今作の舞台は、私達の生きる現在よりおそらく少し科学が発展した世界。
といっても登場するのは「麺の量が減ると音楽を再生してくれるドンブリ」など、なんだか間の抜けたテクノロジー。
そんな日常のヘンテコにすかさずツッコミを入れていくのが、今作の主人公である理恵です。
高校卒業間近の理恵は、娘を心配する母親から懇願され、AIによるカウンセリングをしぶしぶ受診することに。
仮想空間で対話を行うAIはイケメンかつ紳士的、だけどなかなかしたたか。
反発していた理恵ですが、カウンセリングの過程で、自分自身や家族について振り返っていきます。
キレが鋭くシニカルな理恵の語りは小気味よく、特に仮想空間で繰り広げられるAIとの会話は、頭の回転が早く遠慮のない者同士の軽妙さ。読んでいてとっても楽しいのです。
一方、そんな舌鋒鋭い切り込みやノリの良さと裏腹の、複雑な葛藤を描いていく丁寧な手付きもこの作品の魅力です。
中盤以降で明かされる、絵の具の匂いに満ちた理恵の過去。
饒舌さに隠れた、幾層にも塗り込められた切実な思いを、AIのアシストによって理恵自身がひもといていくのです。
ネタバレは避けますが、”海”がかかわる最後の展開も、読み手によって、またその時々の状況によって、いくつもの解釈に開かれるもの。
単一的な正解を避けながら、自分の人生に確かに向き合っていく気持ちよさを感じられる作品です。
(「すこしふしぎな海のお話」4選/文=ぽの)