6話 姫がやるスポーツじゃないわ、テニス(783.5)なんて!
同時刻。
黒沼ナナコ(7)はヘリオドール色の髪と、リシア輝石色の瞳を持った姫で、お嬢様だった(わかりやすく言うとオレンジ色の髪と紫色の瞳)。宝石女子、じゃないや、日本十進分類法女子の中では一番スタイルがよく、日本人離れした容姿で、こういう姫だったらヒールで踏まれる王国民になってもいいかなー、と思えるような美人で、スポーツ万能で、諸芸の達人で、頭が悪かった。
ナナコは長めの髪を後ろでひとつにまとめ、小泉クルミ(9)とほぼ同じようなものだが全然かっこよく見えるポロシャツと、動きやすいミニスカートで、右手に持った黄色のボールを、ぽん、とコートにはずませ、ぱっ、と上に放り投げ、ばし、とラケットで体育館の壁に打ちつけた。
その一面だけのテニスコートは体育館の東側の、朝日ががんがん当たる場所にあり、多くのテニス部員は大学と共同になっている運動場のほうを利用していた。
ナナコはどんなスポーツでも、目指そうと思えば日本一になれなくもない程度の素質はあった。しかし何かを極めて頂点に立つ、というのは、ナナコが求める方向ののものではなかった。まあ、国会図書館が普通の高校の敷地内にあったら便利だけど、そんな高校は存在しないのと同じ。ナナコの目標は、せいぜい地区の大会のベスト4ぐらいでいいのだった。都道府県立図書館ぐらいかな。そもそも、特定種目で頂点に立とうと思ってる人にナナコがボロ勝ちしたら失礼すぎる。
はあはあ言いながら朝日を浴びて、体育館の壁にきれいな幾何学模様の打ちつけ跡を作り、退屈をしながらナナコは続けた。壁打ちテニスが退屈なのは、返ってくるボールのコースが決まっていて、おまけにスピードが早くないところにある。とはいえ日の出前後から、ナナコの旧コートでの自主練につきあってくれる仲間はいなかった。
「姫がやるスポーツじゃないわ、テニス(783.5)なんて!」とナナコは、テニスを実際にやっているお嬢様に対してチャレンジブルなことを口にしてしまうほど頭が悪かった。
確かに、夏の屋外でやるテニスは、暑いし試合時間が長いし日に焼けて真っ黒になる。皇族のように避暑地で、大会とか考えずにふわふわやるんだったらともかく。ナナコはひと夏(実質的にはひと月程度)続けて、もう日も短くなったから、そろそろ別のスポーツをはじめようか、と思った。
そうだなあ、屋内スポーツだと、バドミントン(783.59)とか卓球(783.6)とか。
なお、スカッシュ(783.57)とラクロス(783.58)もテニスと同じ扱いになる。ていうか分類的に下位やね。
あっそうだ、フェンシング(789.39)とトランポリン(781.5 器械体操、体操競技)はどうだろう、と、ナナコは思いついた。
姫、というか姫騎士がやりそうなスポーツだし、異世界転生するようなことになっても、役に立ちそうだし。火星みたいに地球より引力がすくない異世界だったらめっちゃ強いとかあるよね。もうすでにエドガー・ライス・バローズが火星シリーズで書いてますけどね。
*
同時刻。
大岡シロウ(4)は瑪瑙色の髪と、瑪瑙色の瞳を持った男子で、実験家・発明家だった。
ナナコ(7)と同じテニスコートの、ネットの反対側でシロウは、シロウの発案にもとづき香山イツカ(5)がせっせと組み立ててくれたテニス練習用マシンを設定していた(この「スポーツトレーニング用マシン、ってNDCではどこに分類されているものかさっぱりわからなかったんよ)。
機械はテニスボールが飛び出す穴を9つ持つ、人の背より大きなもので、真中の穴はシロウが手を伸ばしたら届く程度の高さだった。そして、底部にはボールが90個セットできるようになっていた。
その機械は3つ、コートの両隅と中央に置かれていた。
屋外用のメッシュの白衣(実験室でそんなものは着られない)の下には黒のTシャツを着て、灰色の半ズボン(女子が履くとすこし色っぽい奴)で、あまり汚れてないテニスシューズのシロウは、いらいらしているナナコをほぼ視野に入れず、大きめの携帯端末に出ている数値を見ながら、それに付属しているキーボードを叩いていた。
金属感がある機械から出ている3種類の色のコードは1本の金色のコードにまとめられて、携帯端末につながれていた。
シロウが学校に来たのは、ナナコより30分以上も前だったが、設定と調整にはあとどのくらいかかるかは、さっぱりわからなかった。
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