オリュンピア:武そのものの差

 傍目にはとても地味な攻防が続いていた。

 速くもなく、力強さも感じない受け攻め。

「あにやってんのよ! そこはバーっと行きなさいよ!」

 客席からヤジが飛ぶ。

 一番口汚いのが身内であるミラと言うのが悲しいことだが。

 ただし一部の、ごくごく一部の者たちは、この攻防の真意に気づきつつあった。

「……ロラン?」

 ガリアス随一の技量を誇る剣士は、自らの技と類似する点をいくつか見抜く。それだけであればいつものように飄々としていられたが、問題はその点が全て、自らと同じレベル、否、手首が人より柔らかい、当て勘に優れているなどの特性を差っ引いて考えた際、技量として完全に上を行かれている。自らが手首の、それこそ小手先でいなしていることに比べ、あの剣士は全身で力を逃がしている。

 ロランは戦慄していた。ウィリアムの剣を見て絶望した時と同じモノ。ゆっくりと視線を、ある人物に向ける。彼が一体どんな貌をしているのか、興味があった。自分は、平静でいられなかった。殺し合いの最中でも、天井を更新された衝撃は顔に出ていたはず。

 同じ状況が『彼』にも訪れているのだ。見るなと言う方が無理である。


「……お前の剣と同じか?」

「似ているが違う。俺とあれの剣は、先読みあってのもの。同じく力を征する剣だが、明らかに俺たちのポイントよりも遅い場所でも余裕を持って対応している。技の精度が、根幹のレベルが違う。今この場で、修正など効かないほどにな」

 ヴォルフはとても珍しいモノを見ていた。あの男が、頂点に立ち揺らぐ姿など見せたことのない男が、揺れているのだ。もちろん、自らの技が破られた程度で揺れる男ではない。そもそも彼にとって武はただの通過点。今更何を想うでもない。

「細けえことはわからんが、スピードに乗れてねえな。もっとガンガン上げりゃあ相手の余裕も消えてくるだろうに」

「それが出来れば、あれがやらんはずないだろう」

 白の王の険しい顔つきに黒き王は「ハァ」とため息をつく。何だかんだと人の親であることは変わらないようだ。

「立ち位置で加速を潰しているのです。進行方向に先回りをして、互いの速度域を押さえています。あまりに自然なので、この場で察知出来ている者はほとんどいないでしょうが。恐ろしい技量です。戦場で殺す方法はいくらでもありますが――」

「サシでやったら、わからねえってか? おいおい、頼むぜ天獅子さんよお。一応お前うちのナンバーツーなんだから」

「百年、いや、下手をすると五百年、開きがあります。根本の技術に」

 ユリシーズほどの男が、否、ユリシーズら技に傾倒する武人だからこそ、この異常な差に気づいてしまった。歩き方ひとつ、滑らかにほとんど足を上げることなく滑るような歩行技術。

 常態を崩すことなく、あらゆる角度から剣を出せる体捌き、手捌き。

 攻防が遅いからこそ際立つ差。

「おそらく、アルフレッド・レイ・アルカディアは現状、ローレンシアで五指には入る業師です。覚えの早さを生かして、とにかく集めに集めた技の数々。それを使いこなし、自らの剣に昇華している。ですが、それはローレンシア限定の話。その外は、集めようがない。俺は、彼に勝てるかどうかも『分からない』のです陛下」

 力量を、強さを測る秤がない。違い過ぎるから、判断のしようがない。

「その時点でおそらく、俺は技術的に負けているのでしょうが」

 この会場で、いったいどれだけの人間がこの状況を解するのだろうか。観客のブーイングが、戦士たちの戸惑いが、差を物語ってしまう。

「いきなり現れた異質、どう勝利する?」

 白の王が目を細めた先で、苦戦しながらも食い下がっている息子がいた。


     ○


 技には自信があったが、その自信がローレンシア限定であることを知らされたアルフレッドは背中に嫌な汗をかいていた。どんな戦いであっても、自分の方が強い駒を持っていて負けた経験など皆無。

 指し筋は見えているのに、そこに指すことが出来ない。

 読み負けている気もしない。むしろ、読みの精度なら己の方が上。力も速さも、己の方が上。それなのに、上手くいかない。上手く戦えていない。

(無駄を、削ぎ落とした剣。力みがない。インパクトの瞬間だけ力を入れて威力を出している。見た目以上の破壊力と、無駄のない動きから生まれる余裕、それを用いて全身で受け止めている。さらに、より問題なのは――)

 ウィリアムの産んだ剣、ローレンシアにとっては異質なものであったが、受けとしてはかなりの精度を持つも彼らからすると不完全だと剣が語る。受けで完結してしまっている剣と、攻撃の要素も兼ね備えた剣では、後者が勝るのは自明。

 受けた力を殺す剣と受けた力を利用する剣。

(クソ、本当に、無駄がないな)

 笑えるほど違うのだ。根本的な、技と言うモノの認識が違う。自分で何とか食らいつくレベルなら、技でローレンシアの人間が勝つのは不可能に近い。

(……力ずくで突破するにも、生半可では利用されるだけ。まだ、余裕があるよね。こちらの上げ代分、対応可能であればそれこそ無駄)

 今まで相手を操ってきた自分が、今は操られている。必死に抗ってはいるも、未だ流れは変わらない。苦しい時間が続いている。

「実に惜しい。もし貴殿が、我が故郷に生まれていれば、立場は逆だったかもしれない。ローレンシアと言う土地の水準から見れば、明らかに突出した技量と才能。惜しむらくは、肉体への信仰を捨て切れず、技の積み重ねがないこの地に生まれてしまったことだ」

 国綱の剣はよどみなく流れるような捌き。対するアルフレッドの剣はよどみ激しき捌き。本来の味が出ていない。本来の剣を振るわせてもらえない。

「……俺は、今の世界は嫌いだけど、積み重ねてきた歴史には、敬意を持っている。ローレンシアに積み重ねがないとは、言わせない!」

 アルフレッドは剣を鞘に納めた。そしてその構えは――

「さあ、勝負と行こうか」

「居合い、か。優劣はつかんと言ったぞ」

「まだ見せていないとも、言ったさ」

「……付き合う気はないがね」

 今度は、アルフレッドのみが居合いの構えを取る。ゆったり構える国綱は、先ほどの正眼の構えとは異なり、切っ先を敵に向けた意図不明の型を取る。

「これは持論だが、構えと言うのは武にとって重要ではない。武の神髄は機を掴むこと。究極の機、刹那の極点、最も強く、最も速く、武が輝く瞬間がある。それを掴めば、赤子の力で鉄を断ち切ることも可能だ。俺は、その瞬間を掴むために旅をしている」

 やわらかく、まるで羽毛のような佇まい。

「未だ未熟。だが、途上であっても――」

 アルフレッドは発言を遮るように動き出した。動きながら抜き放つ動の居合い。相手の読み、その先へ。抜き放つ直前、アルフレッドは身体を大きく捻った。そのままぐにゃりと身体を曲げ、体勢で居合いの軌道を捻じ曲げたのだ。

「――掴もうともしていない、獣のような貴殿らよりも、俺は上にいる」

 全力全開の居合い。身体を曲げ、左から右の軌道を、下から上へ捻じ曲げた。打ち上げの居合い。人は、足元付近に対する攻撃が苦手な傾向がある。見辛さ、それをも狙った一撃は、その切っ先にほんの一瞬、国綱は乗った。

「……さすがに、想定していなかったよ、この絵図は」

「残念ながら、今のは、児戯だ」

 重さを感じない姿で、ふわりと乗り、ふわりと降り立つ。見下ろされた目に確かな差を感じた。温存する相手ではない。だが、あとこれを差し引いても三度勝たねば優勝はない。温存して負けるのはあり得ないが、出し切って後顧に憂いを残すのも避けたい。

「刃引きしていない剣なら、切れていたと思うかな?」

「いいえ、同じ結果でしょう」

 刃引きされていようがされていまいが、押すだけで剣は切れない。引く動きが無ければ切れようがないのだ。

「……楽しい時間だが、優劣が決まった以上、これ以上の戦いに意味はない」

 国綱は笑う。

「全の彼岸、一つの境地で締めくくろう」

 その笑みから、その脱力から、何かが、こぼれた気がした。

「……まさか」

 蒼い何かが――

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