夜明けのネーデルクス:それぞれの道Ⅱ
三貴士たちがそれぞれの道を直走る中、王宮では政治屋の化かし合いが続いていた。最高会議は開会と閉会の間、王宮を出ることは禁じられている。最高会議という強権に何らかの介入を防ぐためのルールである。
ゆえにマールテンは――
「だが――」
「しかし――」
「されど――」
と要所要所で茶々を入れ、会議を長引かせる発言を重ねていた。
無論、それとなく、分かっている者以外には気づかれぬよう細心の注意を払いながら。議題は軽いものではない。むしろこの上なく重い。だからこそ、カリス以外は気づかなかった。否、気づいたところでどうしようもない。
それぞれの立場が最適解を求めているのだ。議題が重ければ重いほどそんなことに気を割く余裕はなくなってしまう。
それでも当たり前であるが終わりはやってくる。それぞれの立場、派閥の力、様々なことを勘案した時、結局のところ行き着く答えなど最初から決まっているもの。踏み外さぬように、その終着点に軟着陸するための会議でしかない。
長引かせるにも限界はあるのだ。
「では、ひとまず我ら最大会議が王権を代行するということで宜しいか?」
「……異議なし」
親アルカディア派はまとまらず、それ以外はマールテンを推す声とカリスを推す声、様々入り乱れるもやはりまとまらない。結果は御覧の通り、まぜっかえすほどに無難な方へ向かっていくのが人の性質。
誰が立っても角が立つのであれば、誰も立たないのが正解。
「では、お開きですかな」
カリスの言葉にほぼ全員が同意する。
「何を言っておる? 王権を我らが代行することとなったのだ。今しか出来ぬことがあろうよ。なあ、皆の衆」
「公爵閣下。我々も久方ぶりに日を跨いだ会議で疲弊しております。王の行方、魔人の件は現場も動いていることですし、進展があるまでは一度――」
カリスの言いたいことを他の者が代弁する。つまるところこの場全員が一度仕切り直すことを望んでいたのだ。彼が何を言う必要もない。
如何にマールテンが望もうとも――
「くだらぬ些事如き私とて興味はない。陛下の件も今この場で話し合ったところで何も出来ぬのだ。私は言っただろう。今しか出来ぬ、と」
望まぬことは出来ない。
「アルカディアの言っておった港湾の拡張、整備。新造船の件もあったかな。色々積もっておったな。いやはや、失念しておったわ」
カリスの眼が見開かれた。同時に親アルカディア派の顔色が変じる。
「公爵閣下……正気ですかな?」
「正気だともカリス侯。何か変なことでも言っておるか?」
「……国家の行く末に関わることでしょうに」
「ゆえに最高会議で話し合わねばならぬのだろうが」
カリスの表情に変化はないが、明らかに雰囲気が張り詰めていた。ここまでの時間稼ぎに関しては、カリスは存外面白いとすら思っていた。あのマールテンが若手のために道化を演じるなどそうあることではない。
茶々入れ、混ぜっ返す様を見て楽しんですらいた。
だが、その天秤に国益を乗せるとなれば話は変わってくる。
港湾の拡張及び新造船の研究開発。これはクンラートが内々に止めていた案件であった。アルカディアとネーデルクスの立場上、今取引を持ち掛けてもイーブンな交渉にはならない。議題に上げぬことで時間を稼ぎ、少しでも力関係が向上した時に、初めて取り上げようとしていた虎の子である。
アルカディアとネーデルクスが持つ閉じられた海の使用権にも関わってくる重大な案件。クンラートがいない今だからこそ、進められる案件であった。
親アルカディア派にとっては千載一遇の機会。
「……公爵閣下、宜しいのですね?」
派閥の違う若き大公が改めて確認する。
「吐いた唾を飲み込むほど、私は耄碌しておらぬよ」
親アルカディア派、この場の最大派閥である彼らにとっては今しか出来ぬこと。そして王権に関しては一枚岩にならずとも、此処に関しては一枚岩である。
「ふう、さすがはマールテン公爵。ご存知でしたか」
若き大公がやれやれとため息をつく。マールテンは悠然と微笑みながら(?)心の中で首をかしげる。親アルカディア派の諸侯が「やはりヘンドルクス家は違う」「何処に耳があるのか分かりませぬな」「頼もしいような恐ろしいような」などと褒め称えられている。カリスは訝し気にしながらも沈黙を貫く。
「この場に居る我々は『世界地図』を一度は目にしたことがあるでしょう。ネーデルクスの秘匿すべき過去、神狩りの裏で行われていた『失われた時代』の収集。無間砂漠を超えた先、東方諸国の雄、シン国。真央海を越えた先、もう一つの大陸、暗黒大陸。そしてもう一つ、ガルニアを越えて遥か西方、外海の先に座す『新天地』。地図上でしか誰も見たことがない巨大な大陸、それが白の王の目的です」
「……何故、白の王がそれを知る?」
まさか漏らしたのか、という目でカリスは若き彼らを睨む。
「誤解されるな、我らとてアルカディアのために動いているわけではない。それ以前に、かの王にとっては既知であり、我らが知っていることもご存じであったのだ。魔術式ウラノス、シュバルツバルトの深奥、知識の杜を模した天蓋王宮に彼は至っていた」
「革新王か。確かにかの王は白騎士をいたく気に入っていたと噂が」
マールテンは合点がいったとばかりに頷いた。
「知っていたからこそ、其処に在ると確信があったからこそ、白の王は海を求めるのです。皆が東に向いている内に、暗黒大陸への足掛かりを探っている内に、誰よりも先んじ『新天地』のイニシアチブを握るために」
不運もあるが、昨今、白の王の治世は荒れている。創造のためには痛みがあるのは仕方がないのだが、明らかにやり過ぎ、勇み足が過ぎると見られていた。だが、近くにいる者は知っている。彼は本当に重要な部分は市井に気取られず進めていることを。
ならば、正気を失っているわけでもバランス感覚を喪失したわけでもない。
意味があるのかもしれない。
その真意まで彼らは理解できているわけではないが。
「我らはそのパートナーであるべき。しかし、目的が理解出来たならパートナーが我々である必要が無いこともご理解頂けるでしょう? 閉じた海、そして開けた海、どちらとも接点がある国家であれば極論、どこでも良いのだから」
そこに至りようやくカリスやマールテンは気づいた。
彼らがこの議題に固執していた理由が。
「アルカディアは秘密裏にヴァイクと交渉を開始しております。今はまだ、その窓口として我らが、良いことではないと百も承知ですが、陛下にも内密で橋渡しをしています。だが、もうその役割も限界。必要なくなりつつあるのです」
時間制限付きだったのだ。
「何故それを我らに伝えなかった!?」
「我らの口からそれを言って、貴方方は信じましたか!? 傾聴してくださったか!? 答えは否でしょう! 我らとて言いたかった。言わねばならぬと思っていた。マールテン公爵が口火を切ってくれねば、機を逸するところでした」
「……ふむ」
意味ありげに頷くマールテン。知らなかったので完全に予想外な状況である。食いついてくるとは思っていたが、まさかの事態に意味ありげに頷きながら腕組みするしかない。
「感謝いたします。これで我らは先に進むことができる。魔人の件も陛下の件も由々しき事態ですが、我らはやるべきことをやりましょう」
「であれば議事進行は大公閣下に任せるとしよう」
ここでマールテン、見事にぶん投げる。
たぶん、熱の入った彼らの方が時間を稼いでくれるだろうと思ってのことであった。と言うよりも語れるほど見識が無いというのが本音である。
○
「お見事でしたな」
「……ふん、運も実力の内である」
王宮の外縁に立つマールテンとカリス。
夜風が彼らの頬を撫でる。
「まあ、ラッキーパンチは置いておきますが、何故、マールテン殿ほどの御仁が未熟な三貴士に肩入れされるのですかな? 彼らを評価されていたようには見受けられなかったのですが」
「……評価などしておらぬ。現状、三貴士としては論外であろう。陛下が甘やかし過ぎた。まだヴァロ家の小僧の方が立派に勤め上げていたわ」
「であれば何故、彼らのために道化を続けられる?」
「……論外ではあるが、機会は与えてやらねばな。それを望むのであれば多少の肩入れくらいはしてやろう。贔屓はせん。あくまで機会を与えてやるだけだ。貴様の思惑によって敗れ去ったのであれば、それはそれ。その後は陛下同様私も道化を演じてやろう」
カリスはどこまでいってもマールテンという男は変わらないと苦笑する。器用なようで不器用。浅慮なようで深慮。だが、思考は極めてシンプル。
「私の三貴士、きっと閣下はお気に召すと思いますよ」
「やもしれぬ。だが、まずは示せ。偽の功績であろうと何であろうと、表舞台に立たぬ人間を私は評価せぬ。茶番の先で私を納得させて見せよ」
「承知致しました。存分に御覧じあれ」
カリスは恭しく頭を下げる。
マールテンはそれに意に介さずカリスに背を向けた。
「私は戦えぬ。才もなく覚悟も無かった。ゆえに三貴士に、多くの戦士に、憧れを覚えるのだ。戦場に立っていた貴殿には分からぬだろうがな」
「…………」
「貴殿の戦士の奮闘に期待しよう。陛下の戦士の奮闘と同様にな。あの御前試合のような血沸き肉躍る光景を、もう一度見てみたいものだ」
「御前試合、ですか」
「嫌な思い出か? 神対龍、あれほど素晴らしい戦いは無かったというのに」
そう言ってマールテンは去っていった。
「神が、勝ったのだ。勝者こそが――」
残されたカリスは、静かにこぼす。
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