14話 ………うっ………うっめぇぇぇぇぇ!

 特別棟の最上階には図書室と雑談室(机とテーブルと畳敷きのコーナーつき)、その他日常的には使われていない準備室が2つあった。

 雑談室はかつては書道準備室だったが、現在は生徒の学習と生産に使われている。教室の机を4つ組み合わせた中机として6つ配置されたその上には、日に焼けたうす黄色とうす紅色の、金魚の絵柄のビニールが敷かれていた。

 夏休みの間に薄く積もったほこりをはらって(学習系ギルドは学校が休みのときに学校には滅多に来ない)、図書室のほぼ管理人である鮎川ミレイ(0)、生徒会長でもの作りがうまくて女子力が高い香山イツカ(5)、いきものがかり(仮)で高いところに背が届く男前の菊村ムツキ(6)の3人は、9月の早朝、雑談室を入ってすぐの机の3つの辺に座り、イツカとムツキ、それにここにはいない大岡シロウ(4)が作ったクッキーの試食をすることにした。

 クッキーは三口で食べられるサイズが一番よろしい。食べる際に一緒に用意するものは紅茶に限る。まず、十分に熱い紅茶をひと口飲む。このときの紅茶はまだ、ミルクも砂糖も入れてはいけない。レモンなんてとんでもない。次にクッキーを手に取り、丸形でも四角形でも、だいたい3分の1ぐらいをもそもそと食べる。そして、「おいしい」と言い、残りのクッキーと紅茶は特に礼儀はないので適当に食べる。ただし、三口以上の大きさのクッキーは、それはサブレと呼ぶ(嘘です)。

 イツカは4種類のクッキーを3枚ずつ焼いた。プレーンで丸形のもの、四角でチョコとプレーンが田の字形に組み合わされたもの、チョコチップを入れたもの、中央にドライフルーツのチップを載せた楕円形のもの。

「おいしい(はぁと)」と、ミレイはイツカが作ったクッキーを口にして言った。

「お粗末さまでした」と、イツカはしとやかにお辞儀をした。

 ムツキのクッキーはこなごな、とまではいかないが、ぐしゃぐしゃに割れていた。

「だめじゃないですか、ムツキ。そういうものは転んだり落としたりしても大丈夫なケースに入れておかなくちゃ」と、イツカはすこし怒った。

「えーと…これはひょっとしてイヌかな? 動物クッキー?」と、ミレイは割れた切片を組み合わせて言った。

「それはキリンっすよ。ちゃんと角あるしぃ。キリンって知りませんか、ミレイ、動物園にいるのじゃない霊獣」

「この丸いのはカメだよね」と、イツカは別の切片を組み合わせて言った。

「それは龍がトグロ巻いてるところ。真ん中にチェリーのドライフルーツ2つあるだろ」

 残りのふたつは玄武と朱雀で、要するに霊獣クッキーだ、というのがムツキの説明だ。しかし二人にはイヌ・ヘビ・カメ・ニワトリにしか見えなかった。

「………うっ………うっめぇぇぇぇぇ!」と、ひと口食べたミレイはヤギのように言った。

「あざぁぁぁぁぁっす!」と、ムツキは立ち上がって最敬礼をした。

 菓子(596.65)はイツカの守備範囲で、イツカ自身がムツキに作りかたを教えたため、どうも納得いかないイツカだった。

「これもお前のおかげだ、ありがとな」と、ムツキはイツカに軽く言って、自分のクッキーをひとつ、というか一かけら渡した。

 イツカはもぐもぐと口を動かし、紅茶をシップすると無言で手を「もっとちょうだい」のポーズでムツキに差し出した。

     *

「では、シロウのクッキーの味をためそう」と、ミレイは言い、3人は各自のつばを飲み込む音を聞きながら覚悟を決めて、うす青いファスナー付きのプラスチック・バッグを開けた。

 中には微妙に薄い茶色から濃い茶色までグラデーションがかかっている、四角形・六角形・八角形・円形の、クッキーのように見えるものと、メモが入っていた。


『自然由来の(C6H10O5)nおよびグルテニンとグリアジンを贅沢に使い、秘伝の牛酪(CH3-(R)-CO2H 50%)、鶏卵、C12H22O11、その他を練り込んでじっくり焼き上げた、店長自慢の一品』


「……何言ってるのかさっぱりわからん」と、ムツキは言った。

「小麦粉とバター、卵、砂糖その他ですね。「店長」というのは私(わたくし)もちょっと」と、イツカも言った。

 3人は3種類の、クッキーと思われるものを手に取り、ふたりは念のために匂いを確認して、その3分の1を口にした。

「これはその、だな」

「なんていうのか、ですね」

「化学物質だよ。何考えてるんだ、シロウの奴は!」

 確かに実験化学(432)はシロウの守備範囲だが、化学工業(570)はイツカの、農芸化学(613.3)はムツキの守備範囲だった。確かにムツキのユニークスキルは「耕す」だが、生物応用化学とか、理科系の知識なめんじゃねぇぞ、ぐらいカバーしてる。

 そのクッキーは別に、まずくもなければ毒でもない、ということになって、他のふたりのものと同じく、ミレイは雑談室に置く食べ物として許諾した。

 そうこうしているうちに、全校集会の時間が近づいて来たので、お先に失礼します、と、イツカは出て行き、ミレイとムツキは、あとでたらたら行くから、と言って見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る