11話 これは昨日買って、今日おまえに渡すためだけに買った帽子

 赤い帽子で青と白の服で赤い靴の可愛い女装男子は、いずれまた会うこともあるだろうけど、先を急ぐから、と、小林クルミ(9)に言った。そしてえんじ色のディアストーカーを、かろうじてトラック転生を避けられたクルミに渡した。クルミが名前を知らないその子は確かに、クルミがよく知っていた同級生で図書室ギルド(仮)の仲間であるトオコによく似ていた。しかしトオコより目がキリッとしてて、ボディがスキッとしてて、可愛さは150%増しだが男前だった。

「これは昨日買って、今日お前に渡すためだけに買った帽子。受け取って」と、その子は言った。

「そんな高そうなのもらえないし、今の髪型には合わないし、第一遅刻しちゃうよ!」と、クルミは言った。

「え、こんな時間に行かないといけないのか」と、その子は驚いて自分の背中の、天使の羽根がはえている形をしたランドセルから携帯端末を取り出し、クルミに見せた。

 そこで表示されている時間は、クルミが思ってたより2時間早かった。

 歩いている人が自分が思ってたよりすくないのは、遅すぎたんじゃなくて早すぎたのか、と、クルミは気がついた。

「あと、その自転車じゃもう行かないほうがいいと思う」と、女装男子の子は言った。

「確かにねえ」

 クルミは自転車のブレーキの、切れたワイヤー側を右手で、ゆるんだワイヤー側を左手で、ぺこぺこと動かした。

 しんどいけど、家に帰って出直すか。

「じゃ。礼には及ばないので。ワッチ・アウト!」

 その子は早足でどこかに消え去り、クルミはとぼとぼと家に、自転車を押して帰った。

 そしてシャワーのついでに風呂に入って、物語の終わりはあれでいいのかなあ、とか、この脇役キャラは別の話にも使えるな、とかいろいろ、だらだら考えて、髪を乾かして整えて、着ていく服を選んでいるうちに、本当にどう見積もっても遅刻する時間になってしまった。

 あきらめたクルミは、ピザトースト2枚と目玉焼き、それにカフェオレという朝食を食べ、近所の自転車ショップ(地元で古くからやっていた店だけど、最近代替わりした)に、壊れた自転車の修理をお願いして、1時間目の途中に行くのも半端なので、だらだらと2時間目の学習時間には間に合うよう、だらだらと母親が作ってくれた弁当を持って家を出た。

 もちろん、謎のおしゃれ帽子はちゃんとかぶっていた。

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