夜明けのネーデルクス:星の離宮へ

「……なんと、こちらも相変わらず、か」

 カリスを拘束したクンラートたちが見たものは誰一人殺されることなく地に伏せるカリスの用意した精鋭たち。一人一人が程度の差はあれ神の槍を修め、群れとしては最上級の統率と実力があるはずだったのだ。

 実戦経験が欠けている、そういうレベルの話ではない。

「信じられん」

 カリスは絞り出したかのような声を出した。決して驕っていたわけではない。厳選し、時間をかけ、高度な教育を施した子供たちなのだ。

「うひゃあ、これ、ラインベルカさんかぁ。声が出ないや」

「まさに戦術レベルですね」

 戦闘と応急処置を終えたアルフレッドたちもまた中庭に広がる景色を見て声を失っていた。これをただ一人が成した、もはや事件である。

「……君は、あの子に勝ったのか? たった二人で?」

「次にやったら勝てませんよ。ただ、次はないですが」

 カリスはどういう表情をすればいいのか分からなかった。間違いなく、彼は傷を負うまで、敗北を知るまではシャウハウゼンであったのだ。敗北を知り、勝てぬ現実に鬱屈した想いを秘めていたのは知っていたが、それでもこの若者に負けるとは思わなかった。一線級の武人であったカリスが、眼前に居てなおそう思う。

 しかし、結果はこの少年の勝利である。

 イヴァン・ブルシークをちらりと見て、カリスは首を振る。彼のことは幼少期から観察済み。勝負にならないし、あの子と同じ脆さがあった。格上には絶対に勝てない、足掻けないメンタリティ。惜しい、とは思っていたが。

(いったい、彼は何者だ?)

 手傷を負っているのは見受けられるが、表情から察するにそれほど程度の大きな怪我ではないのかも――

(本当に、何者だ、この少年は)

 一瞬、医の重鎮であるカリスの眼をも欺いた笑顔。だが、カリスは包帯の下の激しい損傷を見抜いていた。拳が、歪むほどのダメージ。

 巧く使えぬ程度であれば治療は充分成功。回復し切らず人体が不要と判断し腐り落ちる可能性もあった。いや、現状ではそちらの方が高い可能性も。

「陛下、彼を診る許可を。私が治療を施しましょう」

「いえ、お気遣い結構。優秀な専属医がいるので大丈夫です。この『先』を見れないのは残念ですが、貴方方は絶対に見た方がいい。多少なりとも血が流れた戦いの結末、見えないところで終わりましたは許されないでしょう?」

 仮面の下に浮かぶ瞳の奥、其処に揺蕩う光にカリスもクンラートも何か気圧された気がした。大人と子供、カリスから見れば孫のような年齢差。

 そんな少年相手に彼らは――

「イヴァンも見てくるといい。俺は一人で大丈夫だから」

「し、しかし」

「眼をそらすなよ。しっかりと負けてこい。『次』はその後、だろ?」

「は、はい」

 主従。主に余裕が無いからなのか陰影が濃くなって際立つ関係性。全てにおいて水準以上にこなす男であったが、反面全てが希薄であった男。それが生まれでも、国家でも、おそらくはそれほど長い間柄でもない男を主と定めている。

「それでは皆さん御機嫌よう。皆にとっていい夜明けであることを祈ります」

 鉄の仮面から零れ出る『王』の雰囲気。

 背中が雄弁に語る。少年がただの人ではないことを。

「そうか、そういうことか。白の王め、最初から『次』までは決めていたのか。アルフレッド・フォン・アルカディア。ああ、知っているとも。ローレンシアの君主ならば誰もが知っている。白騎士の息子が天才であることを。短い期間でテイラーを理解し、商会一つを潰したことも。あえて外に出して、ローレンシアを学ばせているのか。何のために、愚問だな。それこそ見ればわかる、だ」

 クンラートは自らを助けてくれた少年が、いつかの敵であることを理解した。とてつもない難敵である。あの年であれほど自分を律し、心身をコントロール出来ている者などいない。白の王の影響で天才は怪物の卵へと変貌した。そしてローレンシアによって彼は孵化しようとしているのだ。

 凄まじい成長速度。同じ経験であっても吸収速度が違い過ぎる。今の彼は若くして歴戦の経験と深い知見を兼ね備えている。歴戦の将を彷彿とさせる後姿。まるで十年、二十年、戦いに明け暮れたような純度を感じる。

「カリス、楽に死ねると思うなよ。余は貴様を死ぬまで使い倒す」

「……我が三貴士が敗した時は」

「悪いがカリス。余は余自身に自信はないが、我が三貴士には絶対の自信があるぞ。何しろ余の目利きではなく、ジャンが、アナトールが、リュークが、マルサスが、黄金時代を知る古強者たちが認めた逸材だ。勝つとも、確信がある」

「私の三貴士とて黄金時代を知る私とその名残であるオリフィエルが認めた者たち。負けませぬよ。確信なくば国家に弓など引きませぬ」

「言ったな、では賭けよう。余かお前か、国家の明日を占う賭けだ。ルドルフはああ言ったが、この国は馬鹿の集まりだからな。やはり三貴士あってのネーデルクスだ。無論、全てを担わせる気はないぞ。奴らにはただ純粋に武を、背負ってもらう。強く在る、それだけを求めよう。それ以外は余らが担えばいい」

 クンラートの眼を見てカリスは静かに頷いた。ルドルフによって道化の真似事をしていた男は王と化した。祭り上げられるだけの才覚はある。白の王や諸外国、内側の敵に挟まれてなお踊り切るバランス感覚もあった。

 最後の覚悟、自覚をルドルフがこの国に返してくれたのだ。カリスにとっては失敗であった神の子も、この国にとっては満更失敗ではなかったらしい。

「さあ、楽しい楽しいギャンブルの時間だ。余は親友のせいで賭け事には負けた記憶しかない。それでもあえて今日、我が椅子も含めて賭けよう」

「豪胆な賭け方ですな」

「よく下手くそって笑われていたよ」

 クンラートとカリス、朗らかな雰囲気の会話であったが、武人であるイヴァンとハンナは張り詰めたような雰囲気を感じていた。

「さて、見物と洒落込もうか。イヴァン、ハンナは余の護衛を頼む。カリスも不自由であろうがしばらくはそのままでついてきてもらう。子供たちが心配ではあろうが、治療は全てが終わってから、だ」

「……治療が必要な子など、此処にはほとんどおりませんよ」

「……そっかぁ。そんなに強かったっけ、ラインベルカって」

「一枚落ちる印象だったのですが、どうやら知らぬうちに化けたのでしょうな。理由は知りませぬが、世界の高さをこれでもかと知らしめられた気分です」

「余の三貴士ならばいずれは届くぞ」

「いずれで良いのならば我が三貴士も同様でしょう」

 彼らは戦いの地へと赴く。

 全ての決着は知らぬ間にたった六人の手に委ねられていた。


     ○


 龍の槍と神の槍の戦いは誰にとっても見応えのある派手な戦いであった。全撃必殺を謳う龍の牙は天地どちらにおいても必殺であり、その必殺を捌き切る神の槍も足先から頭の先に至るまで何一つ無駄がない。

 技と技、才能と才能が衝突する。

「ハハ、やべえな、ちょっと、やべえ!」

「語彙が貧弱だね。でも、同感だ!」

 高め合う両者。互いに天井が毎秒、更新されているのが分かる。

 今までいなかった。ここまで噛み合い、そしてここまでついて来れる相手が。神の槍が魅せる時のズレ程度に惑わされる程度の輩ばかり。同じ時間軸にいた神の槍を修めた者たちもここまで食らいついてきてはくれなかった。

 二人は笑い合う。知り合ったばかりの間柄。互いの何かを知るわけでもない。それでも彼らは感じたことのない居心地の良さに浸っていた。

 もっと、もっと、何処までも――

 龍はさらに躍動し、神はどこまでも超越する。

「まだだ! もっと『先』へ!」

「それも同感」

 蒼き光が二人の間で爆ぜる。


 少し離れたところでマールテンとリューク、マルサスが暗躍していた。馬鹿と煙は高い所へ、馬鹿(龍)らしく星の離宮を戦場に選び、彼らはその戦場周りでこそこそと準備をする。この戦いが彼らだけのものであって良い訳がない。

 本来は御前でやるべきレベルの戦いなのだ。

 ゆえに彼らは考えた。

「火を放て!」

「ド派手にな!」

「さあ、お前の成長を皆に見せてやれ、クロード!」

 無数の燭台に明かりが灯る。夜を照らし返すかのような多くの、そして一つ一つが大きな光が星の離宮を照らしていた。

 ネーデルダムの人々はひと区画だけ照らされた場所を見て思った。

 これはお祭りではないか、と。

「でも、魔人が出るでしょ?」

「それに子供は寝てる時間だぜ?」

「そうだよなあ」

 だが、間違いなく彼らはソワソワしていた。普段気取っているが彼らはお祭りが大好きで、面白そうなことが大好物なのだ。光に照らされた廃墟、星の離宮に何があるのか、知りたくなるのがネーデルクス人の性質である。

「そうだ、思いついたぜ」

 誰かが言った。

「皆で行けば怖くねえ」

 誰かが先頭を走る。そして大勢が光目掛けて走り出した。

 久しぶりの刺激にワクワクしながら――


「おいおい。こりゃあ」

「……あはは、凄いね、これ」

 ド派手な演出、屋根の上で戦う彼らの周りに続々と人が集まってきていた。老若男女、眠たい目をこすりながら外出を禁じられていた子供たちはキラキラした眼で見上げる。純粋な好奇心が宿る眼に二人はため息をつく。

「何であのお兄ちゃんの頭にうんこついてるの?」

「しっ! 見ちゃいけません!」

「バッキャロウ! あれは伝説の三貴士、『赤龍鬼』ユーサー様のド派手な髪型だぞ。まさか、もう一度見られるとは、生きててよかった」

「誰このおじさん?」

「しっ! 見ちゃいけません!」

 クロードの奇抜な格好に視線が向かえば――

「曾御爺ちゃんが立った!?」

「ふがふがふがふが!」

「何て?」

「シャウハウゼン様って言ってる気が」

「た、確かに絵で見たことある姿に似ている気が」

 神に似た男の姿にも視線が向く。

「まあ、やることは一緒だろ」

「その通りだ。人に見られるのも、うん、悪くない気分だね」

 そんな好奇心の色が――

「「やるか」」

 一瞬で別の色に変わった。続々と集うネーデルダムの馬鹿たち。

 そして彼らの視線は唯一か所へと集まる。

 槍のネーデルクスにおいて失われた二つの伝説がぶつかる光景へと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る