最果ての島:ブリタニア

 アルミア王国。

 歴史は長く興隆の激しいガルニアにおいては稀有な国家であり、数多くの著名な騎士を輩出し、自他ともに認めるガルニアの優等生である。

 騎士、という文化を育み戦士との差別化を促した意味でも、アルミア王国は騎士誕生の国と言っても過言ではないだろう。ローレンシアから茶の文化を取り入れ、騎士たる者紅茶の一つでも嗜まねばならぬ、とは先代の王の発言である。

 食事もガルニアの中ではマシ。

 景観も劣化ネーデルクス。

 本当に悪くない国である。ただ――

「普通に良い国だったね」

「普通によかった」

「私も訪れる度に思います。良い国だなぁ、と。普通に」

 特に突出したものがなく、アテナの伝手で有力者に挨拶巡りをするも特に印象に残る人物はおらず、卓越した記憶力を持つアルフレッドをして存在の区別がつかない珍事が発生した。

 かつては超大国ネーデルクスの文化を積極的に取り入れていたガルニアの異端児も、今となってはただのテンプレ国家となってしまっていたのだ。

「まあ、どこかで見たことある、が多発するほどガルニア全体にアルミア王国の影響が伝播したんだろうね。良い国だったよ、普通に」

 アルミア王国をそこそこ満喫し、アルフレッドたちはアテナの父が治めるブリタニア王国へと足を向けた。ガルニア最大の大国、どれほどのものなのかとアルフレッドは少しワクワクしていた。


     ○


「アテナ様御帰還!」

 巨大な跳ね橋の前に居並ぶ重厚なる騎士たち。兜に隠れて表情を窺い知ることは出来ない。整然と並び、アテナの登場と同時に全員が平伏して道を作る。

「……ご苦労様です」

「もったいなきお言葉。我らのことなど意に介する必要はございません」

 アテナの複雑な表情に視線を向けることなく、騎士たちは平伏し続ける。それは無言で進めと命じられているような、嫌な雰囲気がまとわりつく。

「アル」

 城下町から此処まで、同じような空気がまとわりついてきていた。イェレナはたまらずアルフレッドに声をかけた。

「しっ。全員、聞き耳を立てているから」

 不穏な気配を感じたイェレナをアルフレッドは押し留める。分かり切っていることであったが、騎士たちにはアテナに対する忠義も客人を迎え入れる温かみも無かった。ヴォーティガンの遺言だからそうしている。

 彼らの全身がそう語る。

 お前たちは我らの主ではない、と。

(それにしても、大国って聞いてたけど、正直城下町の雰囲気はアルミア王国の方が栄えている印象だった。ただ、この城はやばい。誰が作ったのか知らないけど、畏怖させるために建造したとしか思えない造形。あと、場所が雰囲気あり過ぎ)

 巨大な跳ね橋を介してしか辿り着けぬ異形の王城。跳ね橋の下はかすかに川が流れている音がする程度。入り組んでいるのか下は見えない。

 魔王でも住んでいるのか、と思えるような光景が広がる。

(ま、でも、気圧されるだけってのもなぁ)

 居心地の悪そうなアテナを、そんな彼女を見ようともしない騎士たちを、そして何よりもこの景色を作った者には負けたくない、と器は思った。

 だから――

「胸を張れ、アテナ。君は王女で、俺は王だ」

 アルフレッドは笑った。鉄の笑み、仮面の如し笑み。

 騎士たちは一斉に顔を上げる。

「通るよ」

 黄金の光とその奥にちらつく鋭い黒き殺意の奔流。誰もが見惚れる笑みを張りつかせ、何一つ楽しくもない景色を前に彼はただ笑って歩んだ、それだけ。

 それだけで騎士たちは冷汗が止まらない。

「……卿は、何者、ですか?」

「だから言ってるだろ? 王だって。未来の、ね」

 アテナは信じ難いモノを見る眼でアルフレッドを見つめていた。

 彼女の知る少年は大人びていて、それなのにどことなく子供っぽい、普通の少年だったのだ。あれだけ剣を教えてもらいながら、ガングランの発言にやはりどこかピンと来ていなかった。今は分かる。この人は、傑物なのだと。

 皆が特別扱いする理由、その一端。

 父がかつて言っていた。本物はひと目でわかる、と。

 かつてはアポロニアも持っていたモノ。今は失ったモノ。否応なく人を巻き込む引力。理由なく、意味もなく、世界すら飲み込む輝き。

「……ガルニアスを超える大器。大ヴォーティガン様にも比肩し得る、この歳で、ありえぬ。何だ、この化け物は」

 多くの時代を知る老騎士は有無を言わせぬ存在感に、かつて仕えたガルニア最強の男を思い出していた。誰も勝てなかった、あの眼を持ってようやくアークが届いた、彼が信じる唯一の本物、最強にして最高。

 だが、その記憶が、大事にしまっていた想いが、塗り替えられそうになる。

「……すごい、ですね」

「笑いなよ、アテナ。苦境こそ笑うんだ。過去に縋るしかない彼らを笑い飛ばしてやれ。笑顔は武器だよ。敵こそ笑みで、殺すんだ」

 敵対した者に対する笑みがこれほど圧を放つとは、アテナの想像にもなかった。間違いなく彼は笑み一つで自分が何をしても、何をしようとも揺らぐことのなかった騎士たちを一斉に揺らしたのだ。ちょっとした気まぐれで、彼は出来る。

「ガハハ、ってね」

 くいっと悪戯っぽく口角を持ち上げるアルフレッド。

 器の違いをまざまざと見せつけられ、何故だろうか、彼女の中に嫉妬の炎が揺らめくことは無かった。あれだけ狼の子を妬んでいた自分が、今の狼の子すら持ち得ぬ光を前に別の気持ちを抱いている。

 それに気づき、アテナもまた笑みを浮かべた。

 それは王の付き従う騎士の笑み。

 これもまた気持ちを押し留める仮面であった。


     ○


 その様子を見ていたメドラウトは、いつの間にか生まれていた次代を担う旗手候補の雰囲気に苦笑いを浮かべていた。あの少年は父と同じよう賢しく、その上で父よりも器用なのだろう。騎士たちが求める王の像、そこに彼なりのアレンジを加えて近づけた雰囲気。求める姿に成れる器用さ、多彩さが彼の武器なのだろう。

「生き急いでるけど、そうは見せない懐の深さがある、か。戦場さえ間違えなければ黙ってても上に往く人材だろうね。問題は――」

 細身の体から立ち上る武威。それなりの修羅場を潜っているのだろう。

「間違った戦場でも勝つ気満々ってとこかな?」

 そう見せているとはいえ、そもそもあの若さでそう見せることができる時点で相当生き急いでいなければ無理であろう。趣味が戦争だった姉と比較しても遜色がないレベルに達している。平和の時代、どう生きたらこう成れるのか――

(質問したらどんな貌するかなぁ。まあ、小動もしないんだろうけど)

 あの世代では乱世においてすら破格であろう。

 だからこそ危うい、とも言えるのだが。

(あれだけ強い雰囲気だ。大勢引き寄せるだろうね。正しい道であろうと間違った道であろうと、君なら羊の群れを谷底に叩き落とすことも容易いだろう。素晴らしいと思うと同時に怖いとも思うよ。姉さんは、好きだろうなあ)

 メドラウトは苦笑して威嚇のために仮面を被る少年から視線を外す。

(あの男が導いて、姉さんが此処に寄越したってことは、あの二人の眼には適ったってことだ。ただ、それが正解とは限らない。二人とも間違えて導いた経験者なわけで。それを言ったら僕もだけど、まあ、多くの目を通してみる分には損はないさ。僕は僕の眼で見極めるとしよう、どういう器か、を)

 身を翻して玉座へと向かう。

 大国ブリタニアを統べる王として器を出迎え、彼の出方を待つ。

 そして見極める。

 彼が父同様ローレンシアの王になるというのなら、彼の進む先次第でガルニアの在り方も変わってくる。不干渉としても零れ落ちた人はこちらに流れ着くしかない。その数が多くなるか少なくなるか、それはあちら側次第なのだから。

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