情熱の王国:ゼノとアルフレッドⅠ

 ゼノはへらへらと笑いながらアルフレッドを手招く。

 幾度も幾度も、攻め立てるもゼノの牙城は崩れない。半身になって盾を構えるだけで選択肢の多くが潰れる。隙を引き出そうと上下の打ち分け、左右への回り込みなど工夫を加えるが、シンプルな足捌き一つで容易くそれらを無効化されてしまう。

「ほれほれ、どうしたどうしたー?」

「……嫌らしいなあ」

 難しいことはしない。シンプルに相手を封殺することで余裕が生まれる。余裕が攻めの時間を生み、結果として効率よく戦闘が回る。

「なら――」

 アルフレッドはそのシンプルさを崩そうとトリッキーな剣を見せる。当たる瞬間、無理やり軌道を変えて、当てどころを弄る。

「ふっふーん、甘い甘い」

 問題はこのゼノ、難しいことも飄々とこなしてしまうのだ。盾を軽く傾け、滑らせるように剣の軌道を逆に修正し、ほとんど力感なく相手の攻撃を封殺する。

「そして俺は、塩分多め、だ」

 盾の隙間から伸びる鋭い刃。

 ハイクオリティな攻防、それがゼノの持ち味である。

「ぐっ!?」

 結局、攻めが通じず逆に攻め立てられて後退。その繰り返し。

「今度は、力ずくで行きます!」

「宣言するとは青いぞ、ヤングボゥイ!」

 楽しそうに笑うゼノ。アルフレッドも笑みを抑えきれないまま――


     ○


「小鳥ちゃん、あーん」

「あーん」

 ゼナがイェレナにスプーンを突き出す。そこにぱくりと食いつき、イェレナは幸せそうな表情で咀嚼していた。お次はイェレナがスプーンを差し出しゼナが口を開ける。

「もうちょっと下がって」

「あーん」

「もうちょっと」

「あーん」

「はいどうぞ」

「んおいひい!」

 幸せいっぱいのゼナ。ちなみにこの甘味類は全てゼナのお手製である。

「むふー、小鳥ちゃんに食べさせてもらうと絶品だね」

「そう? 誰と食べても味は一緒だと思うけど」

「えー、ゼナは好きな人と食べるご飯が一番おいしいと思うけどなあ」

 ひとしきり食べさせ合いっこを続ける中、ふとイェレナが言葉を漏らす。

「アルのところに行かなくて良かったの?」

「いきたかったー!」

 机の上にべたーっとうつ伏せになるゼナ。非常に悔しそうである。

「でもキケちゃんに止められちゃった。誰も邪魔しちゃダメなんだって。武人じゃさ、分かってあげられないことも、アルちゃんなら共有出来るから、二人にとって大事な時間なんだよーって……キケちゃん怒ると怖いんだ」

「おっきいもんね」

「昔からゼナよりご飯食べるのキケちゃんだけだったからね」

「私もいっぱい食べようかな」

「小鳥ちゃんは食べちゃダメ。可愛くなくなっちゃうよ!」

「えー」

 イェレナに抱き着き頬ずりする姿にカンペアドールの威厳は垣間見えない。

 欠片も。


     ○


 アルフレッドとゼノは幾度と剣を合わせ、原っぱの上で遅い朝食を取っていた。

「これおいしいですね」

「男の料理というものだ。愛と勇気、そしてほんのり汗をひと垂らしっと」

「……一気に食欲が消えました」

「ナッハッハ、冗談冗談」

 すっかり米食にも慣れたアルフレッド。ゼノお手製の男飯を空腹に詰め込んでいく。何故男の子は茶色いモノが好きなのだろうか、ふと少年は思った。

 赤い大地に青い空、最高のシチュエーションである。

「二勝一敗、最後は年長者の意地が勝ったなァ」

「一勝も勝たせてもらった印象が強いですよ。剣と盾、オーソドックスな組み合わせなのに意外と見ないですよね。凄いやり辛かったです」

「んまあ、戦場でも流行り廃りがあるからな。普段使いで持ち運ぶには重く、片手が塞がってしまうのも難点だ。白騎士は弱兵に盾を持たせるよりも弓や弩を持たせる戦いを好んでいた。彼のフォロワーも同じく射程距離と攻撃力を重視していたわけだ」

「それが近年の流行り、ですか」

「そうなる。攻城戦における弓除けや密集陣形のための大盾ならともかく、俺のような持ち運ぶことのできる盾ってのはその流れからは外れているのさ。だからこそ、やり辛いわけだ。小さな盾ってのも習熟するとこれしかない技ってのが出来てくるしな」

「実戦なら対策を取らせる前に殺せるって寸法ですね」

「俺はそうだ。だが、父上は違ったな。効率を突き詰めた結果、剣で防ぐよりも盾で防いだ方が効率的だ、と何とも言い難い結論に辿り着いたらしい。思考をトレースしようとするなよ。他者には理屈を求めるが、『烈鉄』自身は天才肌だ」

「ゼノさんの御父上ですか。健在であれば今の勢力図は変わっていたのでしょうか?」

「んー、父上のことは尊敬しているが、たぶん、変わっておらんよ」

 ゼノは苦笑しながら天を仰ぐ。

「人は常に最適を模索する。最終戦争を前に戦争で得られるモノはなくなっていた。今ある技術は出し尽くし、それを用いた戦術も掘り尽くした。無論、全てではない、全てではないが、大きな変革は、進歩は、ない。ゆえに人が次の時代を選んだ」

「戦争のない、平和の時代」

「厳密にはやり方が変わっただけで戦争は続いている。経済活動で、金で人は殺せるのだから。少年には神に説法を解くようなものだな」

 アルフレッドの脳裏に浮かぶのは己が最初の罪。

「……遠い異国の事情に詳しいんですね」

「覇国アルカディアの第一王子だ。どの国もそれなりに調査しているよ。離れているエスタードでこれなのだ。隣国はその比ではないだろう」

「……肝に銘じておきます」

「くく、是非そうしておくべきだ」

 食事を終えたゼノとアルフレッドは空を眺めながら寝転がる。

「俺は強かったか?」

「もちろんですよ。負けてるんですから」

「だが、焦りはなかっただろう? もう少し経験を積んだら勝てる、その余裕があったからキケの時のように無茶はしなかった。その感覚は正しい。俺自身、とうにその道は諦めているのだ。武で天下を掴めると思うほど、俺は能天気にはなれなかった」

 ゼノは天に手を伸ばす。指の隙間から光が差した。

「キケ、ゼナ、何よりも、嗚呼、驕り高ぶっていた俺の鼻っ柱をへし折った、我が好敵手、クロード・リウィウス、だ。類稀なる嗅覚、生命力、そこに槍の技術まで加わった。今となっては遥か彼方、将であれば多少食い下がることも敵うだろうが」

 ゼノの遠い眼。兄のように慕っていたクロードも『あの戦争』のことを聞くといつもこんな眼になってはぐらかしていた。激戦であった。血みどろの、両国の威信をかけた大戦。だが、彼らはあまり語ろうとしない。

 ネーデルクスはマルサスを失い。エスタードはそれを奪った者を失った。

「だがな、それよりも、何よりも、戦場に最適化されたあの三ツ星を見て、俺は勝てないと思ったのだ。旧き巨星を喰った新たなる三大巨星、その輝きに」

 ゼノは眩しそうに目を細める。

「いいか、あの最終戦争、個々の能力であれば彼らに比肩する者は大勢いた。超えている可能性もあった。証明の機会を逸した『天獅子』。実際に黒狼と交戦し生き延び、戦女神を退けた『グレヴィリウスの亡霊』。そして俺にとって一番――」

「グレヴィリウスの亡霊、ですか? 初めて聞きました」

「ん、ああ、他国では言わんか。スヴェン・エリク・グレヴィリウス、歴史あるグレヴィリウス王国の国王にして名君、と呼ばれていたそうだ。くだんの人物が似ていたからこの国ではその亡霊、と呼ばれている。武の柱であったディノ様も討たれたからなあ。っと話が逸れた。この名は誰にとっても忌み名でな、初代様もこの件には触れたがらなかったそうだ。誰も、分からんのだ。何故、あの時、『烈日』がかの国に攻め込んだのか」

 アルフレッドの脳内では様々な情報が飛び交っていた。黒狼や戦女神と渡り合った怪物。そんな人物がいたことをアルフレッドは知らなかった。そしてその情報が真だとすれば、該当する人物は一人しかいない。その人が、亡国の王と似ているのだと彼は言う。

「もしかすると、かの国の王子を恐れていたのかもしれない。老人たちからのまた聞きだが、スヴェン王の息子は才気溢れる子であったらしいからな。五つ六つで大人に混じって修練していたそうだから、まあ神童であったのは間違いない」

「烈日が幼い子供を恐れたのですか?」

「本人はむしろ求めていたかもしれない。だが、エスタードという国を想った時、あの位置に自らを超える怪物の誕生を看過できるほど、かつてのこの国に余裕はなかった。かの国がネーデルクス寄りであったこともあって、芽を潰すことを決意したとしても俺は驚かんよ。いや、俺でもそうする」

「ちなみにその王子の名は?」

「カイ・エル・エリク・グレヴィリウスだったと思うぞ。何だ、心当たりがあるのか?」

「いえ、ただ、ちょっと――」

 アルフレッドの困惑が極まる。まだ確信はない。名前は似ているし、凄まじく強いし、確かにただ者ではなかったのだが、娘であるミラに蹴飛ばされたり、無精ひげを撫でつけながら屁をこいていた姿を思い出し、考えが揺らいでしまう。

「おっとー、めちゃくちゃ話が逸れたな。びっくりするぞ、我ながら。天獅子、亡霊、そしてもう一人、二代目剣聖、だ。おそらく、最終戦争におけるキルスコアが最も高い男は彼だろうな。どの局面でも、無機質に眼前の敵を斬っていた。ただ一人、黙々と、彼だけが別の次元にいたような、だからこそ、戦場では無視できたのだが」

 ゼノは撤退の最中、一つの剣として完成したあの姿を思い出し身震いする。

「他にも実力者は多数。だがな、そんな中に在って戦場を動かしていたのはたったの三人だけだったのだ。黒と赤、そして白。どれだけ個の武力が強くとも、負けていたとしても関係がない。彼らの歩む道が、絶対であった。戦術もクソもない。アポロニアが一声かければ味方全てが精強なる騎士と化し、ヴォルフが先頭に立てば全員が狼、だ。アルカディアは巧く捌いていたよ、戦術では常に有利を取るよう立ち回っていた。さすがテイラーズチルドレン、白騎士もどきがゴロゴロ、だ。それでもなお、止まらない」

「……戦術を超える存在、理に適っていない」

「そう。戦場に最適化した彼らは、群れを率いる者として超越していた。そしてそれを潰したのもまた、超越者だったわけだ。史上最大規模の戦場にあって、それを動かしていたのは実質三人ともなれば、何ともおそるべし怪物たちよ、とヤングな俺の心が折れるのも無理はない。あの二人に憧れ、最後の一人に畏敬の念を覚えた時点で――」

 戦乱の世が産んだ最後の三人。その完成形をゼノは見た。そして折れた。

 ゆえにゼノは今模索しているのだ。自分が歩むべき道を。

 燦々と降り注ぐ太陽の下、ゼノの手は虚空を掴んだ。

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