16話 ときおり吹く風は涼しさを俺たちに感じさせるな

内田フタバ(2)

つよさ  4

かしこさ 4

まりょく 3


源氏イハチ(8)

つよさ  2

かしこさ 4

まりょく 4


 9月の早朝、体育館の西側にある旧弓道場で、フタバとイハチは射撃訓練をおこない、武器の分解・整備・組み立てのスピードを競って、その後クッキーを背中合わせに食べた。真夏とほとんど同じ強さの日光の光とはいえ、日の出は着実に遅くなり、ときおり涼しい風が吹いた。

 フタバは、イハチと同じく前日にムツキ(6)からもらったクッキーを半分に割って食べた。クジャクのようなトリ型のクッキーはバター色で、ところどころに濃い茶色のチョコチップが混ざっていて、左右対称だからうまいこと半分に割れる。イハチはフタバからその半分を受け取り、代わりに自分の、カメのように見えるクッキーを上半身・下半身の半分に分けて、下半身のほうをイハチに渡した。カメ型のクッキーは白黒のチェス盤のような色がていねいに焼きこまれていて、これは化学物質のような味がするなあ、とフタバは思った。

「ときおり吹く風は涼しさを俺っちらに感じさせるな」と、フタバは言った。

「その日本語はおかしい」と、イハチはもぐもぐ口を動かしながら言った。

「そうなの? 昔の人も言ってるじゃねぇか。『風の音にぞ驚かれぬる』って。風の音に驚かされたという意味だろ?」

「日本語には「モノがヒトになになにさせる」って言う言いかたはないの。古文のその箇所は『風の音にハッとした』だから」

 言語(8)、つまり言葉の使いかたや文法にはうるさいイハチだった。

「あー、つまりこう言えばいいんだな。ときおり吹く風が俺たちには涼しい」

 イハチはうなづいた。あれ、うなずいた、だったっけ。

 ちなみに背中合わせの背中が触れてる部分は暑苦しいな、と、フタバは思った。これは四方が遠くまで見渡せる抗戦地で、敵を監視・確認しながら何かを食べる方法だ、と以前イハチは言った。確かに実戦的に意味はあるけど、今ふたりがいる場所は板張りの弓道の射場で、南側に的、北側に木材の色をした壁と出入り口、東西に薄黒色の壁がある、あまり遠くまで見渡せるとは言えないようなところだった。ふたりはどちらも、壁のほうばかり監視するのは嫌だと言って、結局フタバは東側を、イハチは西側を向いて座ることになった。

 この背中の、相手が生きているという感覚、しっかりとした、今の季節には生ぬるい感覚は、僕を生きているという感じにさせられる、と、イハチは思った。させる、でもいいのかな、いや、これは「感じにする」がいいのか。うーん、僕に生きているという感じを与える、かな、と、さらにイハチはいろいろ考えた。

 イハチにとって、その存在感はやや重すぎるようにも感じられ、そうと察したフタバは、笑いながらぐいぐい押しつけてくる。最初は前かがみになってなすがままになっていたイハチだったが、あっそうか、と気がついて押しかえすと、ふたりは背中合わせに座った姿勢から立ち上がる姿勢になった。

「どうだ、これならうまく押せないだろ?」と、イハチは言った。

「うーん……確かに、なんか立ってると押せない! 力が入らない」と、フタバは答えた。

 そしてふたりは、的場の方角の草むらに隠れて動く、あまり大きくはないがきらきらと輝く人型の偽天使を見た。

「敵だ!」とイハチは叫んで、イハチよりすこし大きなフタバの頭を押さえて伏せ撃ちの姿勢を取らせた。

「ここは1945年の9月、昭和天皇の玉音放送で大戦が終結することがなかった世界だと思え!」と、イハチは言った。

 そこは終わっていない夏の草いきれと硝煙と血の匂いがする、確かに戦場だ、と、フタバはとりあえず思うことにした。

     *

「……何やってんだ、お前ら?」と、ふたりのうしろから、小さな袋を持った長身のムツキ(6)は声をかけ、片手でふたりの首を抱えるとぐいぐいと締めた。

「うぐぐ……敗残兵らしきものを発見、われわれは威嚇射撃を試みようとしたであります、少尉殿」と、イハチは報告した。

「それはともかく、もう遊びは一段落したんだよな。おいしいクッキーを持って来たぞ」

 ふたりは、ムツキからイヌ(じゃなくてキリン)型とトグロ(じゃなくてリュウ)型のクッキーを受け取った。

「ふむふむはむ、確かにうめぇなこれは! この残留思念が!」と、フタバは、菓子力を含む女子力が強いイツカ(5)による手作りクッキーの味を報告した。


菊村ムツキ(6)

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