最果ての島:レオンヴァーン
アルフレッド、イェレナ、アテナの三人組は馬に跨りえっちらおっちら前進する。見送りはアークとガングランのみ。アポロニアは顔を出すことなくアテナはしょんぼりしていたが、どことなくあの人らしいとアルフレッドは苦笑していた。
そんなこんなで旅立ちからいくばくか――
「随分とこう、遊びの無い行程だね。もっと色々回ってみたいんだけど」
「申し訳ございません。私に力があれば色々と案内できるのですが、ガルニアはあまり治安が良くないのです。客人を巻き込んではならぬと厳命されまして」
「……何故、治安が悪いんだい? 争いなんてなさそうなのに」
「逆です。今のガルニアは争いに満ちています」
牧歌的な景色が広がる平和な光景。其処が争いで満ちているなど悪い冗談のように聞こえた。しかし、アテナの困り顔は真実であると物語っている。
「お父さまはこの地を終息の楽園と称しました。居場所を失い、終わりを求めるモノが集まる場所なのだと。迷惑な話ですが」
「……居場所を、失った者たち」
アルフレッドの脳裏に浮かぶのは鉄の国に至るまでまみえた数多の戦士たち。
ドーン・エンド。
「今のローレンシアならば、戦士」
「イェレナの言う通りです。はた迷惑なことに居場所を失った戦士たちがこの地に来て日夜殺し合いに励んでおります。良くないのは、お父さまも含めて王たちが戦争を推奨していること。傭兵として雇い入れ、どこもかしこも戦争です」
「楽園、か。地獄の間違いじゃないのかな」
アルフレッドがこぼした言葉にアテナは頷く。
「私には分かりません。お父さまたちの考えが。私も幾度か戦争に参加しておりますが、無意味な殺し合いに辟易してしまいます」
「より良き戦場での死、強き相手とまみえ、果てることこそ戦士の誉れ」
「……アルフレッドさんは理解出来るのですね」
「いいや、まったく。でも、そんな考え方もあるってことを、知ってるだけ」
彼らの同類がこの地で日夜殺し合いをしている。戦うために戦い続ける。狂った獣道を直走り、魂の髄まで戦に侵された哀れなる存在。
アルフレッドは遠くを見る。のどかな景色の先、戦いに囚われた獣たちが蠢いているというのだ。今後のことを考えたら断ち切りに行くべきでは――
「略奪はあるの?」
「いいえ。ゼロではありませんが、規則として縛ってあります。それを周知徹底させるのが我ら騎士の役割ですので。戦いの場、死に場所を与える代わりに、極力生産活動に影響は出ないようにする、ならば受け入れねば良い、とも思うのですが」
「そっか。本当に、死に場所なんだね」
騎士たちによって統制された戦場。人間の進歩に何ら寄与することなく失われていく人命。いや、アルフレッドはもう知っているのだ。
彼らの大半はすでに死んでいるのだと。
「まずはレオンヴァーンの領地に赴きましょう! 私の弟子がいるのです!」
「……あの人の!」
「誰か家人をご存じなのですか?」
「う、うん。少し、ね。ご存じというほどの知り合いではないけど」
「なるほど、楽しみですね。では参りましょう!」
「「おー!」」
「……の、ノリがいいですね」
「アークさんに鍛えられてますから」
「ゼノとルドルフにも」
「だねえ」
「お、おお! 夢にまで見たビッグネームが。道中、い、色々とお話をお聞かせいただけますか? 私、今度は騎士としてローレンシアに戻るのが夢でして」
「別にいいけど、たぶん騎士には役に立たないと思うなあ」
「……騎士関係なしに、興味がありまぁす!」
「素直なよい子」
よしよしとばかりに慈愛の視線を送るイェレナと、照れながら嬉しそうにはにかむアテナを見てアルフレッドはしみじみ思った。
(この子、本当に同世代なのかなあ?)
きっとこの子の頭の中は空っぽかお花畑が詰まっているに違いない、と失礼なことをアルフレッドは考えていた。おそらく、それは間違っていない。
○
レオンヴァーン王国。ガルニアの中でも比較的小国ながらその武勇は全土に轟いており、彼らは低く見るガルニア人はいないと断言できる。
その理由の一つが――
「この国の人口、そのほとんどがレオンヴァーンの縁者なのです」
「……大家族」
「な、何でそんなことになっちゃったんだろう?」
「ふふ、理由をお教えしましょう!」
でんと無い胸を張るアテナ。その見るも無残な姿にアルフレッドは静かに天を仰いだ。それを横目にイェレナは真顔で――
「てんちゅう」
「ぐがっ!?」
「どうされました?」
こっそりと死角から服ごと身を抓り男アルフレッド情けなくも悶絶し落馬。華麗な着地はどこへやら、べちんとうつ伏せで地面に叩きつけられる。
「本当にどうされたんですか!?」
「気にしなくていい。当然の報い」
「……ごめんなさい」
轟沈したアルフレッドはいそいそとウィル二世に跨る。残念な人物を見る眼で愛馬にも哀れまれ、王の器の名が廃り切っていた。
「んー、よく分かりませんが続けますね! 獅子の一族が此処に居を構え、男女問わず武人が挑戦にきます。で、バッサバッサと挑戦者を打ち倒し、女は孕ませ男は孕まされ、あれよあれよという間に国が出来たそうです!」
「野性的」
「獅子の国ですから! 婚姻を賭けた決闘は双方の同意があるので当然和姦です」
「昼間っから飛ばすよね、ガルニアには慎みが足りないと思うよ」
「……はあ?」
この人何を言っているんだろう、という純粋な疑問符を大量に浮かべたアテナ。イェレナは「人の乳を盗み見る男よりマシ」と辛らつな言葉を放っていた。
「ガルニアスに併合され大遠征に参加、エスタードの地でユーヨーク王が戦死、後継者であるユーウェイン様もまた行方をくらまし、一度は完全に滅びた国ですが、今も代理の女王として君臨されているユーフェミア様によって再びこの地に国家が樹立し、獅子たちが集まったのです。模擬戦をしましたがめちゃくちゃ強いです」
「負けた?」
「サー・ガングランが引っ繰り返してくれました」
「あはは、あの人絶対強いもんね」
「強いです。生まれてこの方寝込みを襲っても勝てたためしがありません」
「騎士なら正々堂々やろうよ」
「はて? 騎士だからどんな手でも使うのでは?」
純粋培養のガルニア人とはかくも修羅の申し子なのか、とアルフレッドは驚嘆する。先ほどからちらちらと値踏みの視線がするのも異様であった。
「線が細いなあ。才能は感じるんだが」
「もう一人の方が特殊だが、いい血な気がする」
「アテナ様の連れだ。手を出したらあれが出てくるぞ」
「ああ、あの親馬鹿ね」
じっとりとした視線。普段は泰然としているイェレナもどうやら視線を嫌がって久方ぶりの鳥人間フォームでシャットアウトする。
「おお、アテナか。久方ぶりですね」
「ユーフェミア様!」
奥の城からではなく背後から馬を走らせ現れた一団。規律があり力がある群れ。精強なるレオンヴァーンの騎馬隊、それを率いるは女王代理であるユーフェミア・オブ・レオンヴァーンであった。何故か血まみれである。
「そちらは、ええ、昨日鷹が伝えてくれましたよ。アルフレッド・レイ・アルカディア。ふふ、我が名はユーフェミア・オブ・レオンヴァーン。この国の女王代理であり、貴方の父にコテンパンにやられた者です。以後、よろしく願いますね」
アルフレッドに視線が一気に集まってきた。強烈な敵意、そして白騎士の息子という血への興味。獅子の女たちは臨戦態勢であった。
「ちょ、え、と、お初にお目にかかります!」
じりじりと各々得物を取り出し刈り取る構えに怯えるアルフレッド。
「こら、駄目ですよ。あの男の息子でも客人ですよ。やるなら人目につかないところでやりなさい。分かりましたね? 出国辺りがチャンスです」
「承知!」
散開する女たち。罠の準備でも始めるつもりなのだろうか。アルフレッドの背筋に大きな悪寒が奔る。今すぐに逃げ出したい気分であった。
「珍しいですね、ユーフェミア様がお戯れになるなんて」
「最終戦争、何もさせてもらえなかったから」
「私怨じゃないですか!?」
「私怨ですが何か?」
「……ガルニア人とは合わない気がしてきた」
うな垂れるアルフレッド。それを見てご満悦のユーフェミアの背後からひょっこり少年が顔を出していた。少年も血まみれ、可愛らしい剣を握っているがそれも血濡れである。どことなく、誰かに似ているような気が――
「ししょう!」
「あ、あれが私の弟子ですよ! ユー君です!」
「ユー君?」
「私の甥にあたるユーウェイン・オブ・レオンヴァーンです。母親は其処で退屈しのぎに部下と喧嘩を始めた馬鹿者でして。腕っぷしは良いのですが、まあ、頭は御覧の通り。外部の人間で、ユーリに挑戦し幾度も跳ね返されながら付きまとい、根負けした私の可愛いユーリが情けで抱いてやったアバズレ、ごほん、クソ女です」
「ははうえはアバズレ?」
「おいクソババア! 私の可愛いユーウェインに変な言葉教えてんじゃねえ! そいつはユリシーズをぶっ殺して頂点に立つ子だぞ!」
「ハァ!? おま、その前に八つ裂きにしてやろうかアァ!?」
「上等だゴラァ!」
「けんか、やであります」
「「嗚呼~」」
一瞬で雰囲気を変じた二人は、二人してユー君ことユーウェイン君に頬ずりをしてキャッキャウフフの空間を作り出していた。部下たちは真顔。アルフレッドたちも当然真顔。アテナだけが参戦したそうにウズウズしていた。
「ねえ、俺はもうこの国充分満喫したかなーって」
「私もお腹いっぱい」
「おにいちゃんたち、かえっちゃうでありますか?」
まんまるの紅顔が哀しそうに歪んだ瞬間――
「お兄ちゃんは帰らないでちゅよー!」
「お姉ちゃんも帰らない」
正気を保っていたはずの二人も、堕ちた。
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