情熱の王国:ザ・パワー

 誰もが言葉を失っていた。

 怒涛、かつ変幻自在の剣。まるで使い手が変わり続けていたかのような変化の幅に、熟練者ほど信じ難い気持ちでそれを眺めていた。強くなればなるほど、技を磨き上げれば磨き上げるほど、普通の武人であれば芯の通った唯一となる。

 己の動きへと昇華し、己が剣、槍、弓、俺の武へと成るのだ。

「ゼナは、ゼナは」

 信じられないのは、アルフレッドという少年が多くの武を収集し、それら全てを己に最適化したことと、それを瞬時に切り替えられるという二点。戦いの最中、どれほどの集中力と処理速度があればそんなことが叶うのか、この場の誰にも想像すら出来ない。

「ゼナは、負けてないッ! カンペアドールは負けない! もう一度――」

「ゼナァッ!」

 ゼノの一喝。普段おちゃらけているからこそ、完璧の遺伝子を継ぐ将としてのゼノは怖い。冷たく、冷静に、冷徹に、彼は迷わず、最善のためであれば何でもする。

 そのゼノが声を張った。そしてカンペアドールにも序列がある。二代目の次、それがゼノ・シド・カンペアドールの立場なればゼナとて止まるしかない。

「次にやって勝てるならあんちゃんも止めないよ、ゼナ。勝てるビジョンはある? ないのなら槍は収めて、次に勝つために腕を磨かなきゃ。これ以上は、カンペアドールの恥だよ。負けることじゃないのは、わかっているでしょ?」

 キケ・カンペアドールの言葉にゼナは歯噛みしながらも頷く。口の端から血が零れるほど、掌に血が滲むほどの悔しさ。ゼノや先輩たちに負けることはあった。だが、同世代、しかも自分よりも年下の少年に負けたことなんてなかった。

 それがこんなにも悔しいとは思わなかったのだ。

「黄金騎士アレクシスの剣、確かに見せてもらった! 実に見事、我らエスタードの武人にとって大きな学びとなったであろう。皆、勝者を拍手で讃えよう!」

 気づけばゼノの雰囲気はいつも通りに戻っていた。

 彼の言葉に賛同するように大きな拍手が鳴り響く。彼らは武の国の武人、強き者に対する敬意は国境を越えてある。憎むべき対象である黒狼にすらファンが多いのがエスタードという国であった。新たなる星の誕生に敬意を払うのは当然のこと。

「んでは、必要な分のカンペアドールを残し、総員この場から退出せよ!」

 続くゼノの言葉に一瞬、ざわめきが起きる。

「ゼノ、私は――」

「王女殿下も、だ。ここは武の領分、カンペアドールに従ってもらおう」

 お転婆ガールではなく、王女殿下、ならばと彼女も口出しせずに退く。

 ゼノがカンペアドールを振りかざしてきた以上、王女の権限で抗し得ることはできない。出来たとしても彼女はしないだろう。

「ちぇ、ゼノのけちんぼめ」

「こっから面白くなりそうなんだけどなあ」

「ま、カンペアドールの命だからな」

 ぞろぞろと、不承不承に、それでも居残る者は皆無であった。カンペアドールに命じられた以上、死ねと言われても従うのが彼らエスタード軍である。

「……クラビレノ」

「退かしたければ殺すことですね、若きカンペアドール」

 唯一、カンペアドール以外で残ったのはクラビレノだけであった。

「……まあいいだろう。少年、もう少し戦えるかな?」

「え、ええ。大丈夫ですが」

 一連の流れが理解出来ぬ外野のアルフレッドたち。ただ、ゼノの雰囲気から尋常ではない状況だということだけは理解できていた。

「ゼナには挫折が必要だった。俺たちでは例え勝ったとしてもそれを与えることは出来んのだ。年長者の哀しいサガよなぁ。本当にありがたい。これでまたエスタードは強くなる」

「……は、はあ」

「借りっぱなしは性に合わん。倍返しが家訓なのだ。なぁ、キケ」

「えー、あんちゃんがやりなよう」

「俺では駄目なのだ。技の収集には貢献できるが、本当に必要なことは学べん」

 ゼノの眼を見てキケは不承不承だが頷いた。

 巨大な身体が、のそりと立ち上がる。背こそゼナに負けるが、それでも身体の分厚さ、横幅のサイズ感は比較にもならない。巨大な肉塊。

「キケと一番、どうだ? いい勉強になるぞ。おあつらえ向きに闘技場ですでに交戦済みときた。比較材料もあるのだ。面白いと思うぞ」

 アルフレッドは困惑していた。キケとは一度闘技場で戦っている。強い人だったが正直大きな体を持て余していた印象しかなかった。無駄も多く、クラビレノと比較してもそれほど苦戦していない。

「アーク殿」

「心得た」

 アークがアルフレッドに向けて剣を放り投げた。受け取ったアルフレッドはそれの抜き身を見てぎょっとする。これは――

「これ、刃引きしてないですよ!?」

「構わんよ。まあ、気構えの話だ。キケにとってはどちらでも一緒だし、現状の戦力では少年にとっても同じ、だ。それでも、なるべくフェアにいきたいだろう?」

 アルフレッドの脳裏に埋め尽くされる疑問符の数々。

 それをぶすっとした顔で見つめるゼナ。

「……そのキケちゃんは、怖いよ」

 アルフレッドには聞こえぬ声で彼女はこぼす。

「キケ、俺が止めるまで、殺す気で行け」

「いいのお? アルカディアの王子だよ?」

「俺が止め時を誤ると思うか?」

「……了解。ごめんね、アルフレッド君。俺、不器用だから」

 対峙するアルフレッドの背中からぶわっと嫌な汗が噴き出した。キケの貌は穏やかだが、明らかに先ほどまでと、闘技場で出会った時とは異なる雰囲気を宿している。

 巨体が、ありえないことだが大きく見え始める。厚みは増し、横幅も――

「じゃあ、やろうかァ」

「……ッ!?」

 キケが、動き出す。

 こん棒片手に突進してくる巨漢の男。アルフレッドは剣を構える。

(なんだ、この、こんな――)

 嗤うキケ。力任せに振り下ろされたそれを見て、アルフレッドは受けどころか流すことすら選択肢から外す。石畳が炸裂する。人力で生まれた光景とは思えない。

(熊と戦った時よりも、これは、まずい!?)

 あまりにも理から外れた膂力。それでいて、鈍重ではないのだ、このキケという男は。これだけのウェイトを積みながら、この速度域で動けるのもまた特別な才能。

「く、そッ!?」

 かわし続ける。かわすことしか出来ない。キケはゼナほど手足も長くはないが、それでもアルフレッドに比べれば大人と子供の差。ましてや受けも流しも効かないのでは、距離を詰めることすら出来なかった。選択肢がないのだ。

 全部、圧倒的パワーによって潰されてしまった。

「はは、くそ、ほんと、勉強になるよ!」

 スピードで勝るもアルフレッドに手はない。最低限、どこかで拮抗しなければならないのに、得物の頑丈さも相まって相手の攻撃に触れることすら出来ないでいた。

「模擬戦であればゼナが勝つ。不殺のルール化でなら、キケはそれほど強くない。強さを発揮することは出来ん。だが、殺していいのであれば、今のエスタード最強はキケ、だ。戦乱の世でしか輝けぬ才能、大きさとは、パワーとは、時に技を凌駕する。シンプルゆえに咎めようのない、巨大なる理不尽こそ、キケ・カンペアドールだ」

 先ほどまであらゆる手駒を用い、相手を翻弄してきた黄金騎士。それほどの男が何の手立ても打てず、ただ逃げ惑うしか出来ない。技もクソもない、力任せのスイング。

 質量の差が、力の差が、全てを塗り潰す。

「キケはディノ様、チェ様、その系譜に連なる武人です。小細工無用、力こそが全て。今はまだディノ様や全盛期のチェ様には劣れども、体格に勝る以上、いずれは彼らをも上回る力を手にするでしょう。それは、明確なる天井です。今の人類にとって」

 二代目エル・シドは静かに眼を瞑った。戦場の理不尽、戦場の本質、圧倒的な力に戦術家は頭を悩ませてきた。工夫を力ずくで覆される理不尽。

 恐れると同時に憧れてきた。相反する思いが渦巻くものなのだ、同じ戦場に生きる者であれば、頭を使おうが力を行使しようが同じ穴の狢であるのだから。

「負け、るかァ!」

 負けん気が、アルフレッドの足を前へと進ませる。力が足りないのであれば絞り出すしかない。絞り出して足りないのであれば、もっと、もっと絞り上げて、それでも足りぬのであれば、もう限界を超えるしかないだろう。

 壊れてでも――

「……ごめんねぇ。でも、殺すよォ」

 アルフレッドの眼が充血する。紅き衝動が――

(なまじ見えるがゆえに、外し方を……レスターから余計な部分まで学んだ、か)

 獣が如し踏み込み。死地にて己を、人を超えて――

 キケの振り下ろし。その側面に合わせた限界を超えた一撃。

 これで活路を――

「其処まで!」

 ゼノの制止。キケはぴたりとそこでこん棒を止めた。アルフレッドの眼前、鼻先で停止するこん棒。そらすために放った一撃は何の効力も発揮せず、正面からの衝突でないにもかかわらず折れて吹き飛んでいた。

 何も出来なかったのだ。制止がなければ、死んでいた。

「君、まだ十代でしょ? 凄い強いねえ」

 殺す気で放った。制止の声がなければ殺していた。そしてそれよりも、あれほどの勢いと破壊力を持ったこん棒を、あのタイミングで制止させた膂力こそ、キケという怪物の真価を示していたのかもしれない。

「あんちゃん止めるの遅いよお」

「ヤングボゥイが想定を超えたのでな、少し、焦った」

「んもーあんちゃんはドジだなぁ」

 へらへらと笑うキケからは先ほどの濃厚な殺気も、ゼナを遥かに上回る巨大さも感じなかった。ただ、それでも理解させられてしまった。

「……っ!? 何も、出来なかった、か」

 全身が鈍い痛みに襲われていた。分不相応な力を求めた対価。ほんの一瞬でさえ、それは全身が悲鳴を上げるに十分な破壊を自らに与えてしまう。

「これもまた闘いだ。今の世ではほとんど顧みられなくなった、戦場での、な」

「……本当に、勉強させて頂きました」

「なんのなんの。貸し借りなくとも、俺は知って欲しかったよ。自慢の弟と妹分だ。何よりも武国エスタードを知ってもらうには、現状、この二人は避けて通れんからな。ただし、先ほどのような蛮行、あまり易く使ってくれるなよ」

「そうだよぉ。そういうのをさせないためにあんちゃんは人払いさせたんだから。無敗の剣闘士が負けてもいいように、ねー。無理しちゃダメ。無理しなくていい所は手を抜かなきゃ。無理すべきところで無理が効かなくなっちゃうからね」

 ゼノとキケの言葉が痛い。少し考えれば分かることを横に置いて、勝つことだけに注力した。油断があった。慢心があった。一度勝った相手だと心のどこかで舐めていた。

「少しは土産になったかな? 少年」

「とても多くを学ばせて頂きました」

「ならばいい」

「明日、エルリードを発ちます」

「うむ。善は急げ、だな」

 ゼナは「ぐぬう」とうめくも敗者ゆえ不動を貫いた。

「では明日の朝、最後くらい俺も剣を抜こう。場所は人目につかぬところがある。安心して俺の迸る熱いパッションの前に跪くとイイ!」

「……あはは、楽しみ、です!」

 今日の勝利によって明日、アルフレッドたちはエスタードを発つ。

 最後の手土産を渡すため、ゼノ・シド・カンペアドールがとうとうベールを脱ぐ。

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