夜明けのネーデルクス:チェックメイト

「イェレナ、ルドルフさんと合流しようか」

「画伯」

「……はいはい。あの人、イェレナにはちゃんとした絵を見せるからなあ」

 仮面を被ったアルフレッドと鳥頭のイェレナが夜のネーデルダムを闊歩する。

「綺麗な風景画だった」

「カモフラージュだよ、それ」

 気の抜けた会話が続くが、先ほど尖塔の上から彼は人を殺そうとしていた。そんな気配をおくびにも出さず、笑顔で会話がこなせる程度には面の皮が分厚くなっていた。

 己が王道に必要な鉄の仮面。

「それにしても久しぶりだったなあクロード兄」

「お兄さん?」

「んーそうだね。本当の兄だと思っているよ、俺は。クロード兄がどう思っているのかは分からないけれど」

「聞かないの?」

「今更気恥ずかしいよ」

 照れ笑いを浮かべるアルフレッド。仮面越しでもイェレナにはそれが分かった。

 この笑みは彼女の好きな貌である。

 そして――

「デート中なんだけど?」

「たくさん剥ぎ取って、美しさを、手に入れ、る!」

 凄まじく濃厚な血の香りと共に謎の闖入者が背後に現れ、振り返った後の貌は――

「ネーデルクスの魔人。顔剥ぎの怪物、か」

「おまえ、美しい貌だな? 俺には分かるぞ。今日は沢山剥いで良いと言われている。だから、おまえの貌も俺が手に入れて芸術の一部としてやろう」

 この貌は、あまり好きではなかった。

「イェレナ、先に戻っていて。すぐに終わらせるから」

「……分かった。無理はしないで」

「もちろん」

 満面の笑み。偽物の笑顔。イェレナに心配させないためのそれ。

「俺の貌は高いよ?」

「くひ!」

 魔人にとって興味の範疇にいない少女が去って、この場には二人だけが残る。

 金髪碧眼の騎士と金髪碧眼の魔人、二つが衝突する。

 魔人騒ぎによって誰も外出しなくなったネーデルダムの夜に火花が散る。


     ○


「何だこの騒ぎは?」

 ディオンを探しに兵の詰め所にやってきたクロードの目の前には、怒号のような指示や命令が飛び交う修羅場と化していた。明らかに尋常ならざる状況。

「クロード様!」

「おう。どーなってんだ?」

「ハッ、御報告いたします! ネーデルクスの魔人、フェランテですが、突如、今までにないほどの猛烈な速度で事件を拡大、大量に市民の貌を剥いでおり、被害報告が続々と寄せられております。ディオン様指示の下、多くの部隊が鎮圧にあたっておりますが、怪物の機動力を前に捉えることが出来ず」

「……マジか。分かった。ディオンは奥か?」

「はい!」

「ありがとな。職務に戻っていいぜ」

 部下の肩を叩いて労いながらも、クロードの顔は険しさを増す。会議を終えてから自分が襲われてここに辿り着くまでに、あまりにも色々な出来事が重なり過ぎている。偶然にしては出来過ぎているし、悪い予感と言うものは往々にして当たるモノである。

「ディオン!」

「クロードか!? ついさっき呼びに行かせたばかりだったが」

 詰所の奥でネーデルダムの地図を凝視しながら指示を飛ばすディオンが思わぬ人物の登場に顔を上げた。呼びに行かせた時間と来訪の時間が合致しなかったから。

「リントブルム家が襲われた」

「……ッ!? リューク殿は?」

「たぶん無事だ。標的じゃねえわけじゃないんだろうが、優先順位ってのがあったらしい」

 ディオンは目を丸くする。そして悔し気に唇をかんだ。

「狙いは、僕らか」

「おう。お師匠の時も本当の狙いはシルヴィだったんだろーよ。で、もう一人はどこにいる? まさかグディエ家で一人なんじゃ?」

「其処は安心して良い。さすがに放心状態の彼女を一人にはしておけないと彼女の部下が詰所の仮眠室で寝かしつけたばかりだ。疲れもあったのか、今はぐっすりだよ」

「そうか。なら良かった」

「良くは、ないさ!」

 ディオンは机に拳を叩きつけた。普段冷静な彼が珍しく見せる怒りの表現。

 それはおそらく己に向けられていた。

「三貴士だけが狙いならこの騒動に意味はない。フェランテが与しているという前提だけど……想定ってのは最悪ですべきだ。クロード、シルヴィを起こしてくれ。王宮へ向かう。最悪だってなら、もう遅いだろうけどね」

「王宮って……くっ!?」

 ディオンの想定にクロードも追いつく。狙いが自分たちだけならば騒ぎを起こす必要はない。むしろ騒ぎを起こさずに静かな方が都合が良いはずなのだ。無論、フェランテが無関係と言う可能性はある。このタイミングで動き出したこと、イヴァンの証言によれば相当の深手を負っているにも関わらず、を偶然で片づけるならば、だが。


     ○


 王宮に辿り着いたクロードたちが見たものは――

「……無様ですね、私たちは」

「くそったれがッ!」

「…………」

 空になった玉座と鮮血を撒き散らして死んでいた、クンラートの右腕である秘書官の姿であった。憤る彼らは三貴士、真っ先に王を守るべきであったはずなのだ。無論、そうさせぬために綿密な計画が練られていたのだろう。

 少なくとも深夜であろうと防備の厚い王宮に忍び込み、王に接近し拉致、ないし殺傷。部下も悲鳴一つ上げる前に仕留める。選択肢として持つ方がおかしい。不可能であると除外するのが普通である。

 空位の玉座の前でうな垂れる三人。

 将として、三貴士として、これ以上ないほどの敗北であった。


     ○


 ルドルフ・レ・ハースブルクは自らの起こした戦争、勝ち戦、負け戦、多くの将兵が葬られている霊園に立つ。ふてぶてしく立つ姿に謝罪、悔恨、負の感情は見受けられない。それを負う資格すら己は手放し、自由を得たのだから。

「ごめんね、なんてキャラじゃないさ」

 どうしようもなく人でなし。そして誰よりも人を謳歌する男、ルドルフ。

「ルドルフ、状況が動きました。新たなる三貴士、神の槍です」

 背後に立つは盲目の死神、ラインベルカ。

「勝てそう?」

「……私が勝っても良いのですか?」

「そうだね、そうだ。僕らは勝ってもいけないんだよねえ。難しい難しい。とりあえずさ、アルっちと合流しようか。僕らは事態が動く前には動けない。事態が動いたとしても表立つわけにはいかない。その上で、上手くやるとしようか」

「そうですね、此処に眠る彼らのためにも」

「違うよ、ラインベルカ。僕が、僕のために、それだけさ」

「そうでしたね。参りましょうか、ルドルフ」

「ああ。僕が気持ちよく生きるために、ね。僕、人でなしだからさ」

 ルドルフは背後に眠る彼らに告げるよう言の葉を紡ぐ。感謝も称賛も必要ない。敗軍の将であり、その責務すら放棄したクズ、それが己だと誇示するように。

 存分に彼らが己を憎めるように。

 乱世のトリックスターもまたネーデルダムにて暗躍してい『た』。

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