4話 ○○医学、とか○○教育だと他の人の守備範囲になるのはどうしてよ

 同時刻。

 香山イツカ(5)はふわっとした紅水晶色の髪と、きらっとした藍晶石色の瞳を持った乙女で、生徒会長だった。

 生徒会室は高校の特別棟の、図書室の下にあって、同じ階には文化系の部室がいくつかごちゃごちゃと、時代の流れにあわせて微妙に形を変えながら存在していた。たとえば新聞部も弁論部も、社会科学研究会も漫画研究会もないけど、インフォメーション部(0)やコミュニケーション部(8)、ソーシャルサイエンス部(3)やメディアクリエーション部(7)などと名前を変えているのが21世紀である。一見すると具体的に何をやっている学部なのかわかりにくいのは、21世紀の大学の学部と似たようなもの。

 イツカはいつもより2時間早く起きて、2時間早く学校に着いた。

 さて、今年の2学期の全校集会には、果たしてどのくらい来てもらえるだろうか、と、イツカは思いながら生徒会室の窓と机とホワイトボードまわりをきれいにし、昨夜のうちに作っておいたクッキーの味が変わってないか、クッキーボックスから一枚取り出して、電気ポットで沸かしたお湯でハーブティーを淹れて、もぐもぐと味わってみた。

「よっしゃーっ!」と、右腕で力こぶを作って言ったあと、イツカは周りを見回して言い直した。

「おいしい♪」

 イツカの能力の中で女子力はその一部にすぎず、ほとんどは工学系的ものづくりなのだった。おいしいお菓子を作るためには素材と調理の道具と製粉工場が必要だし、可愛い服を作るためには染色素材と織機と繊維工場が必要だ。○○工学と名前がつくものは、だいたいイツカ(5)の守備範囲だし、料理・裁縫・育児(今のところ育児は関係ないですけどね)・美容など、女子に関係あるものはだいたいイツカが扱う。作ろうと思えば原子力ポットだって作れるはず。作らないけど。

 素敵な粉をありがとう、と、イツカ(5)は心の中で菊村ムツキ(6)に感謝した(製粉は619の農産物製造・加工)。

「ムカつくのは、じゃなくてすこし頭に来るのは、○○教育とか○○医学とかだと他の人の守備範囲になるのはどうしてよ」

 幼児教育は江戸川ミナト(3 376)、小児科学は大岡シロウ(4 493.9)なのだった。

「特に許せないのはあの女、ミナトだ。なんでファッションの歴史や菓子の歴史まで自分の守備範囲にしやがるんだ(383 衣食住の習俗 ただしこれは図書館や個別の書籍によって違う場合もある)」

 イツカはホワイトボードをばん、と、握りこぶしで叩いた。

「みなさんもそう思いませんか? どうして○○の歴史ってのは、図書館では別々の棚になってるの? 音楽の歴史とか、数学の歴史とか!」

 誰に言ってんだよお前は、と、作者は思った。

 中学時代のイツカは、よく言えばやんちゃ、悪く言えばグレていた女子だった。

 一人称を「あっち」から「私(わたくし)」に改め、服も中学時代の制服から、なにを着ていってもかまわない高校に入ってからは身だしなみを女子力方面に強化したイツカの今日の服装は、薄黄色をベースにした唐草模様の袖なしの夏っぽい、膝までの長さのワンピースだった。

 イツカは全身が写る鏡の前でくるっと一回転して、やっぱこの長さのスカートがいちばんふわっとするんだよな、と思い、映画『タクシードライバー』のロバート・デ・ニーロの真似をして、左手で自分を指さしながら言った。

「ゆってんの、あっち? はぁ? ゆってんの、ゆってんのな、あっち?」

 これは英語の「ユー・トークン・トゥ・ミー」の「ユ」と「ト」の音を無理やり合わせてるんだな。

 そしてイツカは、頬を自分の髪の毛と同じ紅水晶色に染めて、やっぱ恥ずかしいからこれなし、と思って、髪型その他に乱れがないかを再チェックし、金と黒とに塗り分けられた金属製のクッキーボックスを持って、上の図書室がある階へ向かった。

 そして階段の最後の段を越えたところですっ転んだ。

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