3-6話 きっちりした格好は、公僕としての義務のようなもので

 香山イツカ(5)はゆるんでいた江戸川ミナト(3)の、青地にオレンジの猫の足跡の文様があるネクタイを、全力の3分の1ぐらいで締めた。イツカを知る者に、イツカが運動能力に欠けているように思われていたのは、単に人より機敏に動けないとか、何もないところで転ぶとかいった、瞬発力その他の問題からだった。確かに短距離を走れば誰よりも遅く、テニスをやればボールに追いつかないことは普通だったが、中長距離ではいつまでも、のろのろと何時間でも走れたし、ぬるいテニスのやりとりでは、何時間でもラリーをすることが可能だった。そして、イツカが締めた機械部品のボルトとナットは、イツカ以外の人間には外すことが難しく、クッキーの生地は誰よりもむらがなくこねることができた。

 要するに、イツカおよびイツカと同じ属性・守備範囲を持つ者の持久力と腕力は、あなどってはいけない。

 十分にあなどっているとしか思えないミナトは、そんなわけでひどい目に会った。顔は赤から紫までのすべてのスペクトルの色を示して変わり、抵抗する力は次第に弱まって白目になって口の端から泡を吹いたので、これはいささかやりすぎだな、と、イツカも思った。

 イツカは片膝をついてえづいているミナトの首からネクタイを外し、片手で高々と、無作法な判官の首ででもあるかのように掲げて言った。

「今後ミナトは、公式の場ではネクタイの着用を禁止します。じゃないと貴方の仲間も、ゆるい格好できないでしょ」

「がはげほ。仲間……というか……私(わたし)を支持する有権者、つまりきっちりした格好は、公僕としての義務のようなもので……」

「うるさい! もう貴方の首は、私(わたくし)が取りました。ゆるゆる生徒会の、これは最初の仕事です」

「なんなん!」と、ミナトは言った。

「なんなんなん!」と、イツカはメンチを切り替えした。こういう荒事には多分ミナトより自分のほうが慣れているはずだ、と、イツカは自信を持って思った。

 それまで黙っていた生徒会メンバーの席にいた、巨大な影が動いた。身長2メートル、体重はトンで量ることも可能なほどのその男は、片手に爪楊枝ほどの大きさにしか見えない竹刀を持ち、ふたりの後ろを通りすぎて中央の演説台を叩いた。

「うるさい!」

 その声は体育館にいた全員を震え上がらせ、氷上の沈黙が場を支配した。

 夏休みが終わるまでの生徒会長で現在は元生徒会長、きっちり系の代表だった。

 男はきっちり剣道着を、この暑さの中でも着込んでいた。

 なお、元生徒会長の出番はこれだけである。

 あれこれやっているうちに、全校集会の参加者はどんどん増えていき、ミナトとイツカは心の中でハイタッチをした。

 実況を続けていた生徒会公式中継も、どんどん視聴者が増えていき、サポートしていたインフォメーション部(0)のメンバーたちも大変喜んだ。

     *

 同日の同時刻。

 同高校の3年生で図書室のサポートメンバーである生島ヒナタ(1)は学校近くの自室で、火炙りになる夢を見ながらうなされていた。


生島ヒナタ(1)

つよさ  2

かしこさ 4

まりょく 5

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