オリュンピア:デッドヒート
パロミデスは決して体格に恵まれているわけではない。
「なるほどなァ。タイミング、かァ」
よく言えばオールラウンダー、悪く言えば突き抜けたところがないそこそこ止まりの才能。ずっと、わかっていた。
「力の入れどころが良い。だから重く感じる。しっかりとした積み重ねを感じるが、こうやってずらしてやれば……残念だなァ真黒ボウイ、攻略完了だぞ」
「だから、どうしたッ!」
自分は、巷で言われるほど優秀でも天才でもない。
「努力は認める。若いのに丁寧な剣だ。個人的には非常に好感が持てるし、エスタードに来てくれるのなら歓迎しよう。だが、敵としてはいささか物足りぬよ」
自分をそう思えていたのは彼と出会う前までの事。価値観が崩壊するほどの差、まだ、加減を知らなかった本物との出会いが、自分を変えた。
「周りも見えていない。視野が、狭い」
盾で押し込まれた、誘導された方向には共に戦っていた参加者が倒れており、そこに足を取られて倒れ込むパロミデス。何から何まで格上。
自分の上位互換。だからこそ痛いほど伝わってくる。
「そんな眼で見るなよボウイ。俺も、同じさ。諦めきれないのも、なァ」
オールラウンダー。積み重ね、積み重ね、知恵を凝らし、戦術を、兵法を用いてようやく一流。この世界が不平等なのはそれをせずとも一流に成れる者がいて、そんな彼らがサボってくれているなのら救いもあるが、彼らは彼らで勤勉なのだ。
頂点で争って、高め合っているから――追いつくどころか離されていく。
「俺に先はない。ゆえに別の道を取った。ボウイは、何を選び取る? 何を選んでも後悔は付きまとい、何を選ばずともいばらの道。人生とは、かくも厳しく、思うようにならぬ」
「俺はまだ、貴方のような大人には、なれないッ!」
パロミデスは感情を剥き出しに突貫してくる。
ゼノは、それを見て満面の笑みで――
「良い熱血だ。燃やせよ血潮、突き抜けろ青春!」
それを迎え撃った。
○
「そ、そんな……馬鹿な」
王は挑戦してみろと言った。ゆえに得るモノがあると考えて臨んだ一戦。得るモノどころか絶望しかなかった。彼我の戦力差はまさに大人と子供。
子供が二人でじゃれついても大人が揺らぐことなどないように、天獅子もまた一切の揺らぎはない。
「これでは得るモノどころか、戦いにもならない」
目の前に立ち塞がる巨大な壁。稽古場でのクロードは知っていた。それがトップクラスだと考えていた。しかし、実戦での彼らはさらに加速するのだ。見ると体感するとでは違い過ぎた。
「……槍から逃げた私では、立ち向かうことも出来んか」
きっと、王は介錯してくれたのだろう。しっかり、諦めてこい、と。
それは自分、イヴァン・ブルシークへ宛てたメッセージと彼は解釈する。
では、彼女にはどんなメッセージが込められているのだろうか。
「まだ、諦めません!」
彼女は、ともすると性別の分、自分よりも才に劣るかもしれない。上を見るには遠過ぎて、下を見るにもそれなりに出来てしまう、ある意味で辛いポジション。だが、彼女は諦めない。何度折れても、立ち上がって剣を握る。
「まだ立つか」
「立てるなら立ちます。当たり前でしょう!」
「……なるほど。性根だけは騎士王にも比肩し得る。少し、面白い」
たった一歩、天獅子と呼ばれる男が近づくだけで震えが止まらない。相手も、自分も、使っているのは刃引きされた玩具。それでも、これだけの圧があるのだ。
「しかと見ていろ。俺の戦い方は、参考になる」
気絶しそうなほど濃密な闘気。常人では立ち入ることすら出来ぬ領域。
そこに、まさかの闖入者が現れた。獅子のテリトリーに悠然と立ち入る影。
「見ているだけに留めておくつもりだったが、あんたの技、面白いねえ」
跳躍して二の足で着地。だが、石畳が吹き飛ぶほどの痕、人間が降り立っただけとは思えぬ光景が、突如現れた男の計り知れぬ力を表していた。
「なるほど、貴様が昨日、少年と戯れていたあの技の使い手か」
「ご明察。まあ、負けて逃げ帰るつもりが、あんたに引き寄せられちまったわけで。ま、行きがけの駄賃、精々勉強させて頂きますかね」
「勉強と言う面構えでもあるまい。俺を殺す気だな、小僧」
発勁使いのラウルが天獅子、ユリシーズの前に立つ。いきなりの展開についていけていないアテナは、呆然と言われた通りに見ていた。
そこから始まるローレンシアでは異質な、技の応酬を。
○
屋台を食べ歩いている女性がいた。雪のように白い肌、それをあられもなく放り出し、ほとんど布切れ一枚で大きな胸が覆われている状態。周囲の視線、特に男性の視線は自然と吸い寄せられていくが、当の本人は気にすることなく食べ続ける。
予選二日目、まだまだいけると女はやる気満々で食事を楽しんでいた。
事件はそんな中で起こった。女にとって暑苦しい『南』の気候、美味しいモノで誤魔化していた苛立ちと言うのもあった。いきなり粗野な輩に絡まれて、それが爆発してしまったのだ。
大人しくしてくれると嬉しい、自らの夫に言われたお願いも何のその。
「わしゃあメシ喰ゥとるんじゃボケェ!」
大ぶりのカットラス(湾曲した剣)を振り回し輩を追い払った後も暴れ回る。相手の持っている布を引き千切り、吹き飛ばし、地面に叩きつけた。
「アァァア、暑い! あの地はもっと暑かったが、暑過ぎて逆に良かった。今は丁度苛立つ暑さじゃ。折角人様がメシで落ち着こうとしておったのに……どう落とし前つけてくれるんじゃァア!?」
女性にしては規格外の長身。全体的に肉付きが良く、どっしりと構えると重厚感がある。何よりも先程まで美味しいモノで和らいでいた表情が、今は修羅そのもの。荒々しい言葉と相まって一部を除く観衆が退け腰となる。
「な、何だこの状況は」
そして、運悪くこの場に居合わせてしまったのが――
「何じゃわりゃあ! 見世もんじゃなーが!」
アルカディアの若手御一行。パロミデスの弟であるパロムを中心としたチームであった。彼らは持ち前のチームプレイを生かしてここまで戦ってきたが――ここに来て謎の凶戦士と遭遇してしまう。
一斉に剣を抜き臨戦態勢を取るも、
「ちんまい。雑魚じゃな!」
嵐のような荒々しい攻撃を前に、一人一人潰されていく。
「負けるか! 僕だってギュンターの、オストベルグの魂は継いでいる!」
それを止めたのはパロムであった。
「皆、一時撤退だ。態勢を立て直そう。この人は僕が引き受ける!」
「なめとるのお。わしを弱いと思うとるじゃろ」
「どうだろうね。でも、僕にはアルカディアの代表としてなるべく多くの人材を勝ち上がらせる責務がある。質は兄上たちに任せて、僕は量を整えるんだ」
「意味わからんことぬかすな。雑魚が勝ち上がって何になる? 分不相応、力不足のもんが海に漕ぎ出して、生還できると思うとるんか? 根本的にずれとろうがよ、これはふるいじゃ。雑魚を間引いて、強いもんだけを厳選する。それがこの場のルールじゃ。ほんで、ぬしゃ、雑魚じゃあ」
「負ける気はない!」
パロムはどっしりと構えた。兄と同じ構え。ギュンターの誇りが詰まった剣型。
「ほんに勝つ気か。わしの旦那も馬鹿げたことばかりするがよ、全部勝ってみせた。ぬしはどうじゃ? ほんに全部勝つ気かや!?」
先ほどまでの殺気はあくまでも気晴らしであったとパロムは知る。
猛獣が迫る。
○
「――なるほどな。良く鍛えてある。昔とは比較にならないレベルだ。技の切れもいい。だからこそ聞くぞ、何しに来た?」
クロードの槍が生き物のようにうねる。つかみどころのない柔らかな槍。それなのに破壊力まで兼ね備えている。かわすにも軌道修正すら自在、受けるにも捉えきれない。大きな差があった。これが、槍で頂点に立とうと言う男の強さ。
「さすがに、強い」
アルフレッドは自らが良く知るはずであった兄貴分を、何も知らなかったのだと痛感する。稽古の場での彼と、勝負の場での彼、強くなったからこそ分かる違い。これに勝つには奇跡の一つでも必要だろう。
「参った。奇跡は、あと一回って決めているんですよ」
「何の話だ?」
「小細工、使いますって話です」
だぼっとしたマント。その中には仕込みの武器が備えられていた。すべて刃引きなどして殺傷能力こそ消しているが、そもそもその辺に落ちている小石ですら投擲すれば大きなダメージ源となる。
であれば、投擲用の武具、鉄製であればなおさら危険。
「くだらねえよ。それがお前の旅の成果かアル坊!」
だが、幾重にも束ね、最速最短で撃ち出した武器の数々は、ことごとくただ一本の槍に撃ち落とされる。これが槍のネーデルクスで花開いた最強の一角。
「ただの、けん制です!」
「それもわかっている」
距離を詰めるアルフレッド。そうはさせじと目くらましの上からアルフレッド目掛けて槍が飛ぶ。
投擲武器をはじきながら、隙間を通すように槍がその身を捉えた。
「いいえ、わかっていない。わかるはずも、ない」
アルフレッドの足元が不自然にへこんだ。
「ッ!?」
だぼっとした格好は武器を隠すためでもあったが、同時に懐で何をしているのか、わからなくするためでもあった。加えて相手の距離感を乱したい思惑もあったが、それはこのレベルには意味を為さないだろう。
とにかく、アルフレッドの奇襲は成功した。
衝突の余波で巻き上がったマント。その中ではほぼゼロ距離でのショートパンチを槍の穂先に叩き込んでいる姿があった。一瞬、無謀な行動だとクロードは錯覚してしまう。自らの槍も刃引きされている支給品で、彼の拳は手甲で守られていることを、見逃してしまう。それもこれも予想外の手応えがあったから。
「何を、した?」
「内緒です」
クロードは強烈な一撃を片手で支えてしまった。右腕は、少しの間使い物にならないだろう。狙いすましたカウンター。予想外であったのはその威力。自らの知識では彼がどうやってその威力を作り出したのかが分からない。
「これなら、勝負になる」
「左手一本か。まあ良いだろ。他の連中は一対多、お前だけ平等じゃねえからな。いいぜ、これで心置きなく戦える。それに、もう、充分に分かった。お前は強くなった。でもな、フェンリスとかそのレベル相手には勝てない。残念だが、そこがお前の限界だ」
「……それを乗り越えてこそ、人は惹かれるものでしょう?」
「お前は誰かに認められたいのか? だから此処で力を示そうと――」
「ええ、俺の王道に、必要なことなので」
「……焦り過ぎだ。陛下だってそこまで焦っちゃいなかった。あの人でさえ、最後は狼の王と戦わず勝つ道を選んだ。お前にもきっと見つかる。戦わずとも勝つ道が。そっちで頑張ればいいじゃないか。それからでも遅くはない」
「遅いんですよ。今、この瞬間ですら遅過ぎるのに……いったいどれだけの犠牲の上に人の営みがあると思っている? そのすべてを救うには、いったい何をすべきだと思う? 貴方にはそれが見えますか?」
「全部救うなんて傲慢が過ぎる。お前まさかそんな馬鹿なことを」
「そこで思考停止するから進歩しないんだよ! 俺は、諦めない! 今はまだ、道筋すら見えないけれど、それでも、一歩でも俺の代で近づいてみせる。その土台を築き上げてみせる。それだけのことを成すんだ。なら、時間なんていくらあっても足りないでしょーが」
アルフレッドは剣を鞘に納める。そして、構えた。
「俺は今、アレクシス・レイ・アルビオンと名乗っています。名も、姓も、ただ物語の英雄から取っただけ。でも、ミドルネームだけは違う。これは、受け継いだものだ。断ち切る者、切り開く者、レイを名乗るはもう、この地に俺一人」
この構えを取った瞬間、雰囲気の圧がクロードと拮抗する。
「我が同志、ウォーレン・リウィウスから授けられた絶技、しかと刻めよ三貴士ィ!」
黄金の炎が噴き上がる。その闘志に一切の揺らぎなし。
「……本気で、勝ち抜くつもりなのか?」
「そのために俺は此処に居る」
ただならぬ覚悟。クロードは自らの甘さを痛感する。時は、彼を大きく育て上げた。自らの想像をはるかに超えて、育ち過ぎてしまった。この先の道に、彼の幸せがあるとはクロードには思えない。
彼の道が、敬愛する恩人の道と被って見えるのだ。
なら、その道はきっと不幸に繋がる。
「たまには諦めた方が良いってこと、教えてやる」
「もう、俺は何一つこぼす気はない」
龍の牙が唸りを上げる。金色の光がそれを断ち切らんと放たれた。
○
「おーおー、どこもかしこもやってんなあ。今の衝突は、俺に近いぜ。お前らと違ってな」
ヴォルフが見下ろす視線の先に、フェンリスとスコールがボロボロになって倒れていた。幾度も立ち上がり、幾度も倒され、それでもなお勝利の切っ掛けすらつかめない。
「はぁ、ちょっとがっかりだな。この程度で俺にデカい口を叩いていた息子は馬鹿だし、昼行灯気取っていたら本当にそうなっちまった奴もいるしな」
悔しさをにじませているのはフェンリスのみ。スコールは恥ずかしそうに視線をそらした。勝てるはずがない、二人ともそこが壁になっている。本当ならばもう少し食い下がることも出来たはず。この二人であれば、もう少しは――
「ま、いいや。俺は、あいつと遊んでいるからよ。予選、頑張れよ二人とも。そんな期待してねーから、出来るとこまで勝ち上がってくれや」
ヴォルフはあっさりと二人に見切りをつけ、新しく現れた男に近づいていく。ずっと、気になっていた。この才能を見逃せるほど、ヴォルフは大人になり切れない。どうしても戯れてみたくなってしまう。
(はあ、良くねえよなあ。段々、エル・シドのやつに似てきたぜ)
才能の塊、リオネル・ジラルデ。
「お前はがっかりさせてくれるなよ」
「胸借りて来いって言われたが、性に合わねえ。テメエをぶっ倒して俺が頂点だ」
「いいね、若いんだ。そうこなくっちゃだ!」
頂点が、若き才能を品定めする。超大国ガリアスがこの才能をどう磨き上げたのか、今後どうしていきたいのか、剣を合わせれば、大体わかる。
ガリアスの秘密兵器を狼の王が堪能する。
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