6・物語

34話 これは、マイ・プレシャアアアス

 夏休みが終わって初日の日、

 同時刻。図書室サポートメンバーの3年生・生島ヒナタ(1)の部屋。

 配下のカラスであるミヤマさんが路上で拾ってきた紺珠(かんじゅ)が提供する数十もの物語世界、虚構でありながら実在が保証されている世界と戯れて、知らないうちに二度寝してしまったヒナタは、緊急地震速報を知らせる警報アラームととてもよく似た音で床から飛び起きた。

「最終通知。五分以内ニ連絡無キ場合ハ攻撃ヲ開始スル」

 図書委員である3年生・鮎川ミレイ(0)の通知は要するに、昼休みになったから、すぐに学校に来ないと迎えに行く、行って学校まで引きずり込むからな、という意味だった。ヒナタの学校への出席日数は絶望的に足りておらず、にもかかわらず学校の規定科目はほぼ終わっているため、朝ちゃんと起きて教室に行くだけでよかったはずなのだった。一学期はそれでも、ミレイ及び同じ教室の勉強仲間たちの助けで、3日に2日は間に合ってたり大目に見られてたりした。

 ヒナタは、薄緑色のカーテンを開けて再び天気と太陽の角度を確認し、直線距離で300メートルほどの図書室の窓に、部屋の特大の姿見用鏡を向け、鏡の面を黒い布で覆ったり除けたりして「了解」という合図を送った。曇ってたり雨が降ってたりする場合は、ヒナタの住んでいるビルの屋上から紫の狼煙を遠隔操作であげることになっている。

     *

 ヒナタは3分で支度をして家を出た。もともと、もっと早い時刻に、ちゃんと自力で登校するつもりだったのだった。そして、2分で校門をくぐって、1分でミレイのいる図書室までたどり着き、遅い、と叱られた。

 とりあえず、始業時間に間に合わなかった理由を担任に報告するから、嘘でもいいので適当に考えてくれ、と、ミレイは言った。

 はあはあしながら3分ほど呼吸を落ち着かせると、ミツユビナマケモノが横断歩道を渡ろうとしていたのを見ていたら、アナコンダが狙っているのに気がついて、ジャングルの仲間が、えーとその、と、ヒナタは話しはじめた。

 ヒナタは長い話を作るのは苦手だった。

「ところでその、手の中に持ってるものはなんだ」と、ミレイは聞いた。

「これは、マイ・プレシャアアアス。世界の中にあって世界を持つ、とてもめずらしい秘宝」

 ヒナタは、ゴルフボールほどの大きさの紺珠(かんじゅ)をミレイにちらりと見せて、すぐに隠した。

「あげないからな! これはわたしだけのもの!」

「あー、紺珠(かんじゅ)かあ。それならこの図書室にもあるよ」と、ミレイは受付カウンターの背後の壁、やや上方を指差した。

 そこにはたしかに、ヒナタが持っているものとおなじ、ぐるぐる回る群青模様が表面に浮かんでいる、青い球体のものが置かれていた。

「夏休みのテニス、県大会個人戦でナナコ(7)がベストルーキー賞に選ばれたとき、記念にもらったんだけどさ、こんなぬるい記念品なんて、あたしの部屋に置く場所ないから、ってんで、図書室であずかることにしたんだ」

「めずらしくないの?」

「いや、めずらしいから、大会ごとに持ち主が代わってるんだろ。秋の大会はひと月後だけど、もうナナコはテニス飽きちゃってるからなあ」

 ヒナタは世界の深淵をほんのすこしだけ、また知ることになった。

     *

 昼休みもなかば終わりかけたころ、図書室のサポーターメンバーである新一年生の4人、源氏イハチ(8)・内田フタバ(2)・小泉クルミ(9)・江戸川ミナト(3)、それに謎の知的生命体で女装男子のトオルは、次の自主学習に使うための資料を探すために、ミレイが実効支配している図書室にやってきた。ミレイとヒナタは、紺珠(かんじゅ)のぐるぐる回る模様が早くなりすぎないうちに相手に渡し合いをするという、爆発物処理ゲームをやっている最中だった。

「あーっ、またなにかおもしろいことやってる! 私(あたし)も混ぜて!」と、クルミが割り込んだため、紺珠(かんじゅ)はふたりの手からそれて床に転がり、トオルの足はその珠を踏んで粉々にした。あ、と、フタバは言い、え、と、ミナトは言った。

 トオルは困ったように頭をかき、イハチは、やれやれ、と、肩をすくめた。

「どうすんだよこれ! こん中にあった数千の世界が消えた!」と、ヒナタは青くなりながら言った。

「ごめん、本当にごめんなさい。トオル、あんたの科学力で再生できない?」と、クルミはトオルに相談した。

「んー、一日じゃ無理だな。何もないところから作り出すわけじゃないから、たぶん明後日までにはなんとかなると思う」と、トオルは言った。

「お詫びに、それまであたしのを貸すよ!」と、クルミは言って、蒼玉色の瞳の片方に手を当てると、ビー玉ほどの大きさの、蒼玉色の珠を取り出してヒナタに渡した。

 ヒナタは青玉色の瞳を持つ目を白黒、ではなく白青させて口から泡を吹いた。

「おまえらよく聞け、物語の中でやってはいけないことが三つある。ベタ、ネタ、そしてメタだ」と、ミレイはカウンターの机を叩いて憤慨した。

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