オリュンピア:東方より未知来る

 特に波乱も無く順当に終わった第二回戦。翌日にはすぐさま三回戦が行われようとしていた。当然、初戦はアルフレッドが戦うことになるのだが、当の本人は何故か様子がおかしかった。笑顔なのだが、どこか揺らぎがあると言うか、ほんの少しだけいつもと違うのだ。

 何処がと問われればコルセアもアテナも回答できないのだが――

「じゃあ、行ってくるね」

「ご武運を」

「どうせ余裕じゃろーが」

「……そうあることを、願っているんだけどね」

 アルフレッドは深呼吸を一つ、歩き出した。

 巷の賭けでは圧倒的にアレクシス優位と出ている一戦。しかし、この戦いは多くの戦士たちにとって大きなしこりと成り、ある意味で最大の山場と成る。

 武を問う一戦と成るのであった。


     ○


 愛刀を刃引きするわけにもいかず、現地の鈍らを使わねばならぬという悲劇。このような鉄くずでは技も何もあったものではない。されど、そもそもがこの地で技をどうこうというのがちゃんちゃらおかしな話なのだ。誰も彼もが身体が大きいだ力が強いだ足が速いだどうだこうだ、誰も武の話をしていない。

 誰も技の話などしていない。

「あの老人以上に見るべきものがあろうかな?」

 ただ、今日の相手は少しだけ、ほんの少しだけ期待できるかもしれない。彼は初めから自分を警戒していた。自分が、東方の人種だと見て取り、つまるところ無間砂漠を越えてここまで来た、彼にとってはそれで十分警戒に値するのだろう。

 此処までで自分を警戒しているのは彼のみだろう。あと、盲目の槍使いもどういう『視点』なのか、多少警戒されている気もするが。

 技を見て警戒を強めたのは彼だけ。

「遥々西方の地に足を運んだ意味と成るや否や」

 呼吸は正常、気分も悪くない。ならば、きっと今日は技が冴えている。

 また一歩、自分が全に近づけるか、彼岸の先で得ることが出来るか、自分にとって戦いとは手段でしかない。闘争、相手を交えたモノは未熟な自分にとっては必要かもしれないが、極まった先に他者は必要無し。ゆえに勝ち負けへの執着はない。

 必要なのは高みへの道。究極の技、その追及のみ。

 男の名は龍造寺・国綱。諸国を渡り歩き、技を磨く武芸者の端くれ。

 大国シンから海を隔てた島国の生まれ、彼らからは蟲毒などと揶揄される地であり、その地に生きる彼らはある種独特な進化を遂げていた。

 武芸者もまた、しかり。

 国綱もまた独自の価値観を持って行動している。


     ○


「組み合わせの妙、凡人の限界もこの辺が限界だよな」

「ハァ? いるじゃん、あそこに弱そうなの」

「だからランベルトはこの辺って言ったんでしょ。ここで勝てば八強。組み合わせがばらけたおかげで差のある戦いが多かったけど、この後からはそうじゃないって話」

「ふーん、意外と見てるじゃんニコラも。さては興味津々だなぁこの鉄仮面」

「賭けには興味あるから」

「あ、お金のこと」

「お金のこと」

 ニコラはくいとメガネを上げて哂う。

「お金は良いわよ。絶対に裏切らないから」

「くっら! 新月の夜空くらい暗いわ。それでも年ごろの娘なのあんた?」

「剣ばっか振ってる女に言われたくないわね。これでもモテるのよ私も。お金持ちだから」

「最後の無ければ格好着くのに……で、ニコラは誰に賭けてるの?」

「アルフレッドに全財産の半分。色んな賭場で分散して賭けてきた」

「……あんた、やり過ぎじゃない? ってか、それ聞くと私勝ち辛いんだけど」

「私は、あの子を知っているから。たぶん、貴女よりも」

「……ほぉん、よくもまあ」

「イーリス、よりも」

「……言うじゃん」

「私は喧嘩の強さなんてわからない。でも、勝つべくして生まれた人間なら、知っている。アルフレッドはね、そう言う星の下に生まれて、そういう育てられ方をしたの。知らないでしょ、あの子が、テイラー商会で、たった半年で、どれだけのことをやったか」

「商売の話でしょ?」

「勝ち負けの話よ。扱うのが剣か金の違い。そうね、たぶん、今が乱世なら、この中の誰よりもあの子は先んじる。扱う物量が多ければ多いほど、その差は出る。だから、きっとアルフレッドにとってこういう場は逆境なんだと思うわ。一人っきりというのは。でも、姿を現した以上、勝つと決めた以上、勝てる算段を用意してくるのがあの子なの」

「なら、なおさら勝たなきゃ。私、勝つから。先に謝っとくね」

「ふふ、貴女が勝ったら、残りの財産で好きなモノ買ってあげるわよ」

「言ったな金持ち。私みたいな貧乏人はそういうの忘れないからな」

「好いわよ。だって、たぶん、私も貴女と同じ気持ちだから。ただ、私には止める牙も剣もないってだけ。無力ね、お金しかない女は」

「……バーカ、本当に無力なのは、腕っぷししかない私だっての」

 ニコラもミラも、少しだけ哀しげに哂う。

 二人だけの世界、そこに水を差したのは――

「おい、何か、妙なことになってんぞ!」

 ランベルトの声。

「二人とも、同じ構え? ちょっと違う気もするけど」

「……何で、そんなピリついてんのよ。そんな雑魚相手に」

 ミラはアルフレッドの貌を見て驚く。互いに同じ構えなのはどうでも良いこと。問題は、アルフレッドが異様に相手を警戒していること、そこに尽きる。

「本当にあいつ、弱いのか?」

 ランベルトの疑念が確信に変わるまで、さほど時間はかからなかった。


     ○


 相居合いの構図は祖国でもそうはなかったと国綱は笑う。

 アルフレッドにとっても実戦でこの形はまずありえなかった。

 ルシタニアでのみ積み上げられたこの技術は、いわゆる実戦向きとされる技の対極にあり、儀式としての剣術から国技として派生したルシタニア以外、実戦で用いる流派はほとんどない。

 それもそのはずで、そもそも両刃の剣と言うのがこの技をする上でこの上なく理に適っていない。未熟なモノがすれば傷を負う。片刃であっても制限をかける以上、相手にこう攻めますと教えているようなもの。普通なら、帯剣した状態で奇襲された時用の技。決して常用するものではない。ルシタニアの執念が育んだこの技とて、その性質は常にはらんでいる。実際、最終決戦では慣れられたことでオスヴァルトの剣に大敗を喫していた。

(それでも、こうするのは、余程自信があるのだろうな。速さか、力か、両方か)

(付き合ってくれているのは、彼も自信があると言うことか)

 アルフレッドはこの技に関してかなりの自信を持っていた。戸籍上は祖父に当たる男から基礎から叩き込まれた技。盗んだ技以外で、初めて技を体系的に学ぶという体験を経て今がある。

 ローレンシアの範疇では、絶対的な自信はあるのだ。だが――

(見せてもらうよ、君の技を!)

 未知の――

(……ふ、やはり彼とは――)

 東方の剣術に対してその自信が持てるほどアルフレッドは楽天家ではなかった。

 煌くような刃。おそらく、会場のほとんどが目視出来なかったであろうその速さに、東方からやってきた武芸者は容易く合わせてみせた。居合いの打ち合い、おそらく技の速さと威力はアルフレッドに、レイに軍配が上がったが、攻めの呼吸を読まれて先んじられたことで無駄のない居合いに追いつかれてしまった形。

 先手を取ったつもりが、後手を踏まされた。

(噛み合うようだ)

 会場は、ぽかんとしていた。両者が動いたと思ったら、刃が衝突しており睨み合いになっていると言う不思議な光景。過程は、一切見えていない。

「おい、あれ、どうなってんだ!?」

 フェンリスでさえ、

「……あの野郎、俺とやった時よりも遥かに、速くなってやがる!」

 リオネルでさえ、

「……お前の居合いより、速くねえか?」

「ああ、そのようだな。だから、レイなのだ」

 王たちでさえ、追いつけぬ技に、噛み合って見せたこの男の強さは――

「居合いで勝負はつくまい」

「どうかな? これ一本だけでも、それなりにレパートリーはあるつもりだけど」

「……楽しみだががっかりさせんでくれよ。前の試合で見た、あの児戯のようなものばかり見せられても困る。未熟で粗野、思い付きのような技とも呼べぬあれを」

「……その児戯が、君を追い詰めるよ」

「それはない」

 二人が阿吽の呼吸で距離を取る。

 上段に構えるアルフレッドと中段、正眼に構える国綱。

「君たちローレンシアの民にお見せしよう。技とは何か、を。だが、果たしてそれを解する者がどれだけいようか。やれ力だ速さだ大きさだを礼賛する輩には」

「それらが強さの源泉と言うことは、否定できない事実だと思うけどね」

「……ふ、貴殿もその程度か。それでは、獣と変わらぬと、何故わからん!」

 やわらかく、力感の無い構え。実際、握りに力など何も込めていないのだろう。

「技に、力など要らんのだ」

 揺らめく闘志。これほど穏やかな雰囲気は、ローレンシアの戦士と言うくくりで存在しなかった。対峙して分かる。動きの一つ一つでわかる。一切の無駄を排した動きは、どうしてこうも美しく見えるのか。

 そう、この男の剣は、穏やかで、美しかった。

 自分の動きが無駄だらけに思えてしまうほど、隔絶した差を感じてしまう。

「技を御覧ぜよ」

 この男の穏やかさを、アルフレッドはずっと怖いと思っていた。

 未知こそ恐怖の源泉。そういう意味では、龍造寺・国綱こそ準備しようのない相手であり、計算外の相手と成るのであった。

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