オリュンピア:緒戦決着

 螺旋の方向性にある程度順応したアルフレッド。より大きな力のキャッチボール。均衡が其処に在る限り、それは続く。歪であっても、こぼさぬ限り流れは其処に在り、こぼした方はその破壊を一身に受けることになる。あえてこぼす時は大地や壁に擦り付け、自らの五体を守り、攻防を続ける。

 高まり続ける技。交錯するたびに複雑怪奇に流れが行き交う。螺旋をも取り込んだあらゆる方向の力、その流れ。制した方が勝利を得る。

 それらをこぼす度に、大きな破壊痕が日の当たらぬこの場所に刻まれていた。

(集中しろ! 空かしたら、死ぬ)

「いい感じだ。稽古では、ここまでやらないから」

 全神経を研ぎ澄ませて何とか捌くラウル。螺旋の拳技はユニークかつ破壊力抜群であったが、歪な流れすら『理解』し、理屈で捌き始めたアルフレッドを見てラウルは苦い笑みを浮かべた。拳士としての戦い。同じ領域で戦ってくれていたが、やはり彼は自分とは少し違う。その違いは、今この瞬間の勝敗を分けることになるやもしれないが――

「……ありがとさん。さっきの話、聞けたおかげでちょいと楽になった」

「気にしないで。君は、君の高みを目指すんだ。応援するよ、俺の道の邪魔にならない限りは、ね」

「どうも。まァ、まだ負ける気は、ない!」

「それでこそだ」

 力のキャッチボール、それは少しずつ肥大化し、爆ぜるその時を待っていた。

 こぼす度に震える大地。ただの人間にとってすでに二人の技、その咬み合わせは分を完全に超えていた。それでも今だけは、彼の満足のために、それによってローレンシアから使い手を減らすために、戦おう。

 数少ない未知の技術。数少ない、アルフレッドのアドバンテージ。

 まだ、知られるわけにはいかない。

 あと少し、自分が戦う必要を失った時に初めて――


     ○


 アテナ・オブ・ガルニアス。ガルニアにて騎士王と謳われたアーク・オブ・ガルニアスの孫であり、ガルニアにて剣を磨いてきた。ガルニアの同世代では抜きん出た実力を持っていたが、フェンリスが現れて以降、自らの才に限界を感じており、主君との出会いの後もレオンヴァーンに師事するなど足掻いたが、あの時感じた限界を越えられたとは思っていなかった。

 本来、彼女はこのような場に出てくることはない。勝てないとわかり切っているのだ。勝てない相手と勝ってはならない相手。

 どちらにせよ、彼女に上がり目はない。

「ハァ!」

 相手は、パロミデス・フォン・ギュンター。黒き鋼の因子を継ぐ者。

 その剣の重さは、彼の体格に見合わぬ者で、女性の中では力が強い程度のアテナでは受け切れない。

「ぐっ」

 アポロニアに言われた生まれの壁。彼女が出会ったよりも遥かに早く、アテナは出会った。勝てない、これから勝つことも無い。悔しいが、差を感じてしまった。

「それでもッ!」

 諦めきれないから此処に居る。

 自分のための戦いはこれが最後。そう決めて臨んだ。

「良い剣だ。才もある。だが、力がないッ!」

 それくらいはわかっている。フェンリスに会った時から根源的な差を嫌と言うほど味わった。あのアポロニアですら阻まれた壁。自らに超えられる気がしない。

 そういう根拠のない自信は、もうとっくに失っていた。

「そこッ!」

 重い剣にて叩き落とされる刃。手に残る鈍い痛みが痛感させられる。

「布は一枚で良い。すべてを剥ぎ取る気はない」

「……情けのつもりですか」

「俺はすでに五枚以上得ている。この戦いは研鑽のため。情けではない」

 敗北。また味わった。己が主を追って大陸に足を踏み入れてから、幾度も味わった泥の味。いつ味わっても、苦い。そして、どれだけ味わっても諦めきれない。

「本戦で会おう。どのような形式かわからないが、君なら上がってこれるだろう」

 颯爽と去って行くパロミデス。残されたアテナはしびれる手で剣を拾った。負けても、この戦いは続くのだ。諦められないなら、戦うしかない。

「諦めないのだな」

 いつから見ていたのか分からないが、槍を持った男が物陰からアテナに語り掛けてきた。

「諦める必要はないと、我が王に言われましたから」

「その通りだ。凡人であっても、足掻く者であれば、共に歩むことは出来る」

「王は?」

「……なるほど。この下に道はない、か。響かぬならば聞こえるはずも無し。決着はついた。どちらが勝ったかまではわからないが」

「……彼が負けるはずありません」

「ああ、もちろんそう思っている。ただ、相手も強かった。私では、歯が立たぬほどの使い手。当然、君でも勝てない。ドーン・エンド討伐に集った英傑と並べてもいささかの遜色も無いだろう。いや、もしかするとその中の一人か?」

 考え込む男を尻目に、アテナは剣を納め男から視線を外す。

「私は往きます」

「では、私も往こう。王の道は輝けるモノであるべき、せめて美しく整えるのが臣下の務め」

「……王にとって不利になりかねないと思いますが」

「それで崩れるなら、王ではなかった。それだけのことです。ありえませんが」

 すっとその場を去る男。本来、日陰にいるはずの男ではなかったが、自らがその道を選び、武だけではなく様々な分野で活動の手を広げていた。彼は彼で自らの存在意義を構築せんと努力しているのだ。

 それに対して自分は――

「強くなりましょう。せめて、心は」

 自らが選んだ道を邁進するためにも――剣だけに寄らない強さが要る。


     ○


 一日目の戦いが終息した。テイラー商会が胴元である勝ち抜け予想の賭け率で、軒並み上位陣に揺らぎはなかった。上位陣同士、引き寄せられるようにぶつかったが、あくまで様子見、まだまだ本気ではない印象。

「あの二人は図抜けているな」

「フェンリスとリオネル、やっぱり別格だよ彼らは」

「ゼナ・シド・カンペアドールと戦っていた女の子は何者だ?」

「完全に渡り合っていた。これは来るかもしれないな」

 一日目の感想を語り合うために、どこの飲食店も盛況である。そこら辺の広場で飲み食いしながら語り明かしている者たちも多い。それほど刺激的だったのだ。この都市を巻き込んだ大掛かりなイベントは。

「ネーデルクスの若手がかなり落ちたらしいぞ」

「ヴァルホールの、名前、なんだっけ。糸目のガタイは良い冴えない男、ごっそり布を持ってたき火に突っ込んでいたぞ」

「えげつねえ……ほんと、すげえ勢いだよ。ただ、上位陣は固いだろうな」

「ルールが直前まで伏せられていたからか組織的な動きが少ない。まとまっているように見えても烏合の衆だ。あれじゃあ上位陣は崩せない」

 掛け率の上位陣、フェンリスやリオネルは前評判通り、それ以上の印象。他に抜けていたのはゼナやミラ、パロミデス辺りも高評価である。

「明日が楽しみだ」

 それはまさに多くの総意であった。


     ○


「……よう」

「……ご無沙汰してます」

 地下道で倒れ伏すラウル。全身全霊で挑み、負けた。螺旋の流れもそれなりに効力を発揮したが、完全に崩し切るにはアルフレッドの学習能力が高過ぎた。彼は卑下するが、戦闘中でさえアジャストしてくる覚えの早さは、敵にとってとてもつなく恐ろしい才。

「随分派手にやったもんだ」

 黒星が辺りを見回すと、硬い岩盤に幾重にも刻まれた破壊痕。人間がやったと言っても誰が信じよう、この異様な景色を。互いが発勁使いで、極限までリスクを冒して高め合ったからこその景色。おぞましくも美しい破壊の痕。

「いい勝負だったか?」

「ええ、おかげさまで。あの言葉が無ければ、俺は今日と言う日を迎えることも無かった。感謝してますよ。まあ、負けるのは嫌ですがねえ」

「はは、誰だってそうだろ」

「……でも、俺の勝負、受けてよかったんですか?」

「何の話だ?」

「俺とやる前からガタガタでしたけど、今はもっとひどいですよ」

「そのことか。そりゃまあ、こんだけやり合えばそうなるか。ま、大丈夫だ。気にしなくていい。あいつは、勝つ算段を整えてこの日を迎えた。なら、勝つさ」

「……まあ、そうかもしれませんねえ」

 ラウルは痛みに耐えながら立ち上がる。

「見ていかんのか?」

「未練が、出来るので」

「たぶん、面白い勝負に成ると思うぞ。今日一日見て回っただけでも、面白い人材は沢山いた。楽しいと思うが――」

「俺は、拳士にしか興味はないんですよ、先輩」

 そう言って痛む体を引きずり、ラウルは去って行く。その横顔はどこか満足気で、やはり悔しそうであった。

 そんな男の背を見送り、改めて黒星は辺りを見回す。

「……っても、人間技じゃねえよ。熊でももうちょっと可愛げがあるってもんだ」

 二つの才が生み出した景色に、黒星は呆れながらも心の中で称賛した。

 兄弟子たちに、本物に成ることを諦めた者たちに、見せてやりたい。武は、此処まで行けるのだと。異国で生まれた本物を、見せてやりたい。

 そうしたらきっと、彼らも悔しさで火が付くだろう。その火種が残っていることを信じたい。新たな風が、彼らを目覚めさせてくれることを、信じたい。

「素晴らしい拳士だ。二人ともな」

 黒星もまたこの場を去る。おそらく、顧みられることのない戦いの痕であろうが、それでもこうして見る者を圧倒する景色は残った。

 今は、それで十分。


     ○


「ぐ、ぎぃ」

 人通りの少ない道を選んで歩くアルフレッド。心身ともに大きく疲弊した。あの場では強がってみせたが、複雑に入り組んだ力の流れをセンスで制御したラウルに比べ、ひたすら思考をぶん回して制御したアルフレッドでは、精神的な疲労に差があるだろう。

 加えて、アジャストするまでに蓄積されたダメージも大きい。

「は、ハハ、笑えよ俺。まだ、始まったばかりだぞ」

 それでも、一番最初に落としたい相手を落とせたのは大きい。これで、使い手が己一人だけに成った。調査される可能性はぐっと減ったし、原理原則にまで大会中辿り着ける者は皆無だろう。可能性を一つ潰した。

 しばらくは技を控え、見る機会を減らす。

 自分だけのカードは一枚でも多い方が良い。

 それだけが自分の強さなのだとアルフレッドは自らに言い聞かせながら、満身創痍の身体を引きずり弱さを見せて良い場所を目指す。

 本当に、彼女がいると自分は駄目になる。それでも最後、最後だけ、そう思いながら、いつだってその足はそちらへと――

「お久しぶりですね、アルさん」

「ッ!?」

 気配無く、現れた盲目の槍使い。音を統べる男。

「少し、話をしませんか?」

「……良いね、俺も君と話したかったんだ、オルフェ」

「では、こちらへ」

 久方ぶりの再会。果たしてどんな話が繰り広げられるのであろうか。そもそも、彼には音でアルフレッドの身体がどういう状態なのかある程度把握できるはず、それをわかっていながら『今』、誘ったと言うことは――

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