18話 生徒は原則として、校内では学校指定の上履きを使用することとする

 生徒会の新副会長である江戸川ミナト(3)は政治家なので、その言葉にはいつもすこしだけ嘘がある。全校集会のステージ(とは言わないかな普通)、中央のちょっとした壇上のマイクでミナトがそう言ったあと、誠実な実務家で新生徒会長である香山イツカ(5)は、ひな壇(とは言わないよね)に置かれた予備のマイクで補足した。

「図書室のあるフロアでは、階段のところにチェックゲートを置きましたので、ふれあいルームと連結して利用できるようになりました。貸出できない本も飲み食いしながら読めるので、じゃんじゃん来てください、というのが図書委員長である鮎川ミレイ(0)からの連絡事項です。ああああっ、事情により本日午前中、図書室とふれあいルームは使えません。ご利用のかたにはご迷惑をおかけします。それからっ、クッキーはひとり3枚まで!」

 イツカもまたミナトと同じく、図書室のサポートメンバーだった。

「それはともかく、何ですかその、お姫様が舞踏会で履くようなハイヒールは、ミナト」

 イツカは怒った調子がうまいこと全校集会の出席者と、携帯端末の画面を見ている人たちに伝わるといいな、と思いながら言った。

「ああ、これ?」

 ミナトは中央の演壇で隠れていた足を出し、カツカツカツカとステージ中央からイツカのほうに歩み寄った。ミナトが履いていた血の色のように赤い靴は高級スーツのスラックスに半ば覆われていたが、明らかにかかとの高い、値段の高そうな靴だった。

「これはねえ、コスプレ」と、ミナトはタタンとかかとを鳴らして一回転し、練習の成果あったな、と思った。

「かっこ悪い上履きが決まりの京都アニメーションでも、文化祭のときナコルル先輩は違うの履いてたではないか」

「納得できません。何のコスプレですかそもそも」

「生徒会副会長の」と、ミナトはうまいことシニカルな笑いを浮かべることができただろうか、と思いながら言った。

「校則には、校内では学校指定の上履きを使用すること、と書いてあるはずです」と、イツカは用心深く言った。そういう校則・生徒指導関係(375.2)ではミナトのほうが守備範囲だったのだ。まあ、制服(589.217)はイツカの守備範囲だが。

「そうだけどね。実は私(わたし)の父が生徒会長時代にいろいろ直したのだ。つまり、「原則として」という語を入れる形で、あれこれ校則の改正をした」

 ミナトは前もって用意しておいた携帯端末のテキストを読み上げた。


『平成○年○月改正。○条 生徒は原則として、校内では学校指定の上履きを使用することとする』


 大岡シロウ(4)には大丈夫、ふたりのアドリブ力を信じてるから、とは一応言われたが、と、イツカは思った。こんな話聞いてねーぞ。適当に仲が悪いようにやって、って、無理むりムリ。

 演技じゃなくて本気で喧嘩売ってるじゃんかよ、このチビ。オレを本気にさせたらどんな目に会うか教えてやりたいもんだ、と、引きつった笑顔を顔に貼りつけて、イツカは全身かっちり、この暑い体育館のステージの上でもレディーススーツ姿で、わざとらしくスキを見せているミナトに言った。

「ま、ま、まあ、それだったら仕方ありません。ただ、その、そのネクタイがゆるんでるのは、いつもきっちりかっちりなミナトにしては変ですよ!」

「あ、これね」

 イツカに指さされたミナトは、はじめて気がついたように言った。

「じゃあ、きっちり結び直して」

 全校集会に出席しているうちのミナト派は1割ぐらいだろうか。その者たちは体育館の一角に、足をやや広げ、手を後ろに組んで直立不動の、きっちりした服装と姿勢で立っていた。

 そしてステージの上では、ゆるんだネクタイとかかとの高い赤い靴以外はきっちりしていたミナトが、いささか上気した顔で目をつぶって、前傾姿勢でイツカのアドリブを待っていた。

 面白いな、やってやろうじゃないの、と、イツカはミナトのそばに歩み寄った。

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