最果ての島:最後の宴、始まる

 ガルニア周遊の旅を終え、アルフレッドたちはアークの待つ古城へ足を向けていた。メドラウトと別れた後も、戦士の群れに遭遇し大立ち回りを繰り広げたり、野党紛いの戦士共と戦い集落を守ったり、元聖ローレンスの信徒でゲハイムの残党という業が深すぎる戦士にアルフレッドが懐かれて付きまとわれる珍事も発生した。

 イェレナたちを排除しようと暗躍するメンヘラ戦士を撒こうとあの手この手を使って逃げ出したのが今回の旅におけるハイライトであった。

 また、閉ざされし自然の宝庫であるガルニアの絶景の数々も彼らの心を満たす。石が円陣状に並んだ謎の遺跡で見た夕焼け、満天の夜空は胸がすく思いであったし、光が差し込まぬほど深き森は神秘的な空気が満ちていた。

 何でもない景色の美しさよ。

 ただの小麦畑すら朝もやと共に幻想的な景色と化す。

 何かに縛られることも無く、明るくおっちょこちょいな案内人によって気の向くままに歩む道程。心が洗われる。不安など気のせいなのだと思った。

 古城の北にはもっと神秘的で壮大な景色が数多くあるのだと彼女は自慢げに語る。ローレンシアに憧れはあれど、ガルニアへの愛が溢れている。

「妖精が住んでいると言われる水場や湖から直接海にそそぐ絶壁など、ガルニアにはもっともっとたくさんの見るべき場所があるのです!」

「いいねぇ」

「おもしろそう」

「アークおじいさまにお願いしてもう少し旅を延長しましょう!」

「……そうだね。それもいいなあ」

「やぶさかではない」

「約束ですよ! 不肖、このアテナ・オブ・ガルニアスが再度案内仕ります!」

 そんな淡い約束と共に彼らは再び帰ってきた。

「よくぞ戻った。父上が待っている」

 彼らが戻ってくる時が分かっていたかのように、アポロニアは彼らの到着を待ち構えていた。アテナは大好きな伯母の出迎えに歓喜していたが、アルフレッドはあまりにも間が良過ぎることに嫌な予感を覚える。

 それに――

「こんなにこの辺、騎士の人いましたか?」

「ガルニアは騎士の国だ。騎士などどこにでもいるものだ」

「はて、私も多過ぎる気がしますが」

 ところどころに漂う違和感。

「お、来たな、おじいちゃんが首を長くして待ってるぜ」

「ち、父上!? 何故ここに?」

「娘が粗相をしてないか確認しに来ただけ。ガングランから色々聞いたから」

「ひっ!?」

「ガルニア、楽しかった?」

「ええ、とても」

「……頑張りなよ」

 ポンと肩を叩いてそのまま去っていくメドラウト。彼もまた自分たちが来ることを予期していたかのような待ち構え方であった。

 メドラウトが此処にいる意味をアルフレッドは考える。

「……さっき、ユーフェミアさんもいたよね」

「アルミアの王様もいた、気がする」

「……いくら何でもおかしい。何があるんだ?」

「嫌な予感がする。得意の三百六十計逃げるに如かずで」

「桁が多いよ。アテナは浮かれてるけど、いや、まあ、これじゃああからさま過ぎて逆に怪しくないのかも。それにアポロニア様はガルニアを統一した女王だったわけで、その集いがたまたま今日だった、とか?」

「ほんき?」

「まさか。逃げたくて仕方がないんだけど、ね」

 騎士たちの視線。あからさまではないが、視線がちらちらと向けられている。外の者に対する好奇の眼であれば理解出来るが――

(知った顔も、同じ視線の向け方なんだよね)

 逃げられない。それに逃げ出すわけにもいかない。

 古城には旅の仲間であり彼らの導き手であるアークがいるのだ。

 彼なしで旅など続けようがない。

「杞憂であることを祈ろう」

「うん」

「アルフレッドさん! こっちですよー!」

「今行くよー」

 合流してわけを聞こう。その上で明日以降の予定を――


     ○


 古城での再会は非常に簡素なものであった。

「む、久方ぶりであるな。また一つ階段を登ったと見える」

「あはは、ご無沙汰してます」

「ごぶさた」

「イェレナも普段通りで何よりである! さて、外の異変、卿らも当然気づいたことであろう。理由を知りたかろうが、しばし待て」

「アークさんが待てとおっしゃられるのなら待ちますよ」

「ガハハ、聞き分けのよい子である!」

 アークは二人の頭を同時に力強く撫でまわす。

「まずは旅の疲れを癒し、腹を満たさねばな」

「ですね」

「お腹空いた」

「今宵は豪勢であるぞ! 何しろ我が義理の娘に当たるブリタニアの王妃が駆けつけてくれたのだ。コックたちを引き連れ、指揮し、食事に関してはあまり、その、よくないガルニアにおける最大の宴となるであろう!」

「ぐっ、お腹が、限界だ」

「ぐう」

「お腹の音と同時で発声しても聞こえてるよ」

「不覚」

「ならば食事時まで一眠りしてくるとよい」

「それじゃあ夜に眠れなくなってしまいますよ」

「ガッハッハ! 今宵は宴だと言っておるだろうが。寝ておる暇などあるモノか。今宵くらいは爺の酌にも付き合ってもらうでな。覚悟しておくがよい」

「……イェレナ、一応寝ておこうか」

「うん」

「部屋は以前使っておった部屋を使えばよい。しっかり休めよ」

「宴のために、ですね」

「うむ! 心得ておるな」

「結構な付き合いですから」

「うむ。そうであったな。年寄りの時間は早いが、嗚呼、それでも、うむ、まるで若き時のように長く感じておった。生きていた」

 わしゃわしゃとアルフレッドの頭を、まるで形を確かめるようにかき回すアーク。笑っているようで、どことなく寂しげな貌。

 アルフレッドからはそれが見えない。

「我が生涯で最も美しき旅であった。最も意義のある時間であった」

「……は、恥ずかしいですよ」

「ガハハ、たまに感傷的に成るのだ、老人は。許せ」

 アークは拘束を解き、静かに去っていく。

「アルは愛されてる」

「そ、そんなことないよ。イェレナにも同じくらい――」

「全然違う。アルは素直になるべき」

「……そ、そうかなあ」

「アークは分かりやすい。疎い私でもまるわかり」

「そうかなぁ」

「それにデレデレなアルも分かりやすい」

「……君が分かりにくいだけだよ」

「私も分かりやすい」

 そう言ってイェレナは男らしくアルフレッドの手を握った。

「……普通こういうのは男の方からって相場が決まってるんだけど」

「こなれたもの」

「はいはい。じゃあ宴まで休みますか」

「今夜は寝かせない」

「違うよ、寝られない、だ」

 二人は笑い合って寝室へ向かう。その様子を物陰から窺う一人の少女。赤き髪が如し真っ赤なほっぺを押さえながら「オトナであります」とふらふらあらぬ方へと歩き出した。歳の割りに耐性が皆無なのは父のせいか、はたまたこちら側での教育係であるガングランのせいか、またはその両方か――


     ○


 宴は盛大なものであった。湖のほとりで煌々と立てられた多くのかがり火。そこにはガルニア中から大勢の騎士たちが集まり、美食と美酒に舌鼓を打つ。

 騎士が二人集まれば決闘が始まる、などと昔気質の騎士たちは冗談めかして言うのだが、これがまた冗談ではない。

 何が火種か双方とも忘れたまま、互いに名乗りを上げ剣を打ち合う。

 そして始まる賭け事。

「戦士も騎士も変わらないですね」

「同じ生き物であるからな。名前が違うだけである」

「ですね」

 ちゃっかりアルフレッドらも賭けに参加。イェレナが珍しく熱い(客観的には冷たい)歓声をあげている横で、アークはのんびりと酒を口に含んでいた。

 漢イェレナ、勝負のおこづかい全額投入。

「意外と勝負師ですね」

「違う、アテナ。あれは熱くなってるだけ」

「え?」

「たぶん、イェレナが賭けた方、普通に負けると思う」

「……そ、それは」

 イェレナはしずしずとアルフレッドの元へ歩いてきた。非常に申し訳なさそうな顔である。アルフレッドにはそれが分かる。

「種銭をください」

「駄目に決まってるだろ!」

「けちんぼ」

 分かっていたつもりであった。治療中はあんなにも冷静沈着であるにもかかわらず、賭け事に関してはあまりにも精彩を欠いていた。

「食事が美味しいや。宴もたけなわ。いい時間ですね、アークさん、そろそろ眠たくなってきたんじゃないですか? お年寄りは早寝早起きですし」

「ガッハッハ! 何と言うことは無い」

「さすがですねぇ」

「別にさすがというほどではない。酒は気付け程度、腹も五分目程度に抑えておる。万全であるよ、我は。今すぐでも戦争が出来るほどに」

「……どうしたんですか、アークさん」

 雰囲気の変化に、アルフレッドは苦笑を浮かべる。

 まるでそれは杞憂であってくれ、と願うかのようで――

「だが、卿の言うことも一理ある。そうであろう、皆の衆!?」

 アークの声一つで喧騒が、止んだ。

「宴もたけなわ。そろそろ、締めねばなるまい」

「……宴をってことですよね?」

 何も起きないでくれ、と祈るようで――

「否! この旅を、である!」

 その望みは、明確に絶たれる。

「酔ってるんですよ! そうでしょ、皆、さ、ん?」

 騎士たちは静かに各々の立ち位置に移動する。まるで二人を囲う闘技場のように、円陣状に彼らは展開して、二人の退路を断った。

 困惑しているアテナはガングランが、イェレナはアポロニアが拘束して円陣の外に出した。これで残るのは、二人だけ。

「な、んで、どういう、ことですか?」

「アルフレッド・レイ・アルカディア! よくその爺を見ろ。そいつは君の敵だ。その男は騎士王、騎士たちの王。今もなお、そのつもりらしい」

 メドラウトなら、そう思ってアルフレッドは期待のまなざしを向けた。彼は優秀で合理的、この不可思議な状況を是とするはずがない。

「君の王道は白騎士に近い。なら、この場に居るほとんどが君の王道にとって、次の時代にとって要らないものとなる。僕は賛同するけどね。戦うだけの戦士や騎士は次の時代には必要ない。同意見だとも」

 彼ならば自分と共にアークを、皆を――

「でも、その男はそうじゃないみたいだ。古い王、旧き騎士たちの、王様。君は、超えねばならない。旧い時代を、踏みつけねばならない」

 止めてくれると、思っていた。

「アーク・オブ・ガルニアスと戦え!」

 信じ難い現実。ありえない、考えてすらいない、状況。

 怖々と、旅の仲間であり、導き手であり、血は繋がっていないけれど、心は、どこかで繋がっていると思っていたアークを、見る。

 その貌に浮かぶは、敵意。それ以上の戦意。

「我は卿を否定する」

 大剣を力強く構えるアーク。其処に、自分を撫でてくれた優しい老人の姿はなかった。ただの戦士、ただの騎士が其処にいるだけである。

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