33話 ねぇそこの緑っぽい人!

 3年生の鮎川ミレイ(0)は、その高校の図書委員長で、小役人風の風貌には似合わず手厳しさと親切さを併せ持った男子だった。つまり、「なにかおすすめの本あるの?」と聞かれたら「知るか」と答え、「なんで○○の本はないの?」と聞かれたら、その理由、およびそれと似たような本が教えられる程度の男子だった。

「『ソードアート・オンライン』みたいに長い巻数本は、はじめの3巻と最新の3巻だけ置いといて「リクエストがあれば翌日お渡しします」って代本板を挟んでおくんだ」と、ミレイはトオコと小泉クルミ(9)に棚を指差しながら言った。

 そして、置いてある本のバーコードのところをふたりに見せた。

「○○大学附属図書館、って、この図書室の蔵書じゃないの?」と、クルミは聞いた。

「いや、本当はこの高校のなんだが、経理の問題で複数の附属高校に大学が置かせてる、って扱い。大学にはライトノベルは、研究のための資料として全部保存してあるはずだ」

「電撃文庫は創刊のときからずっと? スニーカー文庫は? 富士見ミステリー文庫は?」と、クルミは重ねて、目をきらきらさせながら聞いた。

 ミレイはニコニコとうなずいていた。

 ほかの一年生3人は別行動をしていた。

     *

 内田フタバ(2)と源氏イハチ(8)は、自分たちの守備範囲である本棚の、下のほうにある大きな本を引き出して、6人がけの大きな机のうえに広げた。

「ああ、リアル本っていいなあ、この重さ、それからパラパラってめくって好きなところが出てくるところ」と、フタバは世界歴史大地図帳を適当に開いて、紀元11世紀前半の世界地図のページをやさしくなでた。

 イハチは、アルメニア語辞典とポルトガル語辞典とドイツ語辞典をひき出して、フタバに見せた。3冊の辞典は同じ装丁で、同じ厚さだったが、ページ数はアルメニア語辞典を1とすると、1:5:10ぐらいの差があった。

「これが、キミたちの世界」と、イハチは言った。

「それはともかく、OEDもあるのな。すごいな、リアルオックスフォード英語辞典見たのははじめてだ」と、フタバは全20巻の、かなり昔から読まれていない辞典を見て興奮した。

「よかったら貸してあげるよ」と、ミレイは言った。

 イハチは、全部携帯端末の中にあるからいい、と、答えた。

     *

「地方行政書士になるには、か。なるにはBOOKSは、ここの図書館では一箇所にまとめてないんだな」

 棚の高いところにある本を取ろうとして、背のさほど高くない江戸川ミナト(3)は少し背伸びをした。あと2センチぐらいで本の背表紙上部に届きそうな微妙な位置だった。

 そんなミナトの両脇を、冒涜的な優しさでひょいっと抱えて持ち上げた手があったので、思わずミナトは、ひゃああ、と、大声にならない程度の声をあげた。その手は男子によるもので、全体的に曖昧なたくましさがあった。


「12C?」


 と、いろいろな謎を解決するというよりは生み出しそうな男子、図書委員サポーターのひとりである新ニ年生の大岡シロウ(4)はミナトに言った。

「何だよ、じゃなくて何ですかその「C」ってのは。あと本を取る手助けをしてくれてどうもありがとう、ございます」と、ミナトは言った。

「キャットかな? 1キャットがだいたい3~5キロ? だからあ…」と、シロウは答えた。

「わ、わ、わ、わかりました。もういいです」と、ミナトは屈辱にまみれながら言った。

 踏み台だったら近くにあったんだから持ってきてくれればいいし、そもそも私(わたし)の代わりに取ればいいじゃんよ、と、ミナトは思った。

     *

 それからしばらく経って。

「ねぇそこの緑っぽい人! この図書室のサポーターですよね? 守備範囲で手頃な、完全犯罪に使えそうなネタ本ってないの」と、物語作りに関してはときどき図々しくなるクルミに聞かれて、菊村ムツキ(6)は困った。毒物・劇物(491.59)は大岡シロウ(4)の守備範囲だし、法律(320)に関しては、この子の友だちの江戸川ミナト(3)のほうがくわしいはずだ、とムツキは考えた。

「そうだ、いいのがあるのを思い出した。鉄道運輸(686)だ」

 そう行ってムツキは自分の守備範囲の棚から本を見つけて渡した。

「1976年のインドの鉄道時刻表。時刻表なら、アリバイトリックに使えるだろ」

「すごいです! さすがは先輩、略してさす輩!」と、クルミの新しい友だちになったトオコは、明らかに感動しながら言った。

「インドの鉄道時刻表なんて、『ダージリン特急』の2007年設定でも使えないっつーの。国内だったらまだ使えるかな、1976年の北海道の奴とか」と、クルミは言った。

「そういうのが見たければ、日本のものに関してならほぼ全部アーカイブ化されてるんで見られるけどな。見たい? 見たいか? 『鉄道員(ぽっぽや)』の時代、高倉健の駅ってことになってる路線の時刻表とか。でもそういうの調べるには風俗や建物という、サブの情報集めないといけないうえ、今の読者に受けるかどうか、だよな」

 自分の守備範囲のせいで鉄男であるのは問題ない。

「滝川、東滝川、赤平、茂尻、平岸、芦別、上芦別、野花南、富良野…」

「根室本線の駅全部言うのはやめて」

 トオコは耳を押さえてうずくまった。

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