最果ての島:宴の終わり
アークの猛攻を片足をほとんど封じた状態で捌き切るアルフレッド。その技の冴え、片足補ってなお余りあるものであった。剣先で、相手の出先で、とにかく機先を征し力の領分を削り取る戦い。合理の戦場を形成する。
「ぐっ」
攻めあぐねるアーク。
受けながら攻め、機を窺うアルフレッド。
アルフレッドの受けは相手に相当の消耗を強いる剣であるが、アークは止まらずに最高速を維持し続ける。持久力が尋常ではない。老人のそれとは思えないが、すでにアルフレッドはアークの年齢に関しては思慮の外に置いていた。
冷静さを取り戻し超集中を維持しているアルフレッドは、ようやくアーク自身を観察する心のゆとりを取り戻していた。
(死力を振り絞っている。理屈は分かる。でも、納得は出来ない。騎士たちのため、確かにそれっぽいけど、なら何で俺の寝込みなりを襲わなかった? 矜持が許さぬから皆の前で正々堂々と、最後くらいは騎士らしく……合点がいかない)
アークらしくないのだ。腹の底は分からずとも、彼が思慮深く様々なことを考えて旅をしているのは傍からでも見て取れた。それに嘘はないだろう。
ならばこの一連の流れ、『嘘』はないにしろ『真実』とも限らない。
騎士を愛しているのは真。白騎士や自分たちの道を許容し切れないのもまた真。されど、そのために彼が命を賭してここで戦うのは偽、な気がした。
(随分と長い攻防だ)
(見ている此方が疲れてくる)
(アルフレッド殿優勢に見えるが)
息を切らせ、それでもなお全力で向かってくるアーク。
修羅か悪鬼か、表情の凄絶さは覚悟の大きさを窺わせた。
(この人はきっと、死ぬまで止まらない)
アルフレッドの心が揺らぐ。雰囲気に、乱れが生じる。
それを見抜けぬアークではない。
「その程度の覚悟かと、問うておるのだ!」
「ふっ」
巧みな捌き。されど、紙一重ではあった。
殺す、そう決めているのに、覚悟したはずなのに、集中している今でさえ手に汗がにじむ。疲労以外の、何かが少年を蝕んでいた。
実はアルフレッド、すでに二度『機』を逸している。蓄積された疲労、消耗、痛みを切り分ける策も限界に近い。アークは未だ、力の限り攻め立ててくる。それなのに『機』を突けない。つまり、殺す動作に入れない。
「ッ!?」
「隙ありィ!」
三度目。これにて完全に蒼が霧散する。
ピンチはチャンス。突けず集中が途切れたところをアークは狙っていた。またしても剛力によって円陣まで吹き飛ばされるアルフレッド。
疲労も限界。そろそろ、決めねば――
「三度、殺せたな」
「ッ!? アポロニア様」
アルフレッドを受け止めたのはアポロニアであった。
「私も父上もこれしか知らぬ。伝え方も含めて、な。戦士は不器用なのだ。戦いの中でしか『本当』を表現できない。老いさらばえた騎士に残るは身一つ。喰らってやってはくれまいか? 私でもメドラウトでもなく、父上は卿を選んだ」
アルフレッドはアポロニアの頼みに、初めて彼女にも人の血が通っているのだと感じた。不器用で、表現が下手糞で、その癖、そうは見えない。
戦士とはそういう者ばかりである。
本当に不器用な生き物だ、とアルフレッドは思う。
ここまで言われたなら混乱していたアルフレッドでも理解出来る。
やるべきことも――
「三度見逃されたこと、父上も気づいている。さて、どう思うかな?」
「……分かっています」
手心を加えられて喜ぶ男ではない。戦士の事は充分過ぎるほど知っている。
だから――
「いや、分かっていない。騎士アークは怒れども、仮面の下ではきっと卿の惑いに、想いの深さに、喜んでいる」
覚悟を決めたのに、それなのにアポロニアの言葉は今までのどれよりも深く、深く心を貫いた。彼の口から語られることは無い。絶対に零すまい。
それでも其処に『それ』があるならば――
「語った言葉に嘘はない。私もまた同じ想いだ。私たち戦士に今の世はどうにも生き辛い。それでも卿らの王道を貫かんとするならば、是非はない。頂点は一つ、時代が掲げる理もまた一つ。さあ、征け」
彼らの想いを汲み取らずにはいられない。
「コォ」
より深く、蒼く、遠くへ――
「くだらぬ世間話は終えたか?」
「はい。貴方は俺の恩人で、俺の道標で、俺の敵です」
力感の無い構え。切っ先を真っ直ぐにアークへと向ける。
極上の笑みと共に。
「ガハハ! 今更か! なれば、此処で死ねィ!」
アークの突貫。全てを投げ打ってこの一瞬に燃焼し尽くすかの如し炎。
「終わらせます」
それを前にアルフレッドは言い切った。
アークの剛剣が迫る。必殺の袈裟切り。それをアルフレッドは今までにない深度で視る。深く、時間が間延びし、一秒を十秒にも感じるほどの世界。
刹那を味わい尽くす。幾度も見たその軌跡。
真っ直ぐで、激しく、それでいて美しい。
その到達点、極限の『機』をアルフレッドは裏拳で小突く。足元にはかすかなひび割れ、普段よりも遥かに小さい力だが、完全に制御し切った状態であればこれで充分。降り注ぐ剣の腹を拳で射抜き、美しき軌跡が逸れる。
地面にその刃が轟音と共に突き立った時には――
「……見事」
アルフレッドの突きがアークの胸に深く、突き立っていた。
最後の一手はただ一歩踏み込んだだけの片手突き。
強くもなく、速くもない。されど不可避かつ致死なる一撃。
「笑いながら泣くやつがあるか、愚か者め」
手に残る肉の感触。鋼の如し身体でもそれはやはり鋼ではなく、どこまでいってもただの肉でしかない。こんなにもあっさりと終わってしまうのだ。
人の一生とは。
「僕は、貴方を、父のように、祖父のように――」
「……笑え王よ。強がりが、消えておるぞ」
あまりにも儚く、脆い。
「……アーク、さん?」
アルフレッドはアークの表情を窺わんと顔を上げ、絶句する。
アークの片目からどくどくとどす黒い血が流れていたのだ。剣で人を刺して、あんなところから血が出るはずもない。そもそも『これ』は血なのか。
「継承が始まる」
アークは複雑な表情を浮かべていた。
申し訳なさそうで、哀しそうな、それでいて何処か――
「受け取るも受け取らぬも、自由である。次代の王よ、選択の時である」
肩に置かれた手が、かすかに震える。
「我に出来るのは、此処まで――」
アークが眼を見開き、アルフレッドと眼があった瞬間、何かが彼の身を侵す。
「あっ――」
少年の意識は其処で途絶えた。
「おい、どうなったんだよ!?」
「始まったのだ、継承が」
「……死んでは、ないんだな」
「無論。どちらに転んでもこの子自身は生きる。先に話した通りである」
駆け寄ってきたメドラウトは意識を失ったアルフレッドを抱え、自らのマントを地面に敷き静かに寝かせた。そしてアークの方に再度視線を向ける。
「剣、抜くか?」
「いや、抜かば死期が早まる。出来れば、この子の選択を見て逝きたいのだ」
「分かった。医者を呼べ! このくたばり損ないを少しでも長く生かせてやれ」
「それは私の役目」
ぬっと顔を出したイェレナはすでに準備を始めていた。
きっちりと医療セット(特大)も用意済みである。
「余裕があったら、私にも聞かせて」
「うむ。話していた方が気がまぎれるからのお。卿には世話になった」
「うん。子供が二人出来た気分」
「……それは言い過ぎであろうが」
「男は馬鹿ばかり。でも、たまに羨ましい。治療、開始するね」
「ああ、任せた。我が手を離れた天命よ。僅かばかり、我に、明日をくれ」
「天命じゃない」
ふん、と鼻をならすイェレナ。
「私が、医術がそうさせるの」
その言葉にアークは微笑んだ。
未来は彼らの中に在る。初めから分かっていたことが今、確信出来たから。
○
星の海、浮かぶはアルフレッドただ一人。
身体が動かない。重さを感じず、地に足がつかない。手を伸ばせども何かに引っ掛かることも無く虚空を彷徨い。藻掻こうとも静かに漂うばかり。
「へえ、本当に凄い。ただの人間が我を認識するのか」
虚空に立つ一人の男。
燃えるような真紅の髪が夜闇を照らす。
「貴方は、誰だ?」
男は満面の笑みで――
「この星の創造主」
理解不能なことを言い切った。
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