オリュンピア:黄金騎士対黒狼

「さあ、数々の名勝負を産んできたオリュンピアも残すところ一戦。泣いても笑ってもこれが最後の戦いと成ります。勝った方が優勝、負ければ二位、とは言え彼らにとって優勝以外何の価値も無い、そんな覚悟がありありと伝わっておりました」

 エアハルトの快活な声が会場を盛り立てる。

「それでは本日の主役! アレクシス・レイ・アルビオン、フェンリス・ガンク・ストライダー、双方同時に入場して頂きましょう! ご照覧あれ、この二人のどちらかが、今日、このエル・トゥーレの地にて、歴史に名を刻むッ!」

 エアハルトが両手を広げ指し示す先から――

 爆発的な歓声と共に現れし二人の若き戦士。

 金と黒、背格好は一回り以上黒の方が大きいが、金の方もここまで底を見せ切っていない。互いに実力者であることは明白。それゆえの大歓声。

 だが――

「市井の表裏問わず、賭けのオッズを確かめて参りました。おおよそ黒八、金二、印象の差は、思った以上に開いていますね」

「うぅむ、俺個人であれば迷わず大穴、といきたいところだが」

「あんちゃん、昨日の見て、アルカディアが勝つと思うのぉ?」

「それよなァ。ちょっと、強過ぎたか。素人目にも、わかるほどに」

 エスタードのゼノ、キケは部下に市場調査させ、市井の眼が彼らをどう見ているかの統計を取っていた。特に意味はないが、拮抗しなかったと言うデータは、やはり二日連続で見せつけられた死闘で影が薄くなったこと。加えて彼の強さがわかり辛いモノであった点もあるだろう。市場は黒が勝つと予想している。

 では、此処に居る猛者たちでデータを取ったら、果たして――

(同じ、であろうなァ。むしろ見る目が厳しい分、割合がさらに偏る可能性もある。無論、俺のように彼と言う人間を評価して、隠し玉があると読んだ者を含めても――)

 アレクシス、アルフレッドが勝つと考える者は少なくなるはず。

(さあ、見せてもらおうか金髪ボーイ。君のような打算的なものが、わざわざ分の悪い舞台に上がったんだ。なら、当然何かはある。その何かが、狼を喰えるほどかは、お楽しみと言うわけだ。ここまで隠し通したのか、はたまた――)

 ちらりと見せたあれが、切り札ならば――

 多くの猛者が見守る中、外縁をもびっちり埋め尽くす人だかりが放つ熱気で、今にも破裂しそうな空間の中心で、二人の男は平然と立つ。

 まるで、その場に立つのが当たり前とでもいうかのように。

(勝てよ、フェンリス)

 ヴァルホールの仲間たちがその背を見守る。

「ここまで来たんだガッツ見せろォ!」

「アルカディア魂よアルフレッド君!」

 アルカディアの友達が、色々と台無しな掛け声をかけてくれる。

 アルフレッドの仲間たちは、静かに彼の行く末を見つめていた。勝つか負けるか、どちらに着地するかで道は大きく変容する。

 そのカギを握る彼女たちにとって、負けた国守には何の価値も無いだろう。ヴァイクにとっても、旨味は間違いなく減る。

 失うモノは大きい。

「よお、逃げ出さなかったことだけは、褒めてやんよ」

「君こそ、勇気があるね」

 これは戦い。絶対の勝利も、確実な敗北も、あり得ない。

 引き寄せるだけの準備は――している。

「運命の一戦、双方構え」

 アルフレッドは得手とする居合いの構え。

 フェンリスは早々に剣を抜き放ち、仁王立つ。

「……はじめッ!」

 エアハルトの号令と共に飛び出したのは、やはりフェンリスであった。隙だらけの仁王立ちからどうやってその低空の、地を這うような駆け出しが出来るのかは、もはや彼らの領域にいる者しか分からない。

「ハァ!?」

「むむ!?」

 彼が大きく得た二戦を知らぬミラとゼナは、驚きの眼でそれを見た。

 以前と比べて、あまりにも速過ぎる。

「わりーな、速過ぎたか?」

「そうでもないよ」

 最初の突進を大きくかわすアルフレッド。その回避の大きさに、フェンリスは己が圧で目測が誤ったのだと推測。

 刹那で切り返し、二撃目を敢行す――

「甘えたね」

 大きな回避は、溜めであった。振り返った先で、今まで見たことの無い型での居合いを――見る前におぞましい殺気とは全く別の方向へ回避する。

 恥も外聞も捨てた、脱兎の如し逃げ。

「潔し」

 美しい軌跡、その後に奏でる風切り音が、その斬撃の鋭さと威力を物語っていた。バルドヴィーノが見せた殺気でのフェイント、スコールもそれを模倣し学び、かつリオネルとの実戦が無ければ、今のをかわすことなど出来なかった。

「速過ぎだろ!?」

「君ほどじゃないさ」

 そう言いながら、もう一つの居合い、鞘での二撃目が奔る。それは何とか見てからかわすも、さらにアルフレッドはその勢いのまま跳躍し回し蹴りという三撃目を放つ。完全に崩れた状態でかわすのは不可能と判断したフェンリスは、受けるしか選択肢はなく――

「ぶっ飛べ」

 本命の蹴りを正面から受けることに成った。

 舞台の縁ギリギリ。何とか堪えたフェンリスであったが、嫌な予感で背中に滝のような汗をかく。歴戦の戦士もかくや、微笑みながら悪鬼の如し雰囲気をまとい突っ込んでくるアルフレッド。とにかく先手、先手と急戦を仕掛けてくる。

「こ、んの凡才野郎ッ!」

 体勢不十分、そして、とにかく動きを乗せてくれない立ち回り。如何にフェンリスの加速力をもってしても、これだけ徹底的に間合いを潰され、進行方向を、逃げ場を潰されたのでは速さを生かすことも出来ない。

 あの龍造寺・国綱の技を取り込んだことで、速度を、動きを潰す。

「うざってェ!」

 力任せの一撃。体勢も整っていない、手打ちのそれでも、アルフレッドの剣は弾かれる。分かっていたことであるし、段取りとしても想定の範囲内であるが、不条理な現実に笑みが崩れかける。ただ、あくまで想定の範囲内でのこと。

「悪いけど、今日は形にこだわらないよ」

 アルフレッドは事前に申請は通してある別の武器を使う。分厚いぶかぶかボロボロのマントで見え辛かった両手、そこにまとっている鉄の小手。ゼロ距離であるなら、こちらの方が回転も速度も、速い。

「シッ!」

 発勁を込める間すら惜しんで放たれた鉄の拳。ちょっとした動作がキーに成り、可変し、指先まで鉄が守る。その守りは、そのまま攻めにも転ずるは自明。

 威力はそれほどでもないが、鉄の拳、生身で受けるには少々割に合わない。だからフェンリスは、かわすことを選択した。発勁を込めずに打ち込んだ最速の拳を、頬を削りながらも紙一重でかわす。かわして見せた。

「それかっけえな、俺にもくれよ」

 手数を、回転数を、速度を上げれば――

「あとよ――」

 己が二本の剣をひょいと手放し無手と成ったフェンリス。同じではない。生身の拳と鉄の拳、可変させる以上それほど頑丈な出来ではないが、それでも平で打ち合うには、あまりにも差があった。

 それでも勝てるという傲慢、彼らしい判断と思ったのが大きな間違い。

「小技裏技が、テメエの専売特許だって思わねえことだ」

 どこに仕込んでいたのかナイフを二本打ち込みの過程で取り出し、小手の継ぎ目を狙い器用に引っ掛け、そのまま力づくで剥ぎ取る。

 その過程で、不自然に宙を舞うアルフレッド。真っ直ぐにくる、そう決めてかかったアルフレッド痛恨の計算違い。

「下品で卑怯な傭兵どもが親代わりだぜ馬鹿野郎」

 無造作に蹴り飛ばされ、今度はアルフレッドが吹き飛ぶ。

「ほらよ、おまけだ」

 母親譲りの超速のナイフ投げ。今までこの大会中、こういう手を匂わせることすらなかったフェンリスの作戦勝ちである。

「やってくれるッ!」

 飛来するナイフ。仕方ないとばかりに脚甲に仕込んでいた千本を抜き取り、こちらも最小限の動作で投擲、当てて軌道をそらした。

 双方とも、刃引き、先端の尖りを潰すなどきっちりレギュレーションを通し、審判たちにもきっちりと話を通してある。

 誤算は、二人とも同じことを考えていたこと。

 それを唯一知る主審、副審はにんまりと微笑んだ。

「……まだ仕込みはあるか?」

「小型の弓と別の個所に千本が少々、かな」

「弓まで仕込んでんのかよ、頭乱世だなテメエ」

「君こそ、王子様とは思えないナイフ投げだったよ。劇団にでも入った方が良い。売れっ子に成れる」

「そりゃあこっちのセリフだぜお坊ちゃん」

 急戦、小技裏技の応酬。観客が唖然としている間、短い時間にかわされた戦いの密度たるや、吐き気を催すほど濃厚なものであった。

 だが、あくまでここまでは序章に過ぎない。

「距離、開いちまったな」

「……仕込みは、無駄だね」

 アルフレッドは静かにマントを脱ぎ捨て、無駄なモノも外して場外へ捨てた。今大会で初めて見せた黄金騎士の全容。その体躯は、重装備を外したことでさらに小さく見える。

「身軽に成りましたってか?」

「待ってくれるなんて優しいね。しかも、飛ばされた先に剣もある」

「無理くりそっちに跳んだのはテメエだろーが。まあいいぜ、俺とテメエの間に、俺の剣もある。拾って、斬る。そんだけだ。宣言、したぜ」

「随分、優しい」

「負け犬には寛容なんだわ」

「負けた覚えはないけど?」

「今から負ける」

 ゆらり、フェンリスの眼が、鈍く煌いた。

「……コォ」

 アルフレッドもまた、蒼き呼吸を出す。極限の集中状態へ――

「んじゃ、やるか」

 狼が、牙を剥く。

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