情熱の王国:ゼノとアルフレッドⅡ

「……でも、今は戦乱の世じゃない、ですよね」

「そういうことだ。人が戦う場は限定され、戦場では必須だった能力も必要なくなる。兵法の大半は意義を喪失し、馬術は武と分かたれていく。地の利を得ることも、荒れ地で戦う粘り強さも、整地された地面での一騎打ちであれば、やはり意味はない」

「最適化、時代が、環境が、人を創る」

「今の世に乱世の巨星は生まれない。生まれようがない。だが、地上戦での一騎打ちに関しては、超えてくる者は出てくるはずだ。少なくとも平均値は確実に上がる。専門性に特化することで技の精度も上がってくるだろう。覚えることが絞られるのだ。戦士、いや、競技者、だな。純度は上がる。レベルも、上がる」

 ゼノの眼は寂しげであった。彼はギリギリ、乱世の世代だったのだろう。なりたい己、なるべき己が合致しない。どうしても求めてしまうのだ。

 焦がれた背中を。

「分かっています。時間が無いことも」

 そのゼノが絞り出した解。重たいそれをアルフレッドは受け取った。

「力だけでも、技だけでも届かない競技者の時代が来る。力と技を兼ね備えた怪物たちがそれのみに特化して鍛え上げ、磨き上げ、純度を増した時、俺たち小兵は生半可な努力では届かなくなる。無論、それのみに熱中できるなら救いはあろうが。少年、君にそのエゴ、通せるか? 最強のために全てを捨てる覚悟はあるか?」

「……いいえ」

「ならば急ぐべきだ。少年のアドバンテージを活かせる時間は限られている。皆が特化する前に、先んじている内に完成させるのだ。収集し、使い分け――」

 アルフレッドは日の光を避けるように腕で目を覆う。

「完成じゃ、キケさんには勝てない。ですよね?」

 ぽつりとこぼした言葉。

「……キケとて殺さないという制限下でなら君の方が上だ」

 若者が発するには重過ぎるそれにゼノは口ごもる。

「俺は、キケさんほど特化していないけれど、あの領域に近い才能を知っているんです。そして、俺は彼に敗北を与えてしまった。きっと、次は、ない。少なくとも、俺の完成程度じゃ届かないところまで行ってる気がします」

「リオネル・ジラルデ、か」

「知っているんですね」

「情報は金よりも尊きものだ。この御時世ならな。超反応とそれを支える怪物的身体能力。君がそう言うのなら、嗚呼、そうなのだろうな。彼もまた頂に選ばれた側、だ。うちのゼナも同じ」

「ですね。もう一人知っているんですけど、彼女は面倒くさがりだから、たぶん、大丈夫な気がします。本気を出されたら、ちょっと、自信ないですけど」

「ほほう、リオネル、ゼナと並べるほどの才、しかも女人か。シュルヴィアやヒルダといいアルカディアは女傑を生む秘訣でもあるのかな?」

「あはは、どうでしょうか」

 乾いた笑みを浮かべるアルフレッドを見て、ゼノは言うべきか言うまいか一瞬、迷う。それでもきっと彼ならば飲み込んでくれる、そう信じ口を開いた。

「もう二人いる。こっそりヴァルホールへ赴いた際、その二人が稽古している光景を見た。双方、本気ではなかったが、それでも端々に怪物じみた身体能力と高次元の技を乗せた新時代を感じさせられたよ。見つかって追い回された際も、見事な脚力だった。逃げのゼノがあわや大捕り物となるところだったのだ」

「突っ込みませんからね」

「……こなれたモノだなァ、少年」

「一人はスコール・グレイプニールですよね。ドーン・エンドでちらりと見た程度ですけど、あ、この人強いなってなりましたもん」

「そうだ。そしてもう一人がフェンリス・ガンク・ストライダー。狼の子は狼、しかも双方とも立派な餓狼とくれば才能は推して知るべし、だ。身体能力は親譲り、かつ向上心もあり、目標は父親越え、つまり世界最強ってことだ」

「理想の身体に理想の環境、意識も高い、かぁ」

 ため息が出そうになるほどのサラブレッドっぷり。自分も相当恵まれているが、身体に関してのみそこそこ止まりなのが目に見えている。ないものねだりをしても無意味だが、ため息の一つや二つつきたくなるのが本音であろう。

「底を見ていない以上、はっきりとは言えんがポテンシャルは天井知らず。加えて闘争心も中々でな、昨今どこぞの王国が海を得ようとヴァイクに接触し、有効な関係を築いているのだ。結果として、調子に乗った末端が略奪を繰り返した。被害者には当然、海運の雄たるヴァルホールの商船も含まれている。さて、王子はどうしたでしょうか?」

「……答える前に一つ聞いて良いですか?」

「構わんよ」

「アルカディア、ですよね、それ」

「と、ネーデルクスだ」

「あ、そっか。閉じた北海を使うにしろ、陸路を使うにしろ、ネーデルクスは無視できない。だから一緒に……ってこれ凄い機密なんじゃ!?」

「無論。口外すべき事柄ではない。ネーデルクスを嗅ぎまわっている俺だから拾えた情報だ。隣国ならでは、さしもの『蛇』どもも其処にまでは届いていないだろう。知っているのは彼ら三方の上層部と、俺、少年、二代目だけだぞォ」

「何で言っちゃいますかね?」

「信頼しているのだ、アルフレッド」

「ッ!?」

 突然の真顔にアルフレッドは謎の紅潮を浮かべてしまった。一生の不覚である。

「ふっ、海でのヴァイクは脅威だ。咎められるのは我らが『烈海』かガリアスの艦隊ぐらいだろう。ガリアスがのこのこ出てくるとも思えんが。そこで大立ち回りをしたのがヴァルホールの王子フェンリスだ。一隻の船でヴァイクの船をじゃんじゃん沈めた。本来、だからと言ってヴァイクの本隊が出てくることはないんだが」

「……出てきたんですね」

「そうだ。沈め方が良くなかった。煽りに煽って追わせて、追わせながら煽って、かっかしたところでギリギリの操船、怒りに駆られて舵を切ったら、ドボン。眼が良いのだろうな。座礁させた船八隻、転覆させた船二隻。岩礁を見切る眼と風を読む眼、俺も多少は嗜むのでな、その怪物っぷりが良く理解出来るのだ」

「ああ、それでヴァイクのプライドが刺激されて――」

「海の民が海で虚仮にされたとあっては黙っていられない。現海王リューリクの末子、コルセア率いる大艦隊がフェンリス王子を追って嵐の海を激走。大時化の中、ヴァイク本隊の精鋭すら沈め、無事にガルニアの地へと逃げ込んだとさ」

「……逃げ切れなかったんですね」

「そこはヴァイク本隊だ。そもそもの地力がその辺の海賊とは違う。賞賛すべきことだろう。とまあ闘争心やセンスに関しても間違いない、と思っているよ、俺は」

 ゼノはひょいと立ち上がりうんと伸びをする。

「ライバルは多いぞ」

「ライバルである内が花ですよ」

 アルフレッドもまた同じ所作で立ち上がる。

「……これは独り言だが、昨今、エル・トゥーレでとある二人組が暗躍しているそうだ。バランス取りに終始していた白の王肝いりの二人が、何故ここに来て、と驚いていたのだが、何か催しごとを考えているらしい。世界規模の」

「……?」

「催しごとと言えば少し前にアルカディアで面白い試みがあったと聞いている」

「……まさか」

「いつになるかわからん。まだ計画の骨子すら出来ていない。それでも、俺は其処こそがお前の使い時だと思うぞ。まさに、そのために用意された舞台だとは思わんか?」

「本当に用意されるのならば、ですが」

「あの二人が動いたならやるさ。誰も止められん。王冠で化ける者もいれば、王冠の呪縛から解き放たれて化ける者もいる。隣に黒騎士も控えているのだ。上手くやりたいようにやるさ。あとは、逆算して準備するだけだな、黄金騎士よ」

「黄金騎士である内に、ですね」

 アルフレッドの中で絵図が組み上がっていく。今まで見えていなかった自分の使いどころ、考えていた最適が更新された。もし、あれの再現が世界規模で行われるとすれば、其処以外にないだろう。己の武、その使い道など。

「ゼノさん、何故俺にこんなに良くしてくれるんですか?」

 此処までの旅路。そして結果としてゼナを踏み台とし、キケとの戦いは経験させてくれた上に観衆の眼からも守ってくれた。貰い過ぎなのだ。いくら何でも。

 少し、警戒してしまうほどに。

「俺は虚勢を張って頑張っている者が好きなのだ。俺と同じ、格好をつけねば立てぬ弱者が。弱者があらゆる手段を使って強者に挑む。ロマンじゃあないか」

 ゼノはアルフレッドの肩を抱く。そして隣に立つ。

「楽しかったぞ、アルフレッド。俺は本当に楽しかった。だから、少しくらい肩入れさせてくれ。なあ、兄弟。いつかまた、この国に来い。もっと良い国になっている。もっと良い国にしてみせる。嗚呼、本当にな、楽しかったよ」

 アルフレッドは照れながら、真っ直ぐゼノと同じ方向へ顔を向けた。

「……僕もです」

 日輪が頂点へと向かっている。

 旅立つには、最高の日である。

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