オリュンピア:王参戦

 会場に押し寄せる人の群れ。その外側ですら人で埋め尽くされているのだから凄まじい景色である。しかし、その中心である戦士たちの熱気はその比ではない。

「……これだけの数、いったいどうするつもりだ?」

「刻限は日没までと言うが、すでにキャパシティは超えているだろうに。まだ参加者を募るつもりなのか? 主催者は何を考えている?」

 若き戦士たちは訝しむ。

 そもそも参加制限が緩過ぎるのだ。年齢三十代未満、ただそれだけ。性別、経歴、生まれ、それらに一切の制限がない。これでは大陸全土から人が押し寄せるし、大会期間中に捌き切るのも困難であろう。

「有象無象が多過ぎんだろ。ちょっとは考えろよな、これだから凡人ってやつは」

「名を上げる機会ですから」

「若い世代には貴重な、なあ」

 いの一番に参上したヴァルホール勢であったが、早速その行動を後悔しつつあった。刻限は日没まで、とは言え各陣営良い場所、状況と言うのは抑えたいわけで、拙速にてそれを成そうとしたが、何とも鈍い動き出しである。

「ぐう」

「あ、ゼナ様寝てる」

「退屈だからな。むしろ今まで起きてたのが不思議」

「それだけリベンジへの熱は高いってことか」

 丁度、日が天頂に達した時、会場の中心に動きがあった。一人の男が優雅な歩みで舞台の中心に現れる。その顔を知らぬ者は、それなりの身分であればいないだろう。元アルカディア王位継承権を持ち、圧倒的優位な状況から政争にて白騎士に敗れた男。そしてこの地に来て悪評を蹴散らした才人。

 エアハルト・フォン・アルカディアその人である。

「これだけ巨大な建造物だと、声の届く範囲も限られてくる」

 ひとつひとつは小さくとも、ざわめきとて合わされば騒音になる。この状況で、一人の声を届けるのは不可能。そんなこと、端から理解している。

「それでも君なら、ざわめき一つ起こらない」

 エアハルトは笑みをもって、静かに頭を下げた。

 これより現れる男を迎え入れるために――

「静粛に」

 会場の温度が、間違いなく下がった。ただの一言、通るはずのない距離であっても、その声は間違いなく耳朶を打ち、言葉を詰まらせる。

「ウィリアム・フォン・アルカディアである。此処に居るエアハルトからオリュンピアへの参加条件を皆に伝える役目を承った次第だ。そう、お前たちはまだ、本当の参加資格を得ていない。明日より三日、戦士たちには参加資格を巡り、争ってもらう!」

 白の王、ウィリアム。

「真の参加資格は、そこにいるアンゼルムより一人一枚渡される白い布、それを自らの分も含め五枚集めることだ。五枚集め、明日より三日後のこの時間、日が天頂に至るまで存分に奪い、守るがいい。舞台は、このエル・トゥーレ首都、新造都市エトナ全土である。外縁部も含め全区画、力を凝らすもよし、知恵を使うもよし、好きに戦うがいい」

 彼の声、雰囲気が場を圧倒し、巨大な会場に押し寄せる人々すべてに沈黙を与えた。その上で、衝撃の真実を告げる。皆は、白の王が現れたことに驚き、彼の言葉が当たり前のように耳に届いたことにも驚愕し、話の内容で衝撃を受ける。

「あえてエアハルトめは条件を伏せていた。事前に全てを知っていれば、それだけを対策してくるだろう。それではつまらない。余もそう思う。あらゆる可能性を考慮し、かつ情報解禁と同時に出来ること全てを成す。力を尽くすがいい、全力での闘争を余は望む。このオリュンピアには何一つの報酬も無い。ゆえにこそ、けがれ無き栄光が、頂点に至ったものの頭上に注がれん。いざや、若き戦士たちよ、戦いであるッ!」

 歓声が爆発した。

 白の王の檄に多くの戦士たちが反応したのだ。

「……随分穴だらけなルールですね」

「組織ぐるみってのも容認してるってことかね?」

「むしろ推奨しているようにすら聞こえました」

 スコールとハティは小さな声で会話を交わす。

 歓声に包まれる会場で、冷静に状況を推察する者たちがいた。彼らの用意した舞台の意図を掴む必要がある。何処までが許されて、何処までが許されないか――線引きをせねばならない。

 ウィリアムが颯爽と退場し、アンゼルムを中心とした係員らがテキパキと準備を開始し始めた。その様子を見るに――

「お、配布開始か。行こうぜパロミデス!」

「ああ、参加するに当たっては事前の情報通り、身分証のみか。武器が刃引きしてあるかチェックしているな。あちらに大量の武器が並べられているのは、チェックを通らなかった者たちに貸し与えるための分……あれだけでいくらかかったのだろうか。おそらくニコラは算盤を弾いている頃だろう」

「言語ごとにルールが記載された羊皮紙も配布しているみたいです」

「でかしたパロム! とにかく善は急げだぜ」

 人の波でごった返すコロシアムの中心。

 若さと勢いが炸裂している。

「品の無い連中ばかりか。焦る必要など何処にもないと言うのに」

「日没まで猶予があり、なおかつ開始は明日以降と言うことを忘れているのか馬鹿どもが」

 ネーデルクスの若き精鋭たちは慌てる者たちを鼻で笑っていた。

 少し離れたところで、そんな彼らの様子に苦笑する者がいた。立派な槍を小脇に抱え、目深にフードを被る男。

「相変わらず悠長な。腕の無さを知恵で補おうともしていない」

「とりあえず急いでいる連中は論外としても、今の条件を聞けば急がない理由はない。準備期間は、布を受け取ってから明日の朝までしかないんだからな」

 隣の男も同じようにフードを被っていた。

「まあでも、武芸大会って形式である以上、何処までいっても個の力。呆れるほどすげーのばかりだな。お前さんも参加するのか?」

「我が王の露払い程度にはなるつもりです」

「そりゃあご苦労さん。俺はまったり菓子でも食いながら観戦してるよ」

 槍を持つ方はゆったりとした動きで席を立った。持たぬ方は菓子をほおばりながら各陣営のブレーンを観察していた。翡翠の髪を持つ男が世界の表舞台に立っていたのは遥か昔の事。時は流れ、必要とされる力は変わった。彼らの『王』はこの舞台ですべてを吐き出すだろう。もっとも原始的で、だからこそ人を惹きつけてやまない戦いに勝つために。

(海千山千の怪物ばかり。たくらみ連なり山と成りってか)

 その先で、本当に戦うべき相手。参加しない男だからこそ、しっかり観察することが出来る。先の時代のために――

「ってか我らが王様はちゃんと生きてんのかね」

 男は、最近噂の途切れた王の心配を、しようと思ったがやめる。無意味な考えなのだ。彼はやると決めたらやるし、やるべきことはきっちりとこなす。

 ここでの勝利はやるべきこと。ならば彼なら当然現れる。


     ○


 オリュンピアのために造られた闘技場。巨大なコロシアムは現在、閑散とした状況であった。もうすぐ日没、すでにほとんどの戦士たちは受付を終えて街へ降りている。明日に向けて力をためる者もいれば、必死に策を練っている者もいるだろう。それが当たり前。

 ほとんどが明日を見ていた。

 ただし、此処に残った者は、未だ現れぬ『今』を見つめている。

「スコール、どうやら件の人物、現れなかったようですね」

「いやー、まだ日は墜ちていないし、油断は禁物でしょ」

「そもそも警戒するほどの相手ですか? 私もすれ違いましたが、素人目に見てもフェンリスの方が上でしょう。貴方とて本気でやれば」

「そう言う怖さとは、ちょっと違うのよ。まあ見てろ、絶対来るからな」

 あの日、あの場を共有したスコールにとって、彼が警戒に値するのは当然の話であった。力がどうとか、技がどうとか、そういう次元の話ではない。

「心を、怖いと思った。それって、一番やべー負け方でしょうよ」

「それを知っている者たちが、残っている、と」

「みたいだな。ほんと、厄介な野郎ばかりが残ってやがるぜ」

 日が落ちる。もう少しで――

「ほら来た。ったく、慌てろよ少しは」

 夕日を背に、一人の男が現れた。悠然と、堂々と、刻限ギリギリの今を歩く。

「キタァ!」

 正午からほぼ目を瞑っていたゼナが覚醒する。それを囲む若きエスタードの精鋭、そして彼らを鍛えた烈日の残り火たちもカンペアドールの敵を睨みつける。彼がエスタードに現れ、見せつけた力と才覚。忘れるわけがない。至宝であるゼナに土をつけたのだから。

「嗚呼、本当に、貴方の音は――」

 哀しげにリュートを一音奏で、殺気を漲らせる盲目の槍使い。世界を変える音、たった一つの純粋な音、彼にとっても特別なそれから温かさを奪った。世界のためではない。己がエゴのためにこの槍は彼に向かう。

「刻限ギリギリとは大胆不敵。名乗るがいい最後の戦士よ」

 ボロボロのマントをはためかせ、目深に被ったフードをゆっくりとめくる。

「アレクシス・レイ・アルビオン、今はそう名乗っている」

 流れるような金髪を一房に束ね、仮面の奥より覗く蒼き瞳は力強い光を放つ。

「くっく、傲慢極まる名だ」

 白の王が笑った。それを見て周囲が驚きの眼を向ける。あまり笑わぬ王が、思わず笑ってしまうほど、その名は本来重く、巨大な意味を持つ。今となっては意味の薄れた名であるが、知る者にとっては最高のジョークになるだろう。

 彼らの時代を真に終わらせんとする者が、その名を騙るのだから。

「な、む、無敗の剣闘士!」

「黄金騎士アレクシスか!」

 仮面越しにもわかる笑み。彼の身体から溢れる黄金の雰囲気に、各国の重鎮も苦い笑みを浮かべる。まるで自分たちが偽者だと突き付けられているような感覚。本物は、真の王は、こうやって微笑むのだと、こうやって在るのだと、身体の端々が言っている。

「……本物ですね」

 その立ち居振る舞い、まさに王。

 ハティが顔を歪ませる横で狼の子が凄絶な笑みを浮かべていた。

「ハッ、カス虫がァ」

 ボロをまとってなお、黄金の輝きは格別。

 リオネルもまた同種の笑みを浮かべる。

 王が、来た。

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