7話 かつて僕(ボク)は兎を撃ち、次に鹿を撃った。そして今日はキミを撃つ

 同時刻。

 源氏イハチ(8)はフォスフォフィライト色の髪と、燐灰石色の瞳を持った男の子で、難民だった。

 体育館の東には使われることがあまりないテニスコートがあり、西側には春から使われることがなくなった弓道場があった。

 弓道部は部員が減り、旧3年生が卒業して親大学に進学したため休部(事実上の廃部)状態になった。

 イハチとその仲間たちはそれ以降何度か草を刈り、的を修理してややこしい距離に非等間隔に並べ、さらに全身が隠れるほどの大きさの板を立てた。射場の床を磨き、集めた草で草土嚢を作って積み重ねて置いた。

 夏の盛りに刈って積み上げた草は、何度かの雨を吸い込み、沢山の日の光を浴びて、ほどほどの夏の薫りがした。その後も暑い日が続いてさまざまな草が弓道場の跡地に生い茂り、薄茶色のパーカーを頭からかぶったイハチが身を伏せると十分に身が隠れるほどに育っていた。

 かつて僕(ボク)は兎を撃ち、次に鹿を撃った。そして今日はキミを撃つ、と、イハチは思った。

 イハチは内田フタバ(2)と一緒に行日本の疑似銃器屋き、その店で擬似短機関銃を買った。イハチの記憶している実物の銃器と比べるとそれは、軽くて鉄と火薬の匂いがあまりしなかった。軽く感じられるのは僕(ボク)が以前より成長したためだろう、ともイハチは思った。

 イハチの生まれた国はアジア大陸にある、4つの大国に囲まれた小さな国で、そこでイハチは4人の師匠から4つの言葉と4つの人を殺す方法を教えられた。大国の属領になってからはさらに3つの言葉を覚えた。家族とともに難民としてあちこちの国で暮らし、最後に覚えた言葉が日本語だった。日本はいい国で、仮親になってくれた日本人もいい人だった。草が沢山あってどんどん育ち、草木と同じように本が沢山ある国で、露骨な殺し合いも裏切りも、そこにはなかった。

 昨晩、菊村ムツキ(6)から遠慮ぎみに1枚だけ受け取った動物クッキーは小袋に入れて持っていた。イハチはその袋を下に置き、両手に余計な汚れがついていないかを確認して、シッティング・ポジションで銃を構え、3発を威嚇するためだけに、フタバに目掛けて撃った。

 同時刻。

     *

 内田フタバ(2)は猫目石色の髪と、菫青石の瞳を持った少年で、江戸っ子だった。

 フタバは射場の草土嚢の裏で横になって東南アジアの古代史(223)を読みながら、ゲームの開始を待っていた。手に持った狙撃銃は、本物で訓練された兵士だったら、狙いを定めれば1キロ先の敵兵まで殺せるものだった。もちろん日本で素人がそのようなものを持つことは不可能なので、疑似狙撃銃と擬似弾だから、当たるとちょっと痛い、程度のものだ。

 祖国を背負って狙撃銃を持つ兵士が、訓練場で覚えられない重要なことは、銃の先には同じように、国を背負っている敵の狙撃手がいる、ということだ。

 的を相手にいくら当てる練習をしても、実践ではそれが通用しない。構える、撃つ、逃げる。その動作をすばやくやることだ。フタバは十分にすばやかったが、イハチはさらにすばやかった。

 脇に置いた携帯端末のアナログな文字盤の秒針が開始時間を示すとほぼ同時に、イハチの疑似銃弾がばし、と草土嚢に当たる音がした。

 うわっ、はやっ、0.1秒ぐらい早くねーかあいつ、と、フタバは思った。

 しかし、どうして戦史(391.2)関係は江戸川ミナト(3 社会科学)の縄張りなのよ。あいつ、守備範囲広すぎないか?

 えーと、銃(559)は香山イツカ(5 技術)で、狩猟(659)は菊村ムツキ(6 産業)ね。

 フタバ(2)はいろいろ考えるとむかむかしてきた。

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