3・影
15話 ミナトは母親から美貌と知性を、父親から情熱と財力を受け継いた超人類だった
江戸川ミナト(3)
つよさ 3
かしこさ 5
まりょく 2
9月の早朝。高校のもよりの駅よりひと駅離れた駅前(この文から作者は「駅」という語をもうすこし抜けないものかと考えたが無理だった)。その駅のロータリーは空からドローンで見たとしたら東西に走る線路に区切られた正方形だったが、北口と南口では植え込みの木の形とバスの停車場の形が違っていた。
江戸川ミナト(3)の駅前3分間スピーチは夏休みになってからやりはじめたもので、その日は2分50秒ぐらいで終わった。
そのときに、交番のとなりのコンビニの前、止まっていた配送用トラックの後ろに人影があるのを私が気がついていたら、それは天使の小さな羽根を持ったランドセル状のバッグを背負った、偽天使っぽい何かだったと察しただろう。
*
家に帰ったミナトは、ひと夏の間スピーチの際に着ていた防弾ベストを横目で見たあと、微妙に色合いの異なるが同型のスーツを脱いで学校に行く支度をした。休日以外は服にこだわることのないミナトは、高校のために12着のレディーススーツと15足の靴を入学時に選び、通学の際には制服のようにそれを着回して学校に通っていた。あなたなら2着分の生地で3着作れます、と、祖父の代から利用しているオーダーメイドの店の若主人は言ったので、微妙に色の違う4種類のスーツのうち6着を、今までにミナトは着たのだった。しかしそういうのは普通3種類(夏・冬・春秋用)でいいんじゃないかと思うのだが、ミナトの父は、春から夏にかけてのものと、秋から冬にかけてのものは違う、と主張した。
*
ミナトは等身大の鏡の前で踏み台に乗り、衣服の乱れがないか前後を確認し、両手で口角を上げて、次に目尻を下げてみた。そして鏡の裏にあるクローゼットの奥から、小学生の頃に着ていたこともある、いかにも小学生がピアノの発表会のときに着ていきそうなおしゃれ服を出してみた。
ミナトは母親から美貌と知性を、父親から情熱と財力を受け継いた超人類だった。受け継がなかったものは空気を読む能力と身長だった。
濃い褐色をしたクローゼットの内側は、ミナトの瞳の色と同じ程度の濃い黄色で、小学校5年生のハロウィーンのときに撮影した画像が、プリントアウトして貼り付けてある。ツインテールの吸血姫の格好をしたミナトと、ディズニー・プリンセスのような格好のクルミ(9)、それにゾンビメイクのフタバ(2)だ。その写真ではミクグリーンの、明らかにウィッグだとわかるミナトは、一緒のふたりより大きく見えた。それはつまりこういうことだ。
ミナトはそのときより大きくなっていない。
ミナトのそのときの髪の色はわからない。
そして、夕景を背後にした写真は、通常どんなカメラでも標準実装されている、目が赤くならないような撮影方法をしているにもかかわらず、ミナトのそのときの目は赤かった。
「これは病院の屋上で、私は深刻な病気の治療をしていたんで、髪の毛が全部落ちたんだっけかな」と、ミナトは言った。
つけ加えるなら、そこでミナトは死んだ。というのは嘘だが、赤い髪の毛の色になった。
そしてフタバたちの公立中学ではなく、クルミと同じ私立大学の中等部に通うことになったのだった。
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