3-8話 その、ガタッ、っていうの、もうみんなやってるから

 ほぼ同時刻。

 自転車のブレーキのワイアーが切れたため、全校集会に間に合う時間に学校に着くのをあきらめた小泉クルミ(9)は、夏休み前に友だちになったトオコ(10)と瓜二つの、さらに美少女である謎の女装男子からもらったえんじ色のディアストーカーをかぶって、江戸川ミナト(3)とお揃いの、附属中学校の入学祝いにお互いの父親同士が買ってくれた等身大の鏡の前で、踏み台に乗ることもなく立ち、帽子に合いそうな服をあれこれ選んでみた。

 考えたらあの子も、特にこんな帽子が似合う服じゃなかったのよな、と、クルミは一度ポーズを取った。なんかこう、手に持つとよさそうなものはないかな。据え置き型の携帯端末の充電器ぐらいしかないな。

「簡単なことだよ、ワトスン君」と、クルミは格好づけて言ってみたが、それはやはり変だった。

 淡い褐色をしたクローゼットの内側は、クルミの瞳の色と同じ程度の普通の青色で、小学校5年生のクリスマスのときに撮影した画像が、プリントアウトして貼りつけてある。ミニスカサンタの格好をした江戸川ミナト(3)と、猟師のような格好をした内田フタバ(2)、それにトナカイメイクのクルミだ。サンタの帽子で隠れていたミナトの髪は、短くて少し赤かった。

 最初に選んだ服は濃いブラウンのチュニック原人スタイルで、鹿撃ちに行くといくより鹿と間違えられて撃たれるような格好だった。

 それから数回、自分自身が納得できないのと視聴者(もしいればね)サービスのために衣装合わせをしてみたあげく、素足にサンダルが似合うアルテミス神のなり損ないのような、比較的無難なものを選んだクルミは、すたすたと徒歩で学校に向かった。

 壊れた自転車の受け取りをした新店主は、新生徒会長である香山イツカ(5)の、年の離れた叔父で、旧店主はイツカの父だったが、それに関してはまた別の長い話がある。とりあえずクルミは、イツカとその父に関しては、顔と仮名は知っていたがその関係までは知らなかったし今後知る予定は今のところ特にない。

 通勤・通学のラッシュ時をやや過ぎた平日の午前中は、いつもより人がはるかに少なく、これなら歩き携帯端末も可能かな、と、クルミは思った。もしクルミがそれをしていたとしたら、あるいは歩き携帯端末がマナー的に特に問題がない世界だったら、ネットで配信されていたクルミの学校の全校集会を、ほぼ2時間遅れで見ることができただろう。とりあえずクルミは、変わった種類のカラスと思われる鳥が、何か青くきらきらと輝くゴルフボールほどの大きさの球をくわえて、クルミが行こうとしている学校の方向へはばたいていくのを見た。

     *

 クルミが学校の教室の、いつもの席についたときには、いつものクエスト・メンバーが揃って、2時限めの授業っぽいものを地味に進めていた。すでに全校集会も、クラスごとの連絡事項の伝達も、ざっくりとした1時限めの授業も終わっていて、教室(仮)に残っていたのはクルミたちの仲間と、ときどき協力し合う別のグループがいくつか残っているだけだった。

 教師はいろいろなところで自分の専門範囲のことを教え、生徒は適当なところでせっせとグループ単位で勉強をして、携帯端末でときどき教師に質問をする。教師はときどき、生徒に試練(というかまあ、ミニテスト)を与えて、進捗状況を確認する。

 一年生のクルミのメンバーは5人で、教室(仮)の窓際後方に5つの机を配置して学習することにしていた。まず出入り口に近いところに、クルミの小さい頃からの友だちで社会科学(3)が守備範囲の赤っぽい江戸川ミナト、その前に、椅子と机を南向きに置いている、やはり昔からの馴染みで歴史(2)が守備範囲の金色っぽい内田フタバ、それと向かいあってて高校になってから知り合いになった言語(8)が守備範囲の薄緑っぽい源氏イハチ。それに紺色っぽくて嘘(9)が守備範囲の小泉クルミ。それと。

「いやあもう、参っちゃったよ、いろいろあってさ」と、クルミはミナトの後ろを回って左隣りにつけてある自分の席につき、ミナトに話しかけた。

「私(わたし)の全校集会に顔を出さないとはいい度胸だな」と、ミナトは言った。

「えー? あれ、あんたのだったんか。まあそれはともかく、ごめん、本当にごめん」と、クルミは手を合わせてあやまった。

「おれは間に合ったけどな。途中寄り道したんで疲れちゃったけど」と、クルミの左隣りから声がした。

 クルミが知ってるような知らないような、小悪魔的な可愛らしさと普通っぽいおしゃれさを感じさせる子だった。早朝に着ていた上着のボレロは、やはり暑かったのか脱いでいて、その下の水色の袖なしブラウス(というかシャツかな)は少し汗に濡れて透けていたが、女子の場合はそういう状態だと透けて見えるはずのものが見えなかった。

 クルミは椅子を後ろに引き、ガタッ、と席を立って指さした。

「あ、あ、あんたがどうしてここに?」

「あ、その、ガタッ、っていうの、もうみんなやってるから。ホームルームのときに」と、イハチは言った。

 ということで、物語はここからはじまるのだった。

 今までのは何かというとまあ、キャラ紹介かな。


小泉クルミ(9)

つよさ  3

かしこさ 3

まりょく 5

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