3-7話 今日の当番はミヤマさんか

 香山イツカ(5)は2年生で、2学期から生徒会長になったゆるゆる系だが、ゆるゆる系ときっちり系が交互に生徒会長になるその高校では、きっちり系の元会長が翌年の春に高校になるまで監視し、副会長が翌年の夏休みまで補佐するので、ゆるゆるになりすぎるということはない。むしろ上下にきっちり系がいる時期のほうが校則違反に関しては厳しいぐらいなのだった。

 つまり、高校の生徒はきっちり圧を1年半、ゆるゆる圧を1年半感じながら過ごすことになる。

 全校集会で江戸川ミナト(3)とその仲間たちに自分の指揮権掌握を誇示したイツカは、友情の握手を、あまり強く握りしめないように注意してかわし、当日のイベントアイテムだった「みかわしのたて」(単にボール紙で作った赤と白の団扇。表は赤地に白、裏は白地に赤で「大入」と書いてある)はプレミアム価格で一般販売されて、売上益は税務署に申告しなければならない生徒会の臨時収入となった。

 ミナトとイツカが並んだ画像は、セアカミツユビカワセミとフラミンゴのように写真映えがした。

     *

 生島ヒナタ(1)は学校の校門まで歩いて30秒で行けるビルの最上階に、自分の部屋を持っていた。

 夏も終わりに近づくにつれ、南面の窓に接しているヒナタのベッドには直射日光がよく当たるようになる。遮光カーテンはしょっちゅう引き忘れて寝てしまうため、ヒナタは日陰を求めてベッドから転がり降りて、うす水色の抱きまくらをかかえ、黒地に白の稲妻模様が複雑に混ざっているパジャマ姿で、まああと10分ぐらいはいいだろう、と思いながら30分ほど意識を飛ばしていた。

 窓を硬いもので叩く音と、カラスの鳴き声にしか聞こえない音で、ヒナタはぼんやりと目を開けて、今日の当番はミヤマさんか、と思った。

 ヒナタは動物の言葉がわかり、周辺のカラスの組長とは顔なじみだった。

 ミヤマさんは大陸方面から来た迷いカラスで、ある年の春、すこし早めの台風と一緒に飛ばされて列島にやってきた、ということだ。ヒナタが最初にミヤマさんを見たときは、アンドー組の若いカラス数羽を相手に、裏通りで派手な立ち回りをしていた。止めに入って話を聞いた組長のアンドーさんはしっかりしたカラスで、居場所がないならうちの客分にならないか、と、ミヤマさんを誘った。小柄だが引き締まった体と美しい翼の色、それに度胸のよさでミヤマさんはヒナタが面倒をみているカラスの中でも名前と顔が知られるようになった。

     *

 ヒナタの部屋の壁には地域の地図が貼られ、カラスたちは早朝、まだ人がうろうろしはじめる前に、夜中に人が落としたものをヒナタに届け、くちばしで地図の上をつついて拾った場所を知らせた。財布や貴金属など、持ち主が出てきそうな金目のものは地元の警察に、拾った場所と品物を届け、落とし主が出て来ない場合は同じビルの2階で古物として売った。一度などはたいそうな大きさのルビーの指輪を見つけたこともある。落とし主のフランス人の女性(なにやら貴族の血を引く家柄の、年はヒナタとあまり変わらないくらいの子)は、多大な額のお礼をくれて、欧州に来たら連絡を、と、黒地に金の文字で、名前とメールアドレスだけが書いてある、同人誌作家のような名刺をヒナタに渡した。

 ほとんどのカラスは硬貨とそうでないものとの見分けがつき、多くのカラスは紙幣とただの印刷物との見分けがついた。そういう、落とし主がわかりそうにないものは、面倒だから報告しなくてもいい、と、警察に言われたので、ヒナタは金属の蓋がついた大きなガラス瓶に貯めていき、一杯になったら株その他の資金運営に使った。記録として残されている残高は、普通の高校生もしくはカラスが小遣いとして使うには多すぎるぐらいだった。

 小高い丘の、田園地帯を見下ろせる森の中にひっそりと、別荘のような図書館でも建てようか、と、ヒナタは思った。それはいつのことになるかはわからないが、後輩の図書室サポートメンバーである1年生・小泉クルミ(9)が書きそうな物語だな、とも思った。

 その日、ミヤマさんが拾ってきたのは、紺色の中に虹の七色を秘めた、ゴルフボールほどの大きさの丸い珠だった。

「これは……紺珠(かんじゅ)!」

 唐の張燕公より日本の森鴎外にまで伝わり、行方不明となっていた伝説の秘宝だ。

 ヒナタは慎重に、軽くその表面をなでた。

 そして、転生する自分のすべての過去を思い出した。

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