夜明けのネーデルクス:きまぐれスタァの助言
軍による必死の捜索も実らず、クンラート王は行方不明のままであった。この事は最高会議により公への公開を禁じ、秘密裏に事態を収束せよとのお達しが出た。ネーデルクスの、ネーデルダムの民が知らぬまま、玉座は空位となっていた。
それと同時にイヴァン・ブルシークとハンナ・バールス両名も行方知れずとなり、一部には彼らこそ国王を攫った下手人だと見る向きも出始めている。
「……あいつがそんなことするはずねえのによ」
だが、いないことは事実であり、フェランテに傷を負わせたと虚偽の報告をした、と上層部が判断するのも無理からぬことであった。腹を貫かれた男が平然と近日中に現れ、暴虐の限りを尽くすなど信じろという方が難しい。
観測者がいなければそれらしい方向へ流れるしかないのだ。
未だ散発的に続くフェランテの顔剥ぎ。軍も躍起になって追い回しているが、神出鬼没さと機動力によって翻弄され続けている。あえて金髪碧眼の武人で釣る作戦も決行したが、嘘の匂いをかぎ取られたのか策の全てが空回りしてしまう。
軍への風当たりも強くなり、必然的にクロードら三貴士への逆風も強まってきた。替えるべきとの声も大きくなってきている。
足取りは掴めず、都市全体の空気も重い。
そんな中、クロードは顔剥ぎ事件に遭遇してしまった知り合いの見舞いに訪れていた。知り合いというと軽く聞こえるが、被害者の少年はこの都市における貧民街『アディス』にてクロード自らが見出した原石。槍術院に推挙し、自身が後見人となって鍛え上げていた次世代のホープ、であったのだ。
それが事件に巻き込まれたと知り、忙しい中時間を作ってネーデルダム最大の病院へ足を伸ばしていた。
だが――
「面会、謝絶?」
受付にてクロードは愕然と立ち尽くす。
曰く、患者の心身が著しく疲弊しており併せられる状態ではないということ。また、同じ患者であるハンナが行方不明となったことで警備上、病院側としても厳戒態勢を敷いているのだという。
無駄足を踏んだクロードは病院の庭、池の前でしばし立ち尽くす。
ネーデルダム中を軍が探し回っている状況下が続き、誰もが疲弊している。されど一向に王やイヴァン達が見つかる気配がない。八方塞がりの状況で、今度は自分の身内が被害に遭った。クロード自身、少し摩耗し過ぎていた。
「おや、三貴士の君が病院に何の用だね?」
「カリス侯爵。いらっしゃったんですか?」
「それはそうだろう。ここは私の病院だよ。私も未熟なれど医家の端くれ。現場に立たずして何が医者か、と息巻くも、寄る年波には勝てぬ哀れな老人であるが」
「し、失礼を」
「構わんさ。生涯現役と言っても立場もある。君たち三貴士が軽々に動けぬよう、私も随分色々と重くなってしまった。情けない話だがね」
クロードはあまり話したことがなかったが、噂話程度にはカリス侯爵のことは聞き及んでいた。若き頃は軍医として従軍し、自らもまた槍を振るい戦場で戦っていたのだと。引退してからも医療の発展のため、ネーデルクスの北に位置する医療大国マーシアへ留学、現在もそのコネクションを基に強固な関係を築いている。
ネーデルクスの医を司る者。様々な功績をもって最高会議入りしたほどの男であるが、生涯現役を謳うように隙あらば現場で患者を診る現場主義でもあった。
人柄も温厚。非の打ち所がない男であるが、揚げ足を取るとすれば一点、旧ネーデルクス派の仲間をクンラート王に売った過去があった。ただし、それも彼の考えと彼らの考えが合致しなかったためであり、親世代、家同士が築いた派閥自体、カリスとずれていたために起きた必然でもあった。
「王は?」
「……まだです」
「そうか。残念だが焦ってはいけないよ。王を見つけるのも、病の源を見出すのも同じこと。冷静に、そして着実に潰していくしかない。それ以外を、ね」
「そう、ですね」
「大丈夫だ。きっと明日は良い日になる」
カリスはクロードの肩をポンと叩いてその場を去っていく。
叩き上げの武人であり医者でもある男、カリス。積み上げてきた人望と実力は決して小さなものではない。この国において医家の地位は決して高いものとは言えないが、彼だけは違うのだ。医家としてだけではなく武人としての――
偉大なる三貴士、『白仙』のキュクレインの部下として若き日、戦場で槍を振るっていた確固たる実績が彼のバックボーンであるのだから。
○
詰所内で死んだ顔をしているディオン。シルヴィは立ちながら寝ていた。
「……八方塞がりどん詰まりってか」
「王を攫って何ひとつ反応がない。だから手掛かりも無い。国外にまで手を広げて捜索しているけれど、まったく、これっぽっちも、ナシのつぶて、だ」
「敵の狙いも分からねえ、か。くそったれ」
「せめて動いてさえくれたら、取っ掛かりには成るんだけどね」
「フェランテは?」
「被害は少なくなってきているよ。単純に金髪碧眼の人々が極力外に出なくなっただけだけどね。罠にさえかかってくれたならやりようもあるけれど」
「怪物の思考は読めねえ、か」
「お手上げってやつさ」
「いっそ俺たちで街中闇雲に走り回ってみるか? 三人一緒なら抑止力程度にはなるかもだぜ。ここでじっとしてるより少しはマシだろ」
「……もうそれで良い気がしてきたよ」
ディオンの参りっぷりにクロードは本当の限界が近づいていることを感じた。ネーデルクス軍が無能なわけではないと思いたいが、こうも手応えがないと根本的に間違っている気がするのだ。
それが何か、その勘を言語化出来る術を彼は持たなかったが。
「……なあ、駄目元でよ。ちょびっと付き合ってくれねえか?」
だが――
「何か心当たりがあるのか!?」
それが出来る人材を彼は知っていた。
「いや、ねえけど。ただ、頭がくっそキレるやつなら知ってる」
「助言を求めろってこと?」
「ん、まあ、駄目元でな」
「では参りましょう」
ぱちりと目を見開いたシルヴィ。ただ寝ていたわけではなく、何かが動き出すまで目を瞑って消耗を押さえていたのだろう。
いつでも戦える準備を馬鹿なりに整えていたのだ。
「あんまり期待すんなよ。ほんと、駄目元だからな」
藁にも縋る思いでクロードを見つめるディオンに言い含めておく。
あくまで駄目元、十中八九無意味であろう。
ただ、クロード自身彼女に一、二の可能性は感じていた。
彼女ほどの天才を彼は他に知らなかったから。
○
「――で、マリアンネちゃんのところに来たの?」
「おう」
「馬鹿?」
「……やっぱ駄目か」
駄目元とは言えクロードが提案するなど珍しく、ほんのり期待していたディオンはあんぐりと口を開けていた。シルヴィも冷たい視線をクロードに投げかけている。クロード自身、何してんだろうという想いもあった。
つまるところ――
「どん詰まり、だわなあ」
手詰まりな状況に変わりなし、である。
そんなクロードを見てガブリエーレがマリアンネのほっぺを抓る。
「いだだだだ。あにすんのよ!?」
「力になってあげなさいな。考え事、得意でしょうに」
「こっちだって情勢不安定で商売あがったりだから考え事だらけなの!」
「人死が出てますのよ。たまには無駄なリソースを割くくらい良いでしょう?」
「むう」
ふくれっ面のマリアンネに悪戯っぽく微笑むガブリエーレ。
「……情報。ありったけ頂戴。駄目元でね」
「お、おう」
クロードがつらつらと今までの経緯を話す。途中、引っ掛かる部分をマリアンネが質問し、クロード、分からなければディオンが答えるという構図。王が攫われた下りまで話し始める時はディオンも難色を示したが、何故かシルヴィが先へと促した一幕もあった。
そんなこんなである程度話し終えると――
「……あくまで全部推測なんだけどさぁ」
マリアンネが口を開く。
「こーいうのは枝葉に囚われちゃダメなんだよね。始まりと終わり、目的とか目標とか、さ。根を追わなきゃ意味ないんだよ。授業でもやってたじゃん」
「……そ、そうだけどよ。それが分からねえから」
「分かってんじゃん。三貴士でしょ? 目的」
「いや、でも王様さらわれてるしよ」
「だからそれが重なる目的を推察すれば良いじゃん。選択肢ってのは条件を限定すればするほど狭まるでしょ? 王様が攫われるのと三貴士が殺されるの、それらを同時に満たす目的を考えなよ。まだ膨大ならさ、フェランテも足せば、どう?」
三つの条件を満たす解。
ディオンの表情が見る見ると変化していく。枝葉にばかり気を取られ、根を考えることを疎かにしていた。
「王様を攫うだけならば身代金目的とか外国の介入とか色々あるけど、三貴士の件も併せると内ゲバ一択でしょ。わざわざ新しいってつけてくれてんだし首を挿げ替えることが目的。で、そう考えたらフェランテの目的も見えてくる。君ら現体制の評価を落とすために使われてるってのが、私的には一番ピンと来るかな」
絶句するディオンとシルヴィ。クロードも唖然としていた。
「全部繋がってるって仮定しての話だけどね」
「なるほど。だけど、肝心の陛下の居場所が」
「そこ、肝心なの?」
マリアンネが首をかしげる。当たり前、そう言おうとしたディオンであったが、
「忘れてない? クンラート王ってさ、国内外の評価、高くないんだよ」
その一言で、大きく目を見開いた。
(うわ、目開くんじゃんこの人。ラファっちっぽいって思ったけどギャグ系かあ)
「そ、そうか。だから動きがないんだ。この状況を維持するために」
「そ。尻尾を掴ませないためには動かないのが一番だからね。首の挿げ替えで重要なのは国内の評価でしょ? 狙いは最初から徹頭徹尾、国内の評価『は』高い君たちだと思うよ」
辛辣な発言であるとクロードは苦笑する。
「王って駒を手に入れて何もしないのは、それが重要でないと黒幕が思っているから。現状維持がもたらす効果なんて君らの評価を下げ続けるしかないじゃん。ならさ、程よく下がったところでたぶん、相手は動き出す。勝負所は其処でしょ」
だから今、気を張っても無意味だとマリアンネは暗に述べる。
「他国が火種を期待しているってセンは排除しちまっていいのか?」
「内ゲバを装うことで? んーありえなくはないけどさ、正直今って大体の国が挿げ替わったばかりじゃん、頭が。余裕ないと思うよ。少なくとも今のアルカディアは絶対無理。クロードも分かってるっしょ」
「まあ、確かにな」
「まあ結局は推論だしぃ、可能性は無限大だけど、考える必要のない解は無視して良いんじゃない? 王が狙い、もう手遅れ。他国がネーデルクスの弱体化を目論む、見事目的は完遂残念無念。三貴士が狙い、なら、まだ間に合うでしょ?」
「都合よく考えろ、か」
「あとさ、クロードって結構強いんだよね?」
「おう。そりゃあ強ェぜ」
「同世代じゃ負け無し?」
「わかんねえけど、勝てないって思ったことはねえよ。つーか何の話――」
「それと互角の新たなる三貴士って何なんだろうね? って思ってさ」
「いや、分かんねえから困ってんだよ」
首をかしげるクロード。
「違う、クロード。彼女が言っているのは、彼らを用意する手間暇の話だ。一朝一夕じゃない、そう言いたいんだろう?」
ようやくディオンはいつもの調子を取り戻しつつあった。気づきは全て彼女から、恐ろしきは思考の多面性、あらゆる角度から、今ある材料を俯瞰し、必要なモノを見出す能力が図抜けている。気づいてしまえば大したことではない。
それは物事全てにおいて共通する事柄である。
つまりこの少女は――
「クロードの話じゃほぼ同世代。それをさ、複数人用意するには、それこそにいちゃんが自分を作ろうとしたみたいに時間がかかるよね。あのにいちゃんでも、結局最後まで自分を作ることは出来なかったんだから。もっと、前だよ、たぶん」
突き抜けた美貌。千の貌を持つ女優。そして、多角的な視野。
いったい天はこの娘に何物与えたというのか。
「それだけの時間をかけて三貴士を作った。その情熱、こだわりが、黒幕の思考そのもの。ネーデルクスと三貴士、それを同一視するほどに」
もう語ることないとばかりに、自分の前髪を息で浮かせる謎の遊びをしている少女が与えた気づき。それによってディオンは一気に核心へと至った。
とても分かりやすい事件だったのだ。本当に、気づいてさえしまえば。
「三貴士の椅子が狙いなら、何で王様をさらったんだ?」
「シルヴィとクロードを狙った襲撃は本気だった。内々で今の三貴士を排し、その下手人を擦り付けられた者を、新たな三貴士が葬る。それが第一のプラン。二つ目は現在進行形、こちらが本命なんだろう。戒厳令を敷いても、すでに市井では広まりつつある、王不在の状況。何も出来ぬ三貴士の評価を下げ、やはりどこかのタイミングで葬った我々の代わりに新しい連中が立つ。王を伴って、誰も捕らえられなかったフェランテを仕留め、颯爽とね。くく、見事踊っていたわけだ、僕らは」
「クンラート王までグルだってのか?」
「クロードは本当に馬鹿ちんだねえ。クンラート王はさ、望む望まぬにかかわらず、そう踊るしかないんだよ。ネーデルクスを想えばこそ火種は避けたいでしょ? 首が挿げ替わっても国家は揺らがない。そう見せなきゃいけないんだから」
マリアンネはケタケタ笑う。
「で、道化で終わりますかって話。やっこさんが勝手に時期を見て動いてくれる、そう考えたらさ。やること、一つしかないんじゃない?」
「……要するに、私たちが勝てば良いという話ですね」
「単純でしょ? やい馬鹿クロード。これで負けたら本当にただの馬鹿で終わるよ。嫌ならせっせと準備して勝ちなよ。骨は拾ってやるからさ」
「うっせー天才。ありがとよ、ようやくやることがまとまったぜ」
「随分遠回りしちゃったなあ」
「馬鹿の意地、見せてあげましょう」
三貴士もとい三馬鹿がようやく成すべきことに辿り着く。ネーデルクスの三貴士に遥か昔から求められてきた宿命。答えはシンプル。
強くなればいいのだ、黒幕の用意した彼らよりも。
「一応さ、ついでだし気づいたこと一個、助言が一個、これで本当に終わりだからね。マリアンネちゃんはスーパースタァであって知恵袋じゃないんだから」
大変不本意な状況。三貴士の知恵袋お姉さんことマリアンネが口を開く。
「フェランテはさ、たぶん、完全に制御出来ていないんだと思う。もしかしたら意味はあるのかもしれないけど、それでも金髪碧眼『だけ』に絞る意味はないでしょ。擦り付けづらくなっちゃうしね。ま、最後には仕留めたもん勝ち。どうとでも答えは改ざん出来るけどさ。わざわざ隙を作る意味はないよね」
「そりゃそうだわな」
「意外と新しい三貴士の失敗作だったりして、なんつって。とりま、引っ掛かりがそこね。もう一個は、君ら思ったよりも馬鹿だからちゃんとブレーンをつけた方がいいよってお話。私に頼ってる時点でほんと、ポンコツ。反省してよね」
「「「面目ない」」」
「でも、誰が敵か味方か分からないんじゃありませんの?」
面白い見世物を見てご満悦だったガブリエーレが割って入る。
マリアンネは頭をぐしゃぐしゃかき乱し――
「当たり前だけどネーデルクスの政治にはマリアンネちゃん疎いから、誰がどうこうなんて言えないけどさ。ほぼ確実に黒幕じゃないって存在なら、今回に限り当てられると思うよ。別に大したことじゃないけどね」
その口から語られた言葉に一同驚愕する。
そして一つの名に辿り着いた。
彼女が与えた『気づき』が、八方塞がりに小さなひびをいれる。
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