2・会話
9話 どこかのアニメのアイドル女子高校生が歌ってそうな歌
9月の早朝、目が覚める時間を1時間間違えたごく普通の女子高生・小泉クルミ(9)は、姉の時代から使っていた紺色の通学用自転車「はがねの誓い(アイザーン)号」で学校への道を急いだ。普通の長さの蒼玉色の髪、アニメだと『ラブライブ!』以外のアニメではやや太めとして扱われる体型、通っている私立高校の成績も親大学には普通に進学できる程度のクルミが、他の登場人物と違っているただひとつの違いは、物語が作れるところだった。
クルミの家からは駅までの坂をくだり、駅から坂をのぼるのが通学のコースで、いつもの時間にいつものコースだったらどうということはなかったはずだった。しかし、いつもの時間より1時間も遅く、あるいは早く家を出たことがなかったクルミは、さらに間違った選択をした。何度か帰りに使った坂道は、確かに学校への近道ではあるのだが、近いということは距離が短い、つまり急な坂だということだ。
スカートの裾ひるがえし♪
ガール革命起こしちゃう♪
どこかのアニメのアイドル女子高校生が歌ってそうな歌のパチモンっぽい歌を歌いながら(関係ないけど「歌を歌う」って言いかた、ちょっとなんとかならないんですかね。馬に乗馬するとか言わないだろ)快調に家を出たクルミはいつもの道をそれて、
革命♪ 粛清♪
総括♪ ポルポト♪ 造反有理♪
坂道の手前で絶句した。
上から見る坂道の下りは、下から見る坂道の上りよりこわい。途中で転んだら下まで一気にがらかっしゃんがったんと落ちて大怪我になる。とはいえもう(クルミの頭の中の時間では)引き返す時間は多分ない。
覚悟を決めてクルミはブレーキを効かせて減速しながら進んだが、途中で右手のブレーキの感触がなくなった。つまり、前輪のブレーキのためのワイヤーが切れた。
後輪だけで自電車の動きをセーブするのは無理だ。大怪我するか死ぬかトラックにぶつかって異世界転生か。
そして、あせって青くなっているクルミの前に、横丁から青と白と赤の物体が飛び出してきた。
群青色のやや厚めに見えるボレロ、パールホワイトに灰色で複雑な幾何学模様が織り込められたペタルカラーのワンピース、ベージュの靴下と赤いおしゃれ靴、茶色めの髪をえんじ色のディアストーカーで隠したその物体は、可愛い系というより子供服系で統一された人間だった。
その人物は、混乱しているクルミの自転車の右側に立ち、クルミの右腕は柔らかいがしっかりした手でつかまれた。
「おれが守るから! おれを信じて!」
え、え、え、と、さらに混乱したクルミとその自転車は、謎の子を中心にアナログ時計と逆向きに2回転半、宙に浮かんだまま回って止まった。
映画だったらここからカメラが、ドローンで上のほうに飛んで二人が町の風景とともに小さくなる演出だ。
はあはあ息を切らし、相手の顔を確認したクルミは言った。
「あんたは……ブライアン?」
「ドム!」と、その可愛すぎる子は答えた。
「ブライアン!」
「ドム!」
そして、ブライアン(仮)は、回転する勢いで落ちたディアストーカーを手に取り、クルミとともに黙祷した。
「R.I.P.ポール・ウォーカー」
ここらへんは映画『ワイルド・スピード』見ていない人にはどうでもいい。
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