最果ての島:王道の特異点
レオンヴァーンは一にも二にも武が中心の国家である。国民の全てが生産活動などと並行して武を修めている。少数国家でありながらぐんを抜いた戦闘力を誇り、レオンヴァーンとやり合うのは割に合わない、とガルニア随一の大国に君臨していた時の大王、大ヴォーティガンに言わしめたほどであった。
その中でも選りすぐりの騎士たちとくれば――
「はー、皆さん強いですね」
「い、嫌味ですか?」
「違うよアテナ。本当にそう思っているんだ」
アルフレッドは幾人かと寸止めの稽古をし、その全てに勝利していた。笑みを崩さずに圧倒、アテナや戦った者も含めてそう思っただろう。そう見せているだけであり、思った以上に苦戦した胸の内を知る者はいない。
想像以上の手応え。しかも全員が全員、別の戦い方であった。
「レオンヴァーンの剣は家の数だけあると思ってください。父子がそのまま継承する技もあれば、改良して別の技とすることもあります」
その中でも頭一つ強いこの女性は、ユーフェミアの従妹に当たる方であった。
レオンヴァーンの直系、雌獅子として生まれた者は雄獅子とは異なり戦場に出ることはほとんどない。国家の守り手であり、家を守るのが雌獅子の役目であり、剣の継承もまた彼女たちの役割であるのだ。
「レオンヴァーンに連なる者以外に私が技を教えることは出来ません。無論、実戦で使用したものを見取るぐらいは構いませんが」
彼女は家長代理として戦場に出たユーフェミアの代わりに、その役目を引き継いでいた。レオンヴァーンの剣、そのほとんどを修めた彼女の剣はまさに玉石混交。一攻一守の護剣など理に適ったものもあれば、剣を手元で常に回している曲芸じみた技も混じっている。ただ、その膨大な技を修めている彼女は――
「ここ!」
強い。
「ぬッ!?」
アルフレッドの決め手に対して曲芸でのカウンター。剣を回転させながらアルフレッドの剣をそらし、加速した回転によって剣で斬りつける。
もう少し彼女自身に力と速さがあれば、アルフレッドは反応することさえ出来ぬままその命を終えていただろう。タイミングとシチュエーション次第で曲芸が最善に化けることもある。独特過ぎて読み合いにならないのも厳しいところ。
「おお! あの少年、指南役に勝ったぞ!」
「若いのに大したもんだ」
「し、ししょう!」
「んなッ!?」
とてとてと愛くるしい仕草でアルフレッドに近寄ってくるユーウェイン。満面の笑みで「そう、俺が師匠だよ」と剣を教え始めるアルフレッドを見て、アテナは悔しそうに地団太を踏んでいた。そして気づけば――
「ユーウェインはもう少し踏み込みを深く! アテナは剣を振る時に身体が開き過ぎている。最初は窮屈に感じるくらいで良いんだ。そう、その調子」
二人ともアルフレッドに剣を教えられていた。
その教え方を見て獅子の国の武人たちは剣への認識、その差に興味を向けていた。アルフレッドの指導は細かく、一つ一つの動きに意味を持たせようとするもので、普段彼らが意識せずにやっていることであっても、全てが言語化されていた。
意味を知れば意識が変わる。意識が変われば見え方が変わる。
見え方が変われば攻防のレベルが上がってくる。
「なるほど。勝てぬわけですね」
ユーフェミアはその光景を見て戦慄を覚えていた。当たり前のように意味を説き、本来長い時間をかけて、実戦を経て、学ぶ戦い方を小一時間でユーウェインとアテナに叩き込んでみせたのだ。武にすら理を、式を求める姿。
そこに彼女は『あの日』の怪物を見る。
○
城内の円卓で食事を取るアルフレッドたち。ユーフェミアを始めユーウェイン、その母、指南役などが食事を共にする。
「――姓はねえ。旅の武芸者だった。噂に名高い天獅子を討ち取ろうとして、まあ、逆にへこまされたわけだ。何度もな。食い下がった理由? んなもん、聞くな。とにかく、私はユーウェインを育ててあの野郎をぶっ倒す、そんだけ!」
子獅子の母から放たれた不穏な発言。されどそれに対して意に介す者など誰もいなかった。とうの息子がまんまるの顔でニコニコ笑っているのだから本気にしても仕方がない。照れ隠しの一種だとアルフレッドたちも理解する。
「どこぞの馬の骨とも知れぬ女ですが、気骨と腕っぷしはそれなりに評価出来ました。あの子の種であれば問題ないでしょう。現にこうしてすくすくとかわいらし、ごほん、たくましく成長していることですから。昔のユーリそっくりね」
でれでれの伯母、ユーフェミア。こんな状態でも稽古中は鬼と化すのだから獅子の系譜は一筋縄ではいかないのであろう。
「……ねむいであります」
「んじゃ、私らは先に部屋戻らせてもらうわ」
息子を担いで一礼もせず円卓を後にする女性。
その背にユーフェミアはため息を重ねた。
「あとはもう少し礼儀が成っていれば良かったのですが」
レオンヴァーンは強さを貴ぶが礼儀を軽んじているわけではない。ただ、それをいち旅の武芸者であった彼女に求めるのは酷であろう。分かっているのだが、人の感情とはままならぬもの。曲がりなりにも獅子の母であれば――
「さて、騎士王から一つ、貴方に話すよう言伝を授かっております」
「そうなのですか?」
「ええ。何の役に立つかは分かりませんが、『海王』リクハルドについて知ることを私の口から伝えて欲しいそうです。ご存知ですか?」
「名前だけは。確か、最終戦争で戦死されたヴァイクの王、ですよね?」
「そうですね。私は彼と同じ場所の防衛を担っていたので、それなりに話す機会があったのです。まさか、あんな大軍勢が押し寄せるなど誰も想定しておりませんでしたし、のんびりと話していたものですよ」
「はぁ」
「ゲハイム、いえ、エルンストですか。彼が絡まなければリクハルドは非常に聡明な男でした。彼の望みは唯一つ、ヴァイクを世間に一流国家として認識させること、その一点でしたね。王としてひとかどの人物ではありました」
アルフレッドは訝し気な表情でユーフェミアの話を聞いていた。これが今の自分になぜ必要なのか、まったく理解できなかったからである。
「そんな彼が狂った最後の一押しは、太陽騎士、ゴーヴァン・オブ・ウェールズの蹂躙劇でしょう。あれの戦争は、烈日のそれに似ています。全てを焼き尽くし、草木の一つすら残さぬ蹂躙。我が兄とその盟友もぼやいておりましたよ、あの御方と戦争をすると行き着くところまで行くから嫌いだ、と」
「……想像したくないですね」
「私もです。そうしてネーデルクスはヴァイクから、海王から陸を奪った。それが決定打ではあります。ですが、ヴァイクの分岐点はもう少し前にさかのぼるそうです。ローレンシアにヴァイクの力を示すため、彼はある切り札を得ようと密かに画策しておりました。海の民である彼らだからこそ適う、新たなる地平線のために」
「新たなる地平線?」
「暗黒大陸です」
アルフレッドは大きく目を開けた。イェレナも神妙な面持ちで聞いている。
「真央海を越えた先に横たわる巨大な異文化。それらとの交流、いえ、交易を確立し、それを持ってローレンシアにヴァイクを認めさせようとしたのです。それはまだ、彼が海王を継ぐ前からコツコツと進めていた一大事業でした」
「……暗黒大陸に、交易の余地がある文明があるのですか? その、何分、資料が全く無いので全然知見が無くて」
「私もありません。あくまで彼から聞いた、そうですね、与太話だと思って頂ければ。暗黒大陸には大小さまざまな国があるらしいのですが、その中で最も巨大な国家があるそうです。名を、エスケンデレイヤ。国土はガリアスよりも遥かに広大で、歴史に至ってはローレンシアのどの国よりも深い、らしいです」
「……まさか。それほどの国がありながら、どうしてローレンシアと今の今まで交流が無かったのですか? 理に適わない」
「文化の違い、あとは言葉の違い、と彼は言っておりました。それらを解さぬガリアスが有望な百将を伴い遠征し、エスケンデレイヤの戦士たちに蹂躙されたのを彼は横目で見ていたそうです。急ぎ過ぎ、だと笑っておりました」
「すでにガリアスが動いて、そうか、だから伝わっていないのか。封じていたんだ、ガリアスの、超大国の失態を世に広めないために」
「彼は言葉の壁を取り払うために、現地で彼らの言語を学ぶ傍らいくつかの部族に自分たちの言語を教えていたそうです。これは余談になりますが、ヴァイク自体訛りが強く、よく海賊言葉、蛮族語と揶揄されております。リクハルドはそれを嫌い、自分やその部下たちにはガリアス基準の標準語の使用を徹底させていました」
「ああ、それなら俺も知っています。ガリアス、アクィタニアが接する蛮族たち由来の訛りですよね? 彼らの一部が海に出て海の民、ヴァイクと呼ばれるようになった、とネーデルクスの文献で読みました」
「ええ。その通りです。そんな長年の苦労の甲斐あって、エスケンデレイヤともそれなりの関係を築き続けた矢先、全てが瓦解することになります」
「……何があったんですか?」
「エスケンデレイヤには十人の戦士長がおり、彼らはこちらで言うそれこそ筆頭将軍ほどの権力を持つそうです。強さを何よりも重んじるかの国にとって重い役職、そこに、一人の男が就任しました。暴虐の戦士、アスワン・ナセル」
何故か、名を聞いただけでアルフレッドの肌がひりつく。
「彼は戦士長に就任してすぐに、ヴァイクたちがやってくる港へ赴き、交易に関する交渉のためやってきたヴァイクの商人たちを虐殺し、港そのものを破壊したそうです。交流のあった部族もいくつかは、自国の民であるにもかかわらず滅ぼされ、リクハルドの長年の夢は脆くも、崩れ去りました。たった一人の怪物の出現で」
「それは、やり過ぎですよ。そんなことがまかり通るはずがない。いくら力があっても、強くても、あまりにも横暴が過ぎる」
「私も同じ反応をしました。彼曰く、其処が文化の違いだそうです。強き者の言うことは絶対。最も強き者こそ、国を統べるべし。その時点ではまだ戦士長、その上がいたそうですが、リクハルドの見立てでは早晩、トップが入れ替わるだろう、とのことでした。つまり、全ては海の藻屑と消えた、と乾いた笑みを浮かべていたことを今でも覚えています。長年の夢が潰え、拠り所であった陸地を追われ、藁にも縋る思いで彼はゲハイムの、エルンストの手を掴んでしまった」
「……そんな、馬鹿げている」
「虚構の希望を抱いて彼は散った。最終戦争の最中、突如現れた大軍勢、地平を埋め尽くさんばかりの圧倒的数の暴力。ですが、私も彼も、その奥に鎮座する怪物にこそ怖れを成した。敵も味方も支配する雰囲気、白騎士の存在に。大軍勢を前に、少しでも抗戦すべきと剣を握り特攻していったゲハイム勢、私は守るべき場所を明け渡し虜囚と成った。無様でしたが、後悔していません」
最終戦争の裏側、進撃する大軍勢の足を止める方法など彼女たちには無かった。無為に死を招く抗戦など無意味、大した時間も稼げないと言ったが、彼らは耳を貸すことなく戦って死ぬ道を選んだ。きっと、少なくともリクハルドは、人生を捧げた事業を失い、目標を喪失し、終わりを求めていたのだろう。
哀れなる王、リクハルドの物語である。
「と、こんなところでしょうか。ちなみにあくまでリクハルドの見立てですが、くだんのアスワン・ナセル、最終戦争時点の黒狼クラス、だそうですよ」
信じ難い話のオンパレード。だが、収穫は大きかった。
(ガリアスが求めた土地。遠征に利があると踏んだから革新王は仕掛けた。結果は惨敗でも、やり方次第で、何か。いや、強さが大事なら、俺じゃ無理だ。ヴォルフさんと同等、本当の頂点相手じゃ、限界を超えたって勝てるはずがない)
ユーフェミアは話し疲れた、と席を立つ。
アテナたちもぞろぞろと客室に戻っていく中、アルフレッドだけは静かに考えこんでいた。今日の話を、自分ならどう生かす、と。
王道に、どうにかしてねじ込めないか、と。
ここで得た点はアルフレッド・レイ・アルカディアにとって大きな意味を持つことになる。それが分かるのはまだ先の話。
それを世界が知るのはそれよりさらに先の話である。
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