4-2話 こんなかわいいコジカをいじめるなんて、このアルテミスが許さないわ
新学期の第一日、動物の耳を持った鹿撃ち帽をかぶって、教室(仮)を走り出た小泉クルミ(9)は、もしクルミがコジカだったとしたらそうだったように、すばやく逃げた。そのあとを4人の男女が追った。偽の猟銃を持った偽の狩人である内田フタバ(2)、フタバの戦友で偽の槍を持った源氏イハチ(8)、ふたりの友だちで本物の殻竿(2年生の菊村ムツキ(6)から狩りたもの)を持った江戸川ミナト(3)、転校生で何も持たない女装男子のトオルだった。
「見事仕留めたものには報奨を与えるぞ!」とミナトはアラウドしていたが、まだミナトは新生徒会の新副会長になったばかりで学校内を掌握してはおらず、ミナトたちを知っている一年生たちは、また変な遊びをはじめた、と傍観しているだけだった。
どこかに隠れても、イハチはその臭覚であたしの居場所を探り当てるだろうし、学校指定の上履きのまま屋外に出るのは校則違反だし、サンダルに履き替えるには時間がない、とあせったクルミは、一年生の教室(仮)がある1階の廊下を走って、階段を上のほうへ駆け上がった。普段だったら2段飛びぐらいのところを3~4段飛びできるんで、まあこれだったらシカだってのも悪くないな、とは思ったけれど、旧校舎の4階から屋根なし通廊(疑似屋上)に続く扉を開けるのにすこし時間がかかった。というより多分本当のシカだったら扉なんか開けられない。
まだ正午に至るまでには何時間かある白昼の、夏の盛りを過ぎた通廊兼屋上の日差しは強く、クルミの目はすこしだけホワイトアウトしたため、通廊の先の、特別教室棟の出入り口に立っていた黒い影をはっきり認識できなかった。
*
黒沼ナナコ(7)はコジカを追いかけている集団の先頭だったフタバが射程距離に入ると、手にしていた拳銃のグロック17もどきを右45度にかたむけ、1.5秒間にその胸にめがけて9x19mmパラベラム弾もどきを2発撃った。1発目は動きを止めるため、2発目は致命傷を追わせるためだった。撃たれたフタバは手を胸に当て、その日の汚れても比較的どうということのない服と、当てた手が鮮血色に染まるのを見た。
「これは……ペイント……」
「ほかに死にたい人がいるの!」と、ナナコは声を上げ、一年生は全員武器を捨て、手を天に高く上げて降伏した。
コンバット・シューティングもナナコ(7)の図書分類の守備範囲なのだった。
「まったくもう、こんなかわいいコジカをいじめるなんて、このアルテミスが許さないわ、って、あれ、クルミ? なんでさっきまでいたかわいいコジカの代わりにクルミなんかがいるの? いや別にクルミがいてもかまわないけど、あっ、コジカだ。だったらクルミは……あのかわいいクリミは?」
クルミが鹿撃ち帽の耳を上げたり下げたりしたので、ナナコは混乱した。
そうこうしているうちに、特別教室棟の出入り口のドアがゆっくり開けられ、かなり怒り気味ながらピンクのオーラをまとった、2年生の新生徒会長・香山イツカ(5)がみんなの前に現れた。
「校則違反もはなはだしいのです。全員の武器は没収して、校長に報告します」と、イツカは力強く言った。
「いや、これは何だな、革命ごっこのコスプレなのだ。ほら、持ってるの農具だし」と、ミナトは弱々しく弁明した。
「学校指定の上履きを履いていながら、その言い訳は通用しません。あー残念ですね、実につくづく残念です」
そのあとから、出入り口のドアが勢いよく開けられ、2年生の図書室ギルド(仮)サポートメンバーでいきものがかり(仮)の菊村ムツキが勢いよく現れた。
「来てやったぞ!」
渡り廊下の屋上にいた一同は動きを止め、どういうリアクションをするべきなのか困った。
「ムツキ、それは童貞で怪我している男子を、ヴァージンな女子が病院の個室で、ちゅーしそうになってるところに、男子の友だちの女子がいきなりドアを開けて見舞いに入ってきたときに言うセリフだわ」と、ナナコは小声で教えた。
「ちゅー? ちゅーとはなんだ? 英語か?」と、ムツキは首をかしげた。
とりあえず江戸川ミナトの殻竿は刈り入れの季節まで、その他の武器は玩具だということで放課後までイツカが預かる、ということで話はまとまった。
そして、1年生の5人は昼休みまで図書室で、黙々と各人の課題を進めた。
クルミはちょっとだけ、ちょっと違うことをした。
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