幕間:灯が消えぬ理由
「我の眼を信じよって言いましたよね!?」
「うむ、言った」
細心の注意を払い、アークは最善を尽くした。炎を揺らめきを注視し、立ち消えぬよう石橋をたたき続けて今に至る。
ゆえにこの状況、アークをして理解不能であった。
正しい道の先にくだんの『魔獣』がいたから。
(ありえぬ! 我は間違えておらぬ。この眼が違えた? いや、今この時になって、か? そんなことがあり得るのか? ここまで違えなかったものが)
アークはこの眼を得て、エル・シドに敗北した時よりも大きな衝撃を受けていた。あの時、眼は間違えなかったのだ。何をしても未来が変わらなかっただけで、どんな未来も変えられると己惚れていた己が間違えただけ。
こんな状況で違えることなど――
「……やるしか、ない!」
アルフレッドが剣を抜く。
魔獣は小動もしていない。アルフレッドを敵と認識していないのだ。
「我も、やるしかあるまいな」
アークも並び立つ。されど、怪物に揺らぎなし。
怪物にとって彼らはどこまで行っても獲物でしかない。喰らうだけの存在。
(……灯は消えておらん。ならば、活路はあるッ!)
先手は、アーク。大剣を振り被り怪物に突貫する。
「オオオオオオオッ!」
裂ぱくの気合。上段からの袈裟切り、人間であれば重装備であっても両断する破壊力を秘めた一撃。だが、それが怪物の外皮に届くことは無かった。
「グルゥ」
「くはっ、化け物め!」
手応えがない。鋼のような硬質さと毛の柔らかさを兼ね備えた体毛が刃を阻む。身震いされるだけでアークは後退してしまう。
「シィ!」
そのアークを見て、アルフレッドは鋭さに重きを置いた剣を奔らせる。かすかに外皮に届くも薄皮一枚、怪物の注意を引いただけに終わる。
「グルァ!」
「ぐ、なッ!?」
だが、その代償は大きい。腕の一振り、それほど本気ではない一撃にアルフレッドの身体が浮いた。膂力の差、スケールの差、理不尽の極み。土煙をあげながら吹き飛ばされるアルフレッド。踏みとどまるもその手に残る理不尽に顔をしかめる。
「ずァ!」
ずしん。アークの強烈な踏み込みからの打ち込み。エル・シドを後退させた破壊力にさしもの怪物も敵意をのぞかせた。怪物がおもむろに突進してくる。アークはそれをいなし、回避するも脅威の回頭速度から避ける間すら消される。
「ぐぬっ!」
避けられぬと判断した瞬間、アークは覚悟と共に前進した。相手が加速し切る前に正面から打ち込む。騎士の勘と王の眼がそれを活路と判断した。
「グガァ!」
「こ、れほどかァ!」
騎士王の巨体が、容易く浮いた。相手に傷をつけることなく、アークは吹き飛び木に叩きつけられた。「ぐがぁ」と高所からずり落ちるアーク。
ギリギリで意識を保ちつつも、剣を零れ落としてしまう。
(老いた、は言い訳であるな。全盛期であっても勝てる気がせん)
アークの惨状を見てアルフレッドは歯噛みする。
膂力においてアルフレッドよりも遥かに勝るアークでさえ、理合いを征してなお、ああなってしまう。己が手札でどうやって捌くか、何一つ手が浮かばない。
「……こんな、ところで」
アークの目に映る命の炎が揺らぐ。
「負けてたまるかァ!」
アルフレッドの咆哮。全力全開で怪物へと飛び掛かる。
相手の攻撃をいなし、剣を打ちこみ、手応えのなさに絶望するも続けるしかない。生き残るために、絶望しながらも食い下がるより他にない。
相手のアジリティを計算に入れて、相手の馬鹿げた膂力をいなしながら、生き残り続ける。いつか来る限界、死。アークのくれた情報をもとに組み上げた算段。どう考えても時間稼ぎにすらならない、ただの悪あがき。
「イェレナ! 君だけでも逃げろ!」
だが、彼女は微動だにしない。おそらく恐怖で動けないのであろう。
「くっそォォォォォオオ!」
イェレナを、アークさんを守らなければいけない。その覚悟がアルフレッド脳を焼く。答えが出てこないのであれば『お前』などもう要らない。思考を捨て、その熱情にて理性を焼き切り、本能すら屈服させて――
「ガァァァァアアアアアアッ!」
充血したアルフレッドの眼。レスター・フォン・ファルケから学んだ外し方の実践。人体を知っているからこそ、この速度で彼は辿り着く。
「コロスコロスコロスコロス!」
鋭く、力も兼ね備えた一撃に怪物は強烈な警戒を見せる。
「ガァァァァァァアアアアアアッ!」
魔獣の咆哮。森全体が震えているかのような音の圧。
「ガァァァアアアア!」
負けじとアルフレッドも声を張り上げる。どんな手段を使っても生き残ってみせる。自分の命も彼女の命も、祖父のように慕っている人の命も、守るのだと。
「……勝てぬ。だが、何故だ、何故、灯は消えぬ。それどころか――」
アークは先ほどから消える気配のない灯を見て疑問符ばかり浮かんでいた。怪物との遭遇、アークが倒れた今、限界を超えてなお勝ち筋などないはずなのだ。そんなことは分かり切っている。それなのに、灯が消えない。
ならば、何かあるはずなのだ。
この遭遇自体に意味が、その上で、この場全員が生き残る何かが。
「……グガ!?」
突如、魔獣があらぬ方向に視線を向ける。アルフレッドでもアークでも、ましてやイェレナでもない。何もいない、誰もいないはずの森。
「グルル」
魔獣は臨戦態勢を取った。アークの必殺も、アルフレッドの限界突破も、引き出すことのなかった魔獣の四つ足。本気の構えなのだろう。
圧が跳ね上がる。
「……どういう、ことだ?」
もはやアルフレッドたちを見ていない。今ならば逃げ出せる。
「そういう、ことか」
アークは得心する。もし、この怪物を止められる者がいるとすれば、それはこのローレンシアにおいて一人しかいない。地上最強の生物と呼ばれる男、大戦での敗北を経てなお単独の戦闘力では誰もが疑いなく、最強と認めている本物中の本物。
「エル・トゥーレで油を売り過ぎであろうが、阿呆め」
アークだけが知っている。道草を食っていれば、その男がこの地に居てもおかしくないことを。アークだけが理解した。灯が消えなかった理由を。
「ガァァァアアアア!」
魔獣の警戒が最高潮に達する。
その瞬間――
「おう、でけえ声だな。遠くからでも聞こえたぜ」
アルフレッドの全身が魔獣との遭遇とは別の方向性で総毛だった。
木々の間から現れた黒衣の男によって。
「俺様参上、っと」
地上最強の男、黒狼王ヴォルフ・ガンク・ストライダーがこの場に君臨する。
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