夜明けのネーデルクス:自由への光

 イヴァンは見た。

 ドーン・エンドを相手取って全員を飲み込んだ黄金の気配。あの日、彼は圧倒されたのだ。その雰囲気はない。垣間見えてこそいるが、この地で王の器は自身に王の役割が求められていないことを解していた。

 ゆえに、彼は自身の欲求を優先する。魔人フェランテに対する知的好奇心。尋常ならざる身体能力と痛みを感じないことによる耐久力。

 攻撃のスピードに特化したイヴァンでさえ捉え難き魔人の動き。自由自在、その動きはかの黄金騎士を圧倒する。イヴァンはあの日の衝撃が薄れていくのを感じていた。あの魔人にすら勝てない者に圧倒されてしまった己を恥もした。

 だが――

「おっと」

「ギハ! お前、もう、終わり」

 鎌に剣を絡めとられ、無手となったアルフレッド。魔人は勝利を確信した。イヴァンもまた焦がれた器の滅びを予期した。

「なるほど、俺も固定観念に囚われていたなァ」

 鎌の持ち手に自身の手の甲を添え、それだけで相手の攻撃を封じた。からの真っ直ぐな突き。フェランテの鼻っ柱に弾くような素早い拳に、魔人もイヴァンも虚を突かれた。驚いていないのは撃った当人だけ。

「剣よりも拳。速いのは、こっちでしょ」

 手打ちの一発から流れるような動きで蹴り上げる。顎をこすり上げるような軌道。魔人の顔色が一気に変じる。ギシリと大きな異音を発しながらも、まさに怪物といった人外の動きで蹴りをかわして見せる。

「こんなのもアリ、でしょ!」

 蹴り上げ、空かされ、それを墜とす。かかと落としが魔人の肩を打ち抜く。

「――!?」

 剣でも相当の広さを感じていた。相当鍛え抜いたのだろう、多彩な技はイヴァンにとっても好感が持てるものであった。見事な剣士だ、そう、理解していた。

「なんだ、この、広さは」

 無手になってもその広さは変わらない。むしろ小回りが利く分、多彩な色は増しているようにも見えた。あれだけの剣を使うのに、剣を失っても揺らがない。これほどの拳を使うのに、剣を持っている時はその片鱗すら見せていない。

 固執しない。こだわらない。

「痛みがないんだって?」

「コロスゥ!」

 鎌を振り上げた空間に、あえて体を滑り込ませるアルフレッド。普通なら躊躇する危険地帯にも平然と笑みを浮かべながら踏み込む。魔人の情報は出揃った。ならば迷うことなど何もない。式を解くだけ、卓上か、戦場か、それだけのこと。

「じゃあ、こいつは、どう、だッ!」

 石畳に亀裂が走る。力の奔流、本来発揮することなど出来ない狭き領域で、東方の武が炸裂する。ゼロ距離からローレンシアにおける理外の破壊力。

「――ガァ!?」

 魔人の腹を突き破る勢いで撃ち抜かれた拳。

 弾け飛ぶ魔人は理解が追い付いていない。東方の武を知らぬイヴァンにとっても信じ難い光景であった。あの体で、あの距離で、何故、頭の中に浮かぶ疑問符。

 衝撃的な光景であった。

「手応えあり、だね」

 神の槍は自身の延長線、だからこそ心が折れた。

 これは完全に未知の領域。見知らぬ地平線、悠然と君臨するその姿にイヴァンは可能性を見た。心が躍る。自分を槍にだけ押し込めていた、息苦しさが消える。行き詰っていた、絶望していた、そんな自分にも何か可能性があるのではないかと。

 新しさが其処にあった。今までにない価値観が目の前に広がる。

「あっ」

 吹き飛びながら体勢を整え、そのまま脱兎のごとく逃げ出した魔人。

「本当に痛くないんだ。凄いなあ」

 のんびりとした感想であった。だが、すでに式を解いてしまった以上、アルフレッドの興味はすでになくなっていたのも事実。まあ最後のファクターも今の一撃に耐えたことで埋まった以上、追う気力は湧かなかった。

 神の槍を間近で見た衝撃からすでに興味はそちらに移りつつあったのだ。

「やあイヴァンさん、久しぶりですね」

「……私のことを覚えて」

「そりゃあ、あの中でも相当抜けてましたから、見逃す方が難しいですよ」

「…………」

「では行きましょうか。今回は黒子、ならば最高の舞台を演出するのが俺たちの役目です。平等に、これ以上なく明確に、国家の分かれ道を用意するだけ。答えは彼らが出す。どちらも愛国者、どちらも己が正義によって動いている。そして此度の結果如何によって、ローレンシア全体が揺らぐ可能性もある」

 アルフレッドは笑みを浮かべていた。

「其処に立ち会える幸運。しかと見定めますよ、この国の選択を」

 知的好奇心よりも勝る己が王道。それに反する選択が取られたならば――

 槍で決まる局面なれば、剣が届かぬ道理無し。

「私も、共に」

 イヴァンは子供の頃、初めて槍を握った時の感覚を超えた『確信』を信じてみようと思った。自分に何が出来るのかわからない。それでも、この国に、槍のネーデルクスに圧し潰されそうだった己に、彼は全身で語るのだ。

 色んな道があるのだと。まずは歩んでみよう、と。

 その自由は、それしかなかったイヴァンにとって救いであったのだ。

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