オリュンピア:テコ入れ
「――以上が報告に成ります我が王」
「……宴席でする話ではなかろうよエアハルト」
「以後気を付けまする」
無駄に陽気なエアハルトの様子にウィリアムはため息をついて見せた。各国の眼にこのやり取りがどう映るか、ウィリアムが色々と考えを張り巡らせるのを目的とした、いわば嫌がらせである。考えを張り巡らせたところで最終的には意味がない。その辺りの上手いところで線引きして彼は遊んでいるのだ。
彼の発言でアルカディア、王家への心象はともかく、現実的な序列が変わることはない。それは国内外問わず、内も外も同じ。
「……賭け率上位か。鼻が高いなヴォルフ」
「まーな、そっちのガキは落としたみたいだな。まー、ほとんど地下でやり合ってたんだ。人目に触れなきゃ上がりようもねえか。ざまあみろ」
「まだそれがアルフレッドと決まったわけでもあるまいに。それに、今回俺は主催の立場、特定の個人に肩入れする気はない。まあ、立場が違ってもそこに変わりはないが」
「おーおー冷たいねえ。つーかここのメシうめえな。おかわりくれ」
各国首脳人が集う席で、誰よりも量を喰い、誰よりも自由な男はさらなるおかわりを所望する。夫人であり、実質的にヴァルホールを統治する第一王妃は幾度となく溜息を吐きながらも、言っても無駄なので特に注意することも無かった。
「陛下、一つ提案がございます」
「お前まで……まあ良い、続けよ」
エアハルトに影のように付き従う男、アンゼルムがすっと前に出る。
「初日、さすがは各国の精鋭。激しい戦いの連続に、衆目はさぞ遊興に耽ったことでしょう。しかし、少々想定よりも消耗が大きく、また、三日間代わり映えしない景色では飽きがくることも予想されます。何らかのテコ入れが必要と思い具申に参った次第」
「で、具体的には何とする?」
「せっかくの祭りなればこそ、少しばかり皆様方のお力をお借りしたいと思っております」
「つまり――」
アンゼルムの言葉を引き取って、エアハルトが要点を述べた。
ウィリアムは「ほう」と軽く驚きの様子を見せ、周囲は「お、おお!?」と騒然と歓声が入り混じる。
「なるほど、実に面白い」
ウィリアムの肯定に、少し離れたところにいたクラウディアは鼻で笑った。双方とも仲良さげに、談笑している風に見せていた相手、エレオノーラが問いかけるような眼であったので、腹立ちを紛らわせるためにも少し、いたぶる。
「わからぬか。あれは、最初から知っておった。ウソをついておる顔よ。つまり出来レース。妾の男故、その程度手に取るように分かる。嘘も真も、のお」
耳元で、姉妹が仲良く秘密の話でもしているような風景。しかし内実は――
「……ありがとうございます御姉様。実にくだらぬ話です」
「そうか、気になると思い、良いことを教えたつもりであったが、要らぬ世話であった。すまぬなエレオノーラ。妾はお前のそういうところを気に入っておるよ」
一瞬、エレオノーラの眼に殺意が宿る。それを軽やかに受け流して、クラウディアは妖艶な笑みを浮かべながらその場を後にする。
「私の方が――」
もはや無意味とわかっていても、蓋をしただけの想いを穿られたならこうなってしまう。いつまで経っても、心はあの頃のまま。
「クラウディア、他国の王妃を刺激するな」
「妾の夫は色男故、こうしてけん制の一つでもかけておかねばのお」
「ふざけたことを。とにかく、お前は大人しくしていろ。王宮での火遊びは黙認しているだけ。ここで同じことをするつもりであれば、容赦する気はないぞ」
絶対零度の瞳。そこには一抹の温情も無い。それでも、その眼は確かに――
「久方ぶりに目が合ったのォ」
「……またお前は――」
「何もせぬよ。妾も、ぬしすらも脇役なのであろう? だが、いずれは妾が奪う」
全てを知っているぞと、クラウディアの眼が言っていた。それは、ウィリアムもある程度把握している。彼女は、エレオノーラやリディアーヌと同じよう世界中に網を張っている。
彼がいなくなってずっと、かなりの精度で情報を集めていたはず。
だからこそウィリアムはずっと解せないでいた。この演目の果て、彼女にとって少しは都合のいい展開が待っているのだ。目の上のたんこぶは消え、しっかりと準備さえ整えておけばそれなりの確率で望みが叶うと言うのに――
「ほんにぬしはわからぬか。だから貴様は残酷な優しさを振り撒けるのだな」
クラウディアの笑み、その意味をウィリアムが知るのはまだ先の事。
今は――とにもかくにもこの儀式を完遂させることが肝要なのだ。
それ以外は、些事でしかない。
○
朝日が昇る。オリュンピア予選二日目。
勢いよく街に飛び出した選手たちが目にしたのは、街中に貼られた何か国もの言語に彩られた掲示物の数々。そこには追加ルールとして――
「救済措置として、勝ち抜きの証である布を幾重にもまとった歴戦の戦士たちを街に放った。見事撃破し、多くの証を勝ち取るべし。手段は問わない。健闘を祈る」
当初は大いに盛り上がった参加者たち。
しかし、その内情が見えてくるにつれ参加者たちの顔色は歓喜から絶望へと移り変わっていく。相対的に観戦する側は盛り上がりの絶頂と化した。
「おー、マイサンみっけ」
「て、テメエ、なに阿呆みたいな恰好で」
「スコールも元気そうで何より。ハティは観戦中か。あいつも参加すりゃいいのに。まあ、いいや。とりあえず、ぶっ殺す。磨り潰すんでよろしくゥ!」
「へ、陛下。それは国益を損なう行為では」
外野であるハティの言葉は届かない。
「お前は俺を負け犬と言ったなフェンリス。その通り、俺は負け犬よ。時代に選ばれなかった敗残者。そんな俺に、協力者使って負ける奴、要るか? そんな雑魚」
「ッ!?」
膨れ上がる狼の王。その闘志が言っていた。本気で、潰す、と。
「腹、くくりましょうや殿下。陛下は、本気だぜ」
「くそったれ!」
黒狼王ヴォルフ、蹂躙する。
○
「ふぅはっはっはっはァ! ナウでヤングなボーイたちィ! さあ、大将首の到来だぞォ。此処で示さにゃ男が廃るとォ! さァ、カモン青春!」
盾で多方面からの攻撃を圧し潰し、剣を使うまでもなく勝利を重ねるエスタード王国大参謀ゼノ・シド・カンペアドール。圧倒的な制圧力であった。
「……強い者と戦いに来た」
「良い度胸だ真黒ボーイ。オストベルグの流儀、俺に見せてみろォ」
対するはパロミデス。そして幾人かの選手たち。
ゼノは暑苦しく笑って制圧を開始する。
○
「何で師匠が此処に居るのよ!?」
「たまたま、だ」
「この人強いの、ミラちゃん」
「ちゃん付で呼ぶな気色悪い! あんた、手伝いなさいよ!」
「いいよ、終わったらゼナと遊んでね」
「遊ぶ体力が、残っていたらね」
ミラは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
それと同時に、恐ろしいほど静謐な戦意が彼女たちを断つ。
「あっ……今、ゼナ、死んでた?」
「おもっくそ集中しなさい。マジで、死ぬわよ。ギルベルト師匠、手加減くっそ下手だから!」
「征く」
剣聖ギルベルト・フォン・オスヴァルト。征く。
○
「何故、俺がこんなことを」
選手たちが山と連なる頂上に獅子がいた。
「まあいい、乗り掛かった舟だ。それで、次はお前たちか?」
挑戦者は紅い少女の騎士。大きな槍を背負う戦士。
「我らが王は挑戦せよと言った。試させてもらうぞ天獅子!」
「私もレオンヴァーンの剣には些か心得があります」
「王に言われたから、俺と対峙する、か。舐められたものだな、この俺も」
彼らの立ち位置に怒れる獅子が咆哮する。
○
「久しぶりだな。探したぜ、アルフレッド」
「……クロード兄さん」
久方ぶりの再会。
「積もる話もあるが。あー、わりーな、口下手なんだわ。まあ、槍で語れば良いか。そっちは剣だけどよ」
「俺も、貴方の本気は見たことなかったから……今見れるのは、幸運だ」
「お兄さんへの敬意が足りねえな。ま、端から遊ぶ気はねえ。全力の中にこそ対話が生まれるってもんだ。俺は強いぜ? 俺と話している間くらいは、持ちこたえてみせろよアル坊ッ!」
「じっくり、語り明かしましょうか」
ネーデルクス三貴士が一人、クロード・フォン・リウィウスが舞う。
○
相変わらずイベントごとには精を出すガリアス王の左腕、ロラン・ド・ルクレールは大勢の戦士たちと戯れながらきっちり役目を果たしていた。要するに賑やかしである。そういう演出が上手いのだ。
一蹴できるところをわざと泳がせて盛り上げる。
「テメエの剣と趣味の悪さだけは好きに成れそうにねえな」
「剣もかよ!? ってか、お前はこんなとこに居ちゃダメでしょーが」
リオネルを前にして「ちょっとごめんよ」と周りを軽く捻って打ち倒す。
「テメエには負けっぱなしだ。此処で借りを返すのも悪くねえ」
「悪いさ。めっちゃ悪い。つーかもったいねえ! この街は今最高にやばい。最終戦争にも引けを取らないくらい人物が揃っている。良いか、こりゃチャンスだ。俺と戦う機会なんていくらでもあるが、ガリアスにはいない、マジの頂点ってのは今ここでしか味わえねえ。お前だってわかっているはずだ。俺に気を遣うなって、感性に従えよリオネル」
「気を遣ったつもりなんて微塵もねえよ!」
「ならさっさと行け。お前がいると暇つぶしにならないの」
「……テメエはいつか殺す」
「おう、出来るだけ早くしてくれよ」
「ちっ、やっぱうぜえな、あんた」
そう言ってリオネルは姿を消した。駆けていく後姿を見て、ロランは微笑する。もう少しで、ガリアスは本物を手に入れる。ここは、この舞台はそのための選別装置。彼らに経験を積ませるための舞台でしかないのだろう。
きっと、あの男ならそう考えているはず。
ならば乗っからせてもらう。それが今回のガリアスの立場。
「精一杯可愛がってもらえ。なに、お前なら、届くさ」
自らは――届かなかった。才に溺れ、努力を怠り、いざ努力をしても埋まるどころか突き上げられてばかり。このまま自らが頂点に座すのは、幾度も入れ替えを繰り返し、その度に国としての力を落としていった元超大国ネーデルクスと同じ道を辿るだろう。
「マンネリズムは最大の敵。陛下なら、そう言うさ」
ガリアスは革新の国であるべき。されば取る道は一つ。
今回あえて出さなかったもう一つの才能に比べてもリオネルは抜けている。知恵、創意工夫では追いつけない天性。これにガリアスは賭けた。
たった一振りの剣にすべてを注ぐ。これは、ガリアス軍上層部の総意である。
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