カルマの塔:聳え堕つ業の塔

 テレージアがその場所に着いた時丁度、何故か中庭で海賊と傭兵がくんずほぐれつとばかりに激しい決闘を繰り広げていた。それをやんややんやと煽りながら賭け事に興じる仲間たち。その中の一人にアルカディア期待のホープであるランベルトが混じっている様を見て、ため息をつくテレージア。

 哀しいほどに品が無い。

「お待ちしておりましたテレージア様。すでに皆、揃っております」

 きっちりとした会釈を見て貴族とはかくあれ、と思ってしまうほど綺麗な所作の男はこの物件の所有者であり、貴族でも何でもない個人商会の長、イヴァン・ブルシークであった。もはや生来の貴族よりも後追いの方が貴族らしい振る舞いが出来るのではないかと思うほど、最近の若い貴族は抜けている。

 そこで叫んでいる剣士のように。

「どうぞ奥へ」

 イヴァンが案内した先には――

「だからもっと切り上がりの性能をだな」

「同感じゃ。わしゃあもっと面白い船に乗りたいがじゃ」

「君たちにしか操れない船でどれだけかかるかもわからない果てしない道を行くつもりか? せっかく巨大な船を造るんだ、安定性、安全性は確保すべきだろう」

「つまんねえぞ怪我人」

「そうじゃそうじゃ」

「遊びじゃないんだよコルセア。この馬鹿はともかく君まで悪乗りしちゃあ駄目でしょ?」

「……こ、怖い顔じゃな」

「俺が船長だぞ俺が」

「俺は出資者の一人だ。それに新造船にアルカディアとネーデルクスの共同研究の成果物が組み込まれたことを忘れてもらっちゃ困るよ。俺のおかげで、ね」

「ぐ、テイラーとイヴァンの金じゃねえか」

「親戚と部下の金だよ」

「ぐぬぬ」

 言い合いをしているのはアルフレッドとフェンリス。隅っこでは笑顔の脅しに屈したコルセアがぶるぶると震えていた。

 普段温厚な者の怒気と言うのはとても怖いモノなのだ。

「出資者の一人としては安全に辿り着いてもらうのが一番ね。と言うよりも何があろうと戻ってきて何らかのフィードバックがあって初めて成功だってこと忘れてない? 頭まで狼じゃ先が思いやられるわ」

「い、陰険メガネめねちねちと。行き遅れるぞ」

「あら、万年童貞王子の貴方に言われたくないわね」

「……それは触れちゃダメな奴じゃん」

 ニコラの鋭い返しに撃沈するフェンリス。それを見てげらげら笑うガリアスの俊英オリオンは隠し子大量生産機であるロラン、アダン指導の下、遊び感覚で女性と戯れ、あっちゃこっちゃで火をつけ回っているクソガキであった。

 そんな彼からすると二十代を経て童貞というのは珍獣を見るようなもの。この場に幾人か珍獣が紛れているのだが実は必死に隠していることを彼は知らない。

「何でも良いが出来るだけ快適であれば嬉しい」

「だなあ。あんまり海には興味ないからねえ。陸についてからが楽しみなわけで」

 こちらも当たり前のように着席している国綱とラウル。

「あれ、オルフェさん髪伸びました? 私、切りましょうか?」

「おや、気が付きませんでした。お願い致します」

「……イーリス、俺も少し伸びた気が」

「気合入れてめっちゃ短くしてんじゃん。どこも切りようないでしょそれじゃ」

「…………」

 これまた異様に馴染んでいるオルフェに声をかけたのはイーリス。そのイーリスの発言を受けて会話に入り込もうとしたのがパロミデスで、空回りを無情にも指摘したのがレオニー。一室だけで驚くほどの情報量であるが――

(とても美しい姉妹だ。秘訣を聞きたいが武人としてどうなのかとも思う)

 さらに苦悩するエスケンデレイヤの武人ロゼッタと、その視線の先にはガブリエーレとマリアンネがおしとやかに、おしとやかに見えるギリギリのところで喧嘩していた。姉妹であるテレージアにはわかるが、おそらくお菓子関係であろう。

 まさに些事。もしかすると大穴でクロード絡みかもしれないが。

「相変わらず此処は賑やかね、アルフレッド殿下」

「ようこそテレージア様。おかげさまで楽しませてもらっていますよ」

「御父上に会ったわよ」

 その発言に騒がしくしていた全員が押し黙った。ここ数カ月の攻防、表と裏で激しく戦い続けてきた彼らにとって最大の敵。

 ついぞ表では歯が立たなかったが。否、歯が立たないように見せていた相手と邂逅したとあっては穏やかではない。

「今頃貴方のお母様にお会いしに行っている気がするわ。貴方もてっきりそちらへ行っているものかと。行動、監視していないわけではないんでしょ?」

「俺が会いに行くわけにはいきませんよ。権力に噛みつく勢力のリーダーが、権力の頂点と私的に会うのは、それこそ談合と捉えられかねない」

「誰も見ていないとしても?」

「可能性がある限りは。それに話すことはありません。意思は伝わっているので」

「……そう」

 表では法と正義を盾にクラウディアを立てる勢力と激突。裏では自勢力を暗殺の脅威から守りながらの戦い。

 脅しに脅しを被せる手口や家族を人質に取るなど、アルフレッド側もそれなりにイリーガルな橋を渡りながら、叩いて埃を見つけて法と照らし合わせる。

 どちらも優位に進めていたが、とうとう大貴族たちがクラウディアを飛び越えてウィリアムを頼り、その結果表では全戦全敗。明らかな黒でも王の一言で白に染められた。だが、裏ではかねてから仕込んでいた戦力を逐次投入し完勝。

 すでにクラウディアはもとよりウィリアムすらほとんど裏で使える駒を失っていた。アルフレッドも大量の投資を行ったので無傷とは言えないが、それでも暗殺などの脅威が遠のいたのは守るべき者を多く抱えるアルフレッドにとってありがたい話である。

 問題は――表に君臨する王が権力と共にあること。

 その意志を明確に示したこと。

 今、多くの大貴族が巣食う世界最大の建造物である白き塔は、まだ正式な名前すら戴いていないにもかかわらず、すでにその在り様を醜悪な様に変えていた。

 権力の巣窟。強権振るいし王とそれにおもねる肥え太った豚の集合体。

「つーかそろそろ俺らも帰るぜ。いくら金で雇われた傭兵って言っても表舞台で俺が暴れるわけにもいかねえだろ。テメエもこの先にミソつける気はねえよな」

「もちろん。裏の戦力を削り切った今、契約は達成された。いずれコルセアたちはまたあっちに戻ってもらう、ランベルトも添えてね」

「わしは邪魔か?」

 コルセアはぶすっとしながら問う。初めから明確にしていた役割であるが、それでも多少思うところはあるらしい。その横で「添え物かよ!」と突っ込んでいるランベルトには誰も触れていないので割愛。

「優秀な船乗りを統御する存在が要る。君にしかこなせない重要な役割だ。本当は一緒にいたいけれど、お互いやるべきことをやろう。両国のために」

「なんじゃ都合よく言いくるめられてばかりじゃ。まあええが」

 すでにアルフレッドの興味は先に移っているのだろう。先ほどの熱の入った会話からもわかる通り、今、巷を騒がしている正義の味方と権力との闘争は彼にとってさほど重要な、注視すべき案件ではなくなっていた。土壌はすでに出来ている。

 討ち果たすべき悪は誰の眼から見ても『明確』に集った。

 あとは破局を待つばかり。仕掛けは、あちらから指すだろうし、長引くようならこちらから釣り出す一手を指すのみ。詰みまで見えた対局を真面目に指すのもつまらない。父親を前に指し切れるかどうか、そう言う意味では覚悟が問われる局面。

 だが、それもまたとうに固めている。

 すでにこの手は真っ赤に染まっているのだから。

 後戻りをする気はない。あちらと同じように。


     ○


「久しぶりだな、ルトガルド」

 唯一、男が殺した者の中で顔向けができる相手、共犯者の墓前に男は立つ。

「お前たちの成長を見守っていたばあやも、アルフレッドがいなくなって二年もしない内に息を引き取ったな。ああ、それが最後だったか。此処に来たのは。大恩あるテイラーに対して随分と薄情だな、俺は」

 誰に対しても特別扱いするわけにはいかない。テイラー、ベルンバッハ、どちらも複雑な間柄になった。特にアルフレッドを追い出してからは、立場や諸々の関係でテイラーと距離を置く必要があったのだ。

 何よりも、脚本を気取られぬために。

「あいつは強くなった。俺の想像以上に、器として完成した。アーク殿には感謝しなければな。ああ、そうだ。あれの好きな娘に会ったぞ。こっそりな。俺の幼馴染と雰囲気がそっくりだった。芯の強さも、美しさも、良い娘だった。強い意志があった。だからこそ、死なずに済む結末があったのだろうな」

 そう仕向けたのは己であるが、おそらく操作せずともいずれ息子はその道を見つけただろう。秀でた者には責任が生まれる。強者の責任が。それに殉じるか、捨てるか、生まれついた王としての才覚は必ず選択の宿命を負わせたことだろう。

「俺のは懺悔であり贖罪だ。王としては贋物もいいとこ。やるべきこと、と言うよりもやらねばならぬと言う強迫観念。器でない者が、器であることを演じれば、こう成る。随分と希薄になったよ、すべてが」

 様々なモノに蝕まれた身体。良く持った。どこで限界が来てもおかしくなかっただろう。否、もはや限界などとうに超えている。

 気力だけで立っているようなもの。

「俺もいずれそちらへ行くが……何度でも言うぞ、待っていても無意味だ。俺は、死してなお雪がねばならぬ罪にまみれている。最後に一花咲かせるつもりだしな。積み重なった業で、とっくに足元すら見えぬ高み、いや、低みか? くく、とにかく、果てしなく積んだ業の清算、その旅があるはずだ。待つなら、俺ではなくあれを、アルフレッドを待っていてやれ。頭の一つでも、撫でてやってくれ。きっと、この先は過酷な道のりだろうから」

 俺には出来ないから。

「お前もアルフレッドも、次こそ俺のようなクズと関わらず、平穏無事に、嗚呼、幸せに生きて欲しい。それがきっと、俺に残った唯一のエゴだ。許される話じゃ、ないだろうが」

 許されぬこととわかっていても――それでも、自分が最後に全てを背負って旅立つから。その先で息子は必死になって世界の奴隷として駆け抜けるはずだから。だから、せめて次くらいは、自分以外が幸せになれる道を。

 自分が奪った人たちに次があるのなら――

 その次のために自分は死のう。

「征ってくる。最後くらいは、お前の作った服で演じたかったよ。そうだな、最後の役柄に名をつけるとするなら、やはり『魔王』か。狂った悪魔。頂点から奪うか、底辺から奪うか、本質は同じ。俺もまた、堕ちるさ。今更だがな」

 狂気に充ち、理不尽に、暴虐のあまりを尽くす。

 全ての業を背負い、いざ最後の舞台へと足を伸ばす。


     ○


「待たれよ! ここから先には選ばれし――」

「お勤めご苦労。だが、余の道を妨げるのであれば、容赦せぬぞ」

 変装を脱ぎ捨て、あらわになった男の姿を見て衛兵は愕然と成る。

「……へ、陛下!? な、何故、いや、しかし」

「気分転換の散歩だ。余が余の国で歩き回ることに何の不都合がある?」

「そ、それは、ありませぬ!」

「であれば通せ。ラファエルらはこちらにいるな」

「はい、すでに会議室でお待ちになっていらっしゃるかと」

「わかった。お前たちも変わらず職務を遂行せよ」

「御意ッ!」

 そびえる塔。新造されし世界最大の建造物を眺める王の眼には、何が映っているのだろうか。少なくともその眼には、世界最大の建物への興味は感じられなかった。ただ、その在り様を見て白の王ウィリアムは歪んだ笑みを浮かべていた。

 此処が最後の舞台にして業にまみれた男の墓標と成る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る