32話 あたしの可愛らしさを「可愛い」って言葉を使わないで、読者のみなさんに伝えてみて!

 新学期のはじめの日。

 午前中であれこれの行事や手続きが終わったので、トオコとその仲間&友だちの新一年生4人、小泉クルミ(9)・江戸川ミナト(3)・内田フタバ(2)・源氏イハチ(8)は高校の図書室に行ってみることにした。

 先頭はミナトで、連合艦隊の旗艦のように、廊下を波を立てて進むかのように進み、そのあとにクルミとトオコが、偽装された女友だちのようにぎごちなく会話をして、そのあとにフタバとイハチが、昔からの友だちのように手をつないで、このあと昼めしどうする、といった日常的な会話をして続いた。

 図書室は新校舎の4階にあって、新校舎は1階から順番に理科室・調理室・音楽室・生徒会室などが入った特別棟になっており、4階の西側が図書室だった。

「わあ! すごいね! 本が沢山あるね」

「そりゃ図書室だからな。砂が沢山あったら砂漠で、水が沢山あったら海か湖だろう」と、ミナトは言った。

「そうか、そうだよね。ごめん、あたしのいたところには、リアル書籍が置いてある書店とか図書館とかなくって。ネット書店とか電子図書館は使ってたけど」

「確かに。そう言えば、トオコって中学どこなの? この高校に同じ中学の子いる?」と、クルミは興味深そうに、物語のネタになるといいかな、ぐらいの感じで尋ねた。

「それは個人情報なんで、ちょっと学校にそういうの話していいか確認してみるね。……あー、中学の名前は出したってかまわないって。神山田中学、って、この大学・付属中高校と業務提携してるところ。同じ中学出身者に関しては秘密」

「そんな中学が実在してたのか。俺(おれ)の知っている限りでは、そこは神仙や狐狸が通うところとして古来より語り継がれていたが」と、歴史が守備範囲のフタバ(2)は言った。

「ちょっと待て。伝説・民話(388)は私(わたし)の守備範囲なのだ」と、ミナトは言った。

「なんでだよ! ミナトは守備範囲広すぎるんだよ。野球のセンターかよ」と、フタバはぶちぶち文句を言った。

「うーん、なんかねえ、あたしってどうも実在感が希薄? って言うのかな、嘘っぽすぎるから、人間界、じゃなくて、都会で修行するのもいいだろう、って進路指導の先生に言われちゃって」と、トオコは、頬を人差し指でぽりぽりしながら言った。

 イハチはとりあえず、ほぼ居眠りをしているのと同じような感じでうなづき続けた。

「クルミちゃん、あたしの可愛らしさを「可愛い」って言葉を使わないで、読者のみなさんに伝えてみて!」

「可愛いっての、もうすでにそれは前提なん? あと読者というのがわからないけど、とりあえず明日まで考えさせてよ」と、クルミは答えた。

 可愛いということを別の言葉で表現するなら、それはそう思っている人間が可愛いと思っている具体的なもので埋め尽くすことが可能かもしれない、と、クルミは思った。塀の上で昼寝をしているネコ、木陰から威嚇しているネコ、闇夜に羽ばたく漆黒のカラス、ひび割れた水のないプールの中のカメ、海岸で半ば砂に覆われている錆びた自転車。

     *

 その日の図書室は、それなりに人がいた。

 運動部に入部希望の者は運動場や体育館に行き(それなりに中学時代に知られている者は強引に連れていかれ)、文系・理系のきっちりした部活をしたい人はそういうところの見学に行き、帰宅部の人は早々に帰ってしまい、勉強部の人はチームを組んで勉強にはげみ、娯楽部の人はやはりチームを組んでどこかに遊びに行ってるので、図書室に来ているのは帰宅部の予備軍における予備兵みたいな人たちだった。別に本とか読書が好きなわけではない。居場所が欲しいだけの人間だろう。

「ええっ、『六畳間の侵略者!?』が既刊分全部ある! 『転生したらスライムだった件』も、『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』、『非オタの彼女が俺の持ってるエロゲに興味津々なんだが……』、『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』まで!」

 図書室のライトノベルのコーナーに行ってびっくりしているクルミを見て、トオコは首をかしげた。

「クルミちゃん、そういうのリアルで置いてあるのって珍しいの?」

「まあ、住んでる地区の自治体によっていろいろなのだ。私(わたし)の所属している政治ギルドのメンバーで、公共図書館には『キノの旅』しか置いてない、ってグチってるのもいた」と、ミナトは説明した。

「いらっしゃい、新入生の子だね?」と、図書室関係と思われるエプロンをつけ、そのときにはまだ名前を一年生には知られていない鮎川ミレイ(0)は5人に聞いた。

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