最果ての島:今、選択の虹がかかる
アルフレッドは首をさすりながら目の前に現れた存在に驚愕する。
夢で見た彼らが其処にいた。
「我ら亡霊なれど人の守り手。偉大なる創造主を前にしてもなお、我が愛は高まるばかり。愛しましょう、我が手を罪に染めてでも」
金色の光が槍となって男の身体を貫通した。
美しき女神の如し女性は拳を突き出していた。ただの正拳突き、されど彼女の人を超越した力と万年極め続けた武はただの正拳突きに輝きを与えていた。
笑みを浮かべながら悠然と打ち出されし光の槍。
「……ありえない」
幾重にも風穴を空けられながらも男に苦悶はない。あるのは純粋な困惑、多少進んでいたとはいえ魔術時代程度の文明レベルで、己の理解を超えるなどありえないのだ。全てシュバルツバルトの観測下にあるはず。
だが、驚愕の状況はさらに変貌する。
「今はこの少年が主君なれば我が黒鉄の意志、此処に在り!」
「我らが未熟で荒れ地と化したかの地を未だ想い続けてくれる彼に微力ながら力を貸そう。本当に微力だぞ、弱いからな、私たちは」
「素通りされたんだけど、ま、暇だし付き合ってやろうか。誇り高き鷹の国、疾風怒濤の武威を刻め! そしてガレリウスの治世を見に行け、いい国だぞ!」
「武器も防具も好きなだけくれてやる! 魔術時代から連なる鉄の国の技、とくと刻め! リウィウス? あいつらは例外。ずるいもんあいつら、めっちゃ業物造るもん。生産力は低いから! 鉄の国にも利点あるから」
「滅びたけどな」
「お前んところなんて秒速で出来て滅びてんじゃん」
「おま、この辺の全員敵に回したぞ」
「高速でスクラップアンドビルドしてるだけだし!」
「ひでー言い訳だ」
続々と現れる亡霊たち。旅の軌跡である。轍に見た夢が其処に集う。
信じ難いモノを見る眼で、創造主たる男は彼ら大勢の亡霊たちを見る。ダメージは大したことではない。そもそもこの身体に実体はないのだ。だが、シュバルツバルトで幾度演算を繰り返しても『認識不能』なのはありえないことであった。
彼らの魔術式はとうの昔に機能を停止している。
世界に存在が残っていること自体ありえないのだ。
「……どうなって、いる?」
「神は夢を見ないのか?」
紅蓮の首が宙に舞う。銀色の閃光、美しき銀色の炎を纏う男が断つ。
「……夢、だと?」
「いや、俺たちは夢を見ることをやめて、明日にそれを託したもの」
銀の炎と黒き炎が絡み合い、紅き炎を飲み込む。
「ただの亡霊だ」
魔術式に身を捧げた名を、歴史を失った亡霊たち。
その先頭に立つ男の背にアルフレッドは父の影を見た。銀色の炎がそう見せるのか、彼の在り様がそう見せるのかは分からないけれど――
「貴様も同じようなものじゃろうに」
「全然違う! 我は死する前に保険として蒼き星にバックアップを残していただけ。ハードが残っていなければ存在はありえない。術式が残っているならば説明もつくが、残っていない以上卿らの存在もまたありえぬ!」
「だが、此処にいる。現象を否定するだけならば愚者にもできる。神よ、我らに式を与えたまえ。出来ぬのならば、もはや出る幕ではない、ということだよ」
とんと杖を一突きし、宇宙に大地を生み出す少年は戦意に満ちていた。
「……たかがオカルト、シックスセンスという一分野に特化しただけの未達者どもが、雁首並べたところで我に勝てると思ったかァ!」
男の咆哮と共に炎が天を衝く。
凄まじい熱気と存在感。万物を統べたとのたまうだけはある。
「……神、か」
「慄くな。俺たちがいる。魔王最期の弟子二人に、その魔王でさえ手出しできなかった万年王国を統べし最強の女王。群れては至強の黒鉄の大将軍に、強き者を求めて億里飛び回った鷹。英雄たる兄には及ばぬが、それなりの俺も、な」
神の如し威容に怯むことなく彼らは挑む。
そこに躊躇いも逡巡もない。
「貴方は、アルカス様、ですか?」
「……俺だけ半端でな。名前は残っている。あとは、兄が引き継いだが」
アルカスは他の魔術式、その贄と成ったかつての友の、同時代を生きた同胞たちの奮闘を眺めていた。死してなお、存在を失ってなお、己が愛を貫き証明し続ける愚者の群れ。悲劇の舞台で泣きながら踊った戦友である。
「確かにこの世界は神が何らかの意図で用意したものなのかもしれない。俺たちの知らぬ理も動いているのだろう。だが、だからと言って歩みを止める理由はない。脚本の意図通りに舞ってやる理由もない。全力で足掻け、お前の父がそうしたように、お前自身もまた足掻き抜け。死するその時まで、継承が成る時まで」
剣を引き抜き、銀の炎がさらなる高まりを見せる。
「俺は悲劇よりも喜劇の方が好きだ。おそらく、お前の父もそうだろう。泣き疲れた者にとって笑いは時にどんな薬よりも救いをくれる。お前は、その道を征くのだろう? 見せてもらおう、我らを、皆を、笑わせて見せろ!」
全員の戦意が増し、戦いはさらなる苛烈さを帯びる。
もはやアルフレッドには視認が出来ぬほどに――
「これは、此処は、貴様の物語だ! アルフレッド・レイ・アルカディア!」
アルカスはそう言い残して戦いに舞い戻る。
銀色の残滓と共に――
「無駄だと言っているだろうが!」
「いいえ! 我が愛は不滅。我が子供たちもまた、不滅!」
幾千、幾万の光の槍が降り注ぐ。
「不滅は言い過ぎだ! 滅びぬものはない! だが、滅びても残すことは出来よう。我が黒鉄の意志が残りて、次代を守る。継承は未だ連なっている! オストベルグが滅びようとも! 我らは彼らと共に!」
積み重なった大将軍『たち』が炎を掻い潜りて神に迫る。
「鷹は奔放なものだ。されど巣は守るのだよ!」
疾風怒濤の連撃。魔術と武を織り込んだ至上の武威が神を圧す。
「何故、理解出来ぬ!? 卿らよりも遥かに劣る、シックスセンスすら失った奴らに、いったい何の期待が出来るという!?」
「何じゃ未だ解せぬか。彼らの発展を見てまだ、思い出せぬか?」
「無い物ねだりこそ人のサガであり、特筆すべき性質。失う度に彼らは真理へと近づく。求める心が正しき翼を、式を見出す」
二人の魔術師、最期の魔王が残した最後の弟子二人。
稀代の天才に施されし珠玉の教育が彼らを産み、数多の犠牲と共に世界を救った。それが意図されたものか、なかったのかは分からぬが――
「あえて呼ぼう、我が妹弟子、魔術式ニュクスよ!」
「煩い、アンチエイジング子供おじさんが。何じゃ、ウラノス」
「若く見えるだけだ! 魔光術を出すぞ!」
「ふん、何もせずに背丈まで縮むかよ、爺じゃあるまいし。心得た!」
二人の得意属性は対極。土と水、風を得手とするウラノスと炎、雷を得手とするニュクス。彼らが協力し、五つを合わせた術理こそ魔術師の到達点。
フィフスフィア。それを、あえてずらすことで――
「「破壊と毒、悪意の極致を見よ!」」
「……ああ、それか」
光が男を飲み込んだ。
アルフレッドは突如、ある男を思い出した。この悪意には見覚えがある。子供の頃、工房に近づいて滅多に怒らぬ父に怒られた苦い記憶。否、少し、自分で改ざんしていたのだ。あまりにも怖くて、歪めずにはいられなかった。
本当の、純粋なる悪意に触れた初めての経験だったから。
近づいたのは自分ではなく悪意の申し子の方。エッカルトが新たなる理解者を、主君を、破壊を求めてまだ小さき自分に悪意を埋め込もうと――
何故か、思い出してしまう。
「ああ、そいつだ。アークの記憶、卿の記憶、遡ってみて、唯一期待が持てる存在。悪意に関する解だけに鋭敏な、異能。あれはシックスセンスを失った卿らにすら理解が及ぶ解を、式を産む。惜しむらくは、もう一人、悪意に鋭敏な者がいたこと。同種の存在によって発展の芽が断たれるのだから救いがない」
「なっ!?」
「実体がないと言っている。それにその毒は、すでに超越済みだ。肉体があったとしても我らに通じるわけもない。徒労、だ」
神、なのだろう。彼らの秘術でさえ、理解の範疇。
「貴様らの術で滅べ」
同じ光。到達の式(ルート)が違うだけ。解は同じ。
凄絶な破壊が渦巻く。世界を滅ぼさんとその光は拡大を始めた。
それを――
「愛ァイ!」
それを、拳一つ、力で吹き飛ばし、ねじ伏せた魔術式ヘルマ。
男も含めて全員がぽかんと立ち尽くす。
「……相変わらず化け物か、ババア」
「口が悪いのは悪癖だと教えたはずですよ、教育!」
浮かんだ言葉を放ったアルカスにデコピンをするヘルマ。頭が消し飛ぶ。
「このように我らもまた亡霊。実体が無い者同士、千日手をご所望ですか?」
「……死んだと思った」
にょきりと頭が生えたアルカス。何とも言えぬ表情であった。
それをおろおろと眺めていた魔女。ウラノスはにやにやとその光景を眺める。
「に、苦手じゃ、この女は。どうにもズレとるからのお」
終わらぬ闘い。ヘルマの言う通り、どちらにも手はなかった。共に実体はなく、認識が及ばぬのはどちらも同じ。神と神の認識外にある彼ら。
なれば必然――
「強く選択を願いなさい。貴方の愛を燃やし、魂を燃焼するのです。我らはその選択にこそ力を注ぎましょう。なに、母がついています。ご安心を」
「きちんと現状に折り合いをつけるんだ。神の思惑はともかく、制限されていないシュバルツバルトに接続できるってのは魅力的だと思うよ、僕は。僕でもガイウスでも、たぶん迷わずに手を取った。そして使い倒しただろうね。我欲の王だったからね、僕もガイウスも。方向性は違ったけれど」
「迷いがあれば振り切れぬ。ここで決めよ!」
「好きにするといい。人ひとりの選択に大きな意味はない。だが、その積み重ねが歴史となることだけは忘れちゃいけない」
「忘れないのは得意でしょう?」
「考えるのもまたしかり」
「考えよ」
「その選択に我らは従おう」
「我らは亡霊。すでに託した抜け殻ゆえに」
抜け殻であっても未来が心配で、繋がっているのか、本当に、心底彼らは未来を、人の明日を、それが輝けることを望んでいた。
まだこれに式を見出せないけれど、凄く、美しい存在だとアルフレッドは思った。必死に抗った結果全てを失った、忘れ去られた歴史。
この世界は愛に満ちていた。忘れぬ限り、戦える。
「僕の尊敬する背中なら、きっとこう言う」
ゆっくりとアルフレッドは剣を構えた。居合い術の体勢を取る。
「式の無い解を信ずるは妄信。閃きに理を見出して、式を持って初めてそれは己のものである。僕もそう思う。心の底から。きっと貴方の手を取るのが近道なのだと思うのだけれど、僕はもうかつての、答えばかりを知った気になっていた僕には戻らない。世界は広い、まだ知らないことも沢山ある。全部は、きっと見れない」
黄金の炎が立ち上る。それを見てアルカスは相好を崩す。
「見れるとも! 我を得れば、完全に、鮮明に、全てを!」
「彼らは見えなかったんだろう?」
そこに蒼き光が混じる。ヘルマは其処に積み重ねを見て、頷く。
「……好かろう。滅びたことも含めて、我らが完全ではないことを認めよう。だが、少なくとも卿らの文明においては限りなく完全に近い。卿の望みに近づく、最短最善こそ我を利用することだ! そこに嘘はない!」
「そう、でしょうね。だから、迷った」
そして、紅き光が炸裂する。武人たちは「応!」と笑う。
様々な光が少年の身体から迸る。
この旅で得た全てを此処で吐き出す。
「だから僕はたった一つの理由と共に貴方を断ちます」
「……何故だ!?」
「僕は貴方たちが、神様が、気に食わない」
「……ふざ、けるな。そんな、くだらぬ、エゴで」
世界に虹がかかった。
少年の覚悟と共に。未来に、この手を取らなかったことで救えなくなる命に、許せとは乞わない。見ていろ、と王の笑みを浮かべる。
それがアルフレッドの嘘。万人に見せる王者の貌。
きっとそれが本当になる日は来ないけれど。いつだって、どこまでいっても自分の望みはあの『北方』での日々で、其処に掌の中に納まるだけの愛する人がいればいい、それだけが自分の望みだろうけれど。
これだけの愛を知った。ならば、恵まれた己もまた世界に返そう。
大好きだった人を貫いた剣で、愛する者との未来をも断ち切る。そんなことこれから失われる彼らには何の慰めにもならない。
それでも――
「俺が導くと決めた。今、此処で、誓おう!」
幸せな旅。その旅路の意味を今、本当の意味で知った。
夢を見ていたのだ。たくさんの愛に囲まれて。
「此処からは俺の物語だ! 俺が脚本を書く! そこに何人の助けも必要ない。笑顔で滑稽なる物語、俺にしか描けぬ喜劇だ!」
だから、世界に返そう。
「ちィ! 仕方ない。いったん離脱して――」
「動くな、神様気取りの元ニンゲン」
男の身体を鎖が拘束する。世界の裏側から伸びる、謎の鎖。
「き、貴様、何故、此処に!?」
「自分を仕込んでいるのが己だけと思ったか? 人を介さねば赤子ほどの力も持たぬ終わった存在。そろそろ滅んでおけ。人は次のステージに向かっている。有であり無、魔術時代は一つの答えに辿り着いた。彼らもまた、いずれ」
「あの鎖、お師匠様か。相変わらずのトリックスターっぷりだね」
「ふん、さっさと滅べばよいのじゃ。死にたがりの癖に」
「やめ、我は――」
「さらばだ、シン・プロメテウス。この時代のエクセリオンが貴様を断つぞ」
アルフレッドの剣に亡霊たちの想いが集う。
虹の剣、希望の剣、人はかつてそれをエクセリオンと呼んだ。
かつて究極の一と化したシン・イヴリースを断ち切った希望の剣と魔を断つ剣が重なる。閃光の如し人の生涯が積み重ねた歴史。雑多で、分厚い、様々な想いが積み重なったそれは、多種多様な色を浮かべて創世の神話を断つ。
「助けて、兄さ――」
至高の刃があまねくすべてを飲み込み、世界に虹がかかった。
次の時代への選択が今、為されたのだ。
「覚醒の時だ、王よ」
アルカスがぽんとアルフレッドの肩に手を置く。冷たく見える眼に浮かぶかすかな温もり。本当に彼は父に似ていた。
「こやつら凡百の人柱共の轍を、足跡を歩ませた男の末期を見届けよ。全てに意味があった。土地との縁を持たねば、こやつらがこうして駆けつけることは出来なかったじゃろう。ぬしと共鳴せねば、心の中であっても戦う力を取り戻すことも適わぬ。感謝することじゃ、選択となったはあの男の功績ゆえのお」
ニュクスはしっしと手を振る。
「所詮亡霊だからね。だから、ま、見ているよ。ガイウスの残した時代を彼が次いで、その次は君だ。是非、僕らを笑わせてくれ。そしていつか――」
ウラノスは複雑な笑みで最後の言葉を飲み込んだ。
「愛しておりますよ、我が子アルフレッド」
おそらく人類全てに言っているのであろう。アルフレッドを力の限り抱きしめるヘルマ。実体であったらこれで死んでいる。
「この選択を悔いる時もあるだろう。それでいい。俺も、兄も、誰もが悔いに満ちた人生を送っていた。あの時ああすればよかった、こうすればよかった、と。そうあらねばならないのだ。その悔いが、想いが、きっと、何かを残すのだから」
アルカスは下手くそな笑みを浮かべてみせた。その不器用さも父に――
「さあ、征け。ここからがお前の物語だ」
「はいッ!」
彼らに背を押され、アルフレッドは新たなる地平に踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます