう、割り切ってはいるけれど。


「…………」


 靴を脱ぎ、隅に揃えて置いて二階へ上がる。

 階段を上りきってすぐ左手の自室に入り、肩にかけていたスクールバッグを下ろして、ベッドに前から倒れ込む。

 目を閉じた時、いつも浮かぶのは――双子の兄のこと。

 成宮なるみや凌久りく。血の繋がった双子の兄であり、全魔法使いの一割にも満たない「多重魔法使い」だ。

 成宮家の長い歴史の中でも、多重魔法使いは数えられるほどしかいないらしい。だから――


「ただいま」


 ……凌久の声。

 私は、より強く瞼を閉じた。

 階下からパタパタと廊下を駆ける音と、お母さんの声、、、、、、が聞こえてくる。


「おかえり凌久。今日は学校どうだった?」

「別に。普通」

「そう、良いことだわ」


 微笑んでいるのが分かる、お母さんの明るくて優しい声。

 私には絶対に向けてくれない声を、凌久は当たり前に向けられる。

 ――仕方ない。凌久はこの家の希望で、間違いで生まれてきた、、、、、、、、、、私とは違って『特別』なんだから。


「……あいつ帰ってきてるのか?」


 凌久が不意に発した問いに、どきりとした。

 私の靴に気付いたのだろう。身体に緊張が走る。


「あぁ……帰ってきたんじゃない?多分二階にいるわね」


 どうでも良さそうなお母さんの返答。

 それに、淡々とした調子で凌久は「ふーん」と言い、こう続けた。


「ていうか、あいつってなんで帰ってくるんだ?ここにあいつの居場所ねえじゃねえか」


 ぐさり。凌久の言葉が、そのまま心に突き刺さってくる。正論だから尚更痛かった。


 私は、魔法が使えない「非魔法使い」。

 由緒正しい名家に生まれてしまった、、、、、、、、一般人だ。


「さぁ……なんでかしらね。それより、今日はあなたの好きなハンバーグよ」

「へぇ」


 恐らく笑顔であろうお母さんに、興味なさそうな声を出す凌久。

 二人とも、知っていて言わない。私は、ハンバーグが苦手だってことを。


「……まぁいいけどさ……」


 もう諦めてるから。




 ◇◆◇◆




 非魔法使いだけが通う高校に私は通っている。

 凌久は当然、魔法使いだけが通える高校。それも、国内トップクラスの高校に。

 元々頭も良い凌久は、推薦でそこに受かった。双子なのに、何もかも正反対で笑えてくる。

 羨ましい。ただ、純粋に。


「……あ」


 放課後の帰り道、角を曲がったところで凌久とばったり出会ってしまった。

 思わず声を漏らしてしまい、慌てて口を覆う。

 だが、凌久は私などまるでいないかのように平然と歩みを進めた。

 ……少しくらい、気にしてくれたってさ。


「凌久!」


 大声で呼びかけてみても、凌久の足が止まることはない。


 二年前までは、こうじゃなかった。


『凌久、隣町に新しくアウトレットモールできたんだって!行ってみよーよ!』

『そうなのか。いいぞ、行くか』


 私達は仲の良い双子だった。凌久も、お母さんやお父さんだって、みんな当たり前に私に笑いかけてくれていた。

 十四歳の誕生日。魔法使いであれば魔法が発現するその日、凌久は二つの魔法を発現し、私は何も発現しなかった。

 そうして非魔法使いだと分かった途端、みんなは冷たい目で私から離れていった。


 思い出してしまったことで、前方にある凌久の背中に過去の凌久の笑顔が重なり、胸がずきりと痛む。

 立ち尽くす私と、歩き続ける凌久。広がっていく距離を、今だけは無視できなかった。

 私は、駆け足で凌久に追いついて隣に並んだ。


「ねぇ凌久、今日のニュース見た?最近この辺で指名手配犯の目撃情報があったって。危ないよね、気をつけ」

「話しかけんな。お前じゃねえんだから魔法で対処できる」


“お前じゃねえんだから――。”

 その通りだ。凌久は多重魔法使いで、その上使い方も優れている。いざとなったら魔法で撃退できるだろう。

 でも、非魔法使いの私だから指名手配犯のことは凌久より知っている。魔法が使えないから、死なないためにネットでたくさん調べた。

 指名手配犯は水魔法使いだ。凌久は炎・風魔法使いで、指名手配犯とは相性が良くない。いくら凌久でも注意が必要なのだ。

 それだけは伝えたくて、もう一度口を開く。


「……?」


 その時、不思議な音を聞いた。

 一旦止まって振り返ると、見えたのは何の異常もない路地。左右には住宅が建ち並んでいる。

 ……気のせいだったのかな?

 体の向きを戻して再び歩き出す。


「気付かれちゃ仕方ねェな」


 ――耳元で、低い声がした。

 そして、全身が冷たい感覚に襲われる。


 私は誰かの魔法によって、一瞬で水球の中に閉じ込められていた。


 即座に息を止め、背後に立っているその誰かの顔を見る。

 思った通り――この近辺で目撃情報のあった、指名手配犯だった。


「気配は殺してたんだけどな。なんで分かった?」


 指名手配犯が私を閉じ込めた水球を自らの頭の横に浮かせ、問うてくる。

 しかし水中にいる私は答えることができない。


「あァそうか、喋れねェか。悪ィなァ」


 くつくつと喉を鳴らして指名手配犯は嗤う。

 悪いなんて思ってもないくせに……!

 っダメだ、落ち着け。息をたせることだけに集中しないと……。


 ここで、ようやく凌久が異変に気付いた。


「……!?」


 振り返って、宙に浮く水球の中で口を押さえる私と余裕の表情でそのそばに立つ指名手配犯を見ると、驚いたように目を見開く。

 指名手配犯がニヤリと口の端を上げた。


「よォ。コイツ、彼女か?」

「……誰だてめえ」

「オレは通りすがりの指名手配犯さ。さっき彼女が言ってたじゃねェか。あれだよ」


 自分から指名手配犯だって暴露するなんて……相当自信があるのかな。

 凌久との魔法の相性を思い、心に不安が生まれる。

 しかし凌久は、指名手配犯の余裕げな態度を鼻で笑った。


「馬鹿だな、俺のことも知らねえで。ウチは警察と繋がりがある。てめえを気絶させて、警察に引き渡して終わりだ」

「知ってるぜ?成宮凌久。炎と風の多重魔法使い。有名だよな、魔法使いこっちの世界ではよ」


 淀みなく言い切った指名手配犯。凌久の顔が僅かに強ばる。

 ――知られてた。知っててこの態度なんだ。そうなれば、状況は違う。

 長らく捕まっていない指名手配犯に、相性が良くない魔法で挑む。

 不利だ。逃げるのが得策――


「っ!!」


 ごぽっ、と口から息が漏れ出る。

 まずい。息がなくなってきた。元々不意打ちで閉じ込められたせいであまり多くなかったからか。

 冷静になろうと思っても、人間というものは一度危機を感じればどんどん焦ってしまう。ごぽごぽと溢れ減っていく息に比例し、胸が苦しくなって意識が飛びそうになる。

 一層強く口を押さえて必死に耐える中、指名手配犯の楽しげな声が聞こえてきた。


「彼女が死にそうだぜ?どうする成宮凌久。オレと戦うか?」

「……そいつは彼女じゃねえ。けど、お前とは戦う」


「妹だ」とは、言ってくれないんだ。

 悲しむ暇もなくまた一つ息が減る。なんとか目を開けて様子を窺ってみると、ちょうど凌久が風を体の周囲に纏いながらこちらへ歩み寄り、指名手配犯が笑みを深めたところだった。

 ……凌久が戦う理由は、私を助けるためじゃない。私の存在はきっと凌久にとって邪魔だ。

 それでも、私は凌久に、死んでほしいとは思わない……!


 ほんの少し残っている息で、私は全精力を込めて叫んだ。



《やめてー!!》



 ――声に、ならなかった。

 自分は本当に何もできないんだなぁと、改めて痛感し、意識が遠のいていく――。


「!」


 突如、私を閉じ込めていた水球がパァンッと弾けた。

 水球は宙に浮いていたので、当然私も宙にいた。そして、水球がなくなった今、重力に従い私の体は地面へ垂直落下。

 やばい、まだ体に力が入らな……!


「ッ!」


 思いきり路地に叩きつけられた。直後、酸素を欲する肺が私を激しく咳き込ませる。コンクリートの上に打ちつけられた全身に鈍痛が滲み、表情が歪んだ。

 凌久を見れば、地べたに這いつくばる私を離れた場所から冷たく見下ろしてきている。

 ……受け止めてくれるかもって、少しでも期待した私が馬鹿だった。

 自嘲していると、早足で近付いてくる音が聞こえた。


「てめえ、何した」


 胸ぐらを掴まれ、凌久と視線を合わされる。

 ちゃんと目が合ったのは久しぶりで、私は若干緊張しつつ答えた。


「何って……私は何も」

「じゃあこれはなんだ」

「これ?」


 凌久が顎で差した先を見ると、そこには地面にうつ伏せで倒れ込む指名手配犯がいた。


「えっ!?なんでこの人……死んでる!?」

「死んでねえ。気絶してるだけだ。さっきのやつで」

「さっきのやつ……?」

「チッ、うぜえな。さっさと吐け。何をした」

「いや本当に何もしてないって!やめてって叫んだくらいで!」


 いよいよ舌打ちされたので、焦って、つい強い言い方になってしまった。

 そうしたら、急に凌久が黙り込んだ。

 ……お、怒った……?


「てことはあれは音波……」

「り、凌久、ごめ」

「てめえ――音魔法使いだったのか」


 ……え?


 音魔法。それは『無形魔法』と呼ばれ、多重魔法使いと同じくらい珍しい魔法だ。目に見えないため、扱いは炎などの有形魔法より数倍難しい。しかし、上手く扱えればとても強力な魔法である。


 ……そんな魔法が、私に使えたの?


「ほ……本当に!?私も魔法使い!?」

「……じゃねえの」

「やった……!!」


 いきなり自分が音魔法使いだなど信じ難いが、凌久の言うことだ、間違いないのだろう。

 嬉しい……これで、やっと成宮家の娘に戻れる!


「帰るぞ」

「……うん!」


 凌久からの二年ぶりの言葉に、胸が熱くなるのを感じながら大きく頷き、歩き始めた凌久の隣へ駆ける。

 凌久が忌々しそうに唇を噛んでいたことには気付かずに。


 ねぇ凌久。私達、仲良い双子に戻れるよね。

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魔法使いの名家の魔法が使えない双子の妹 雪波 希音 @noa_yukiha

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