情熱の王国:黄金騎士の道

 まだレスターから受けた怪我も癒え切っていない頃、アークとの稽古を終えてアルフレッドは一休みとばかりに座り込む。強くなっている実感はある。ドーン・エンド、レスター戦を経て、一つ壁を超えた感覚はあったのだ。

「ただの一撃、されど最上級を見たのだ。価値は十二分であろうよ」

 見た、いや、見えなかった。来るのが分かっていたのに、受けるどころか僅かに軌道を修正する程度しか抵抗出来なかった。結果、レスターは死んでアルフレッドは生き残った。だが、それを勝ったと言えるほど少年は愚かでも楽観的でもなかった。

「あの突きは真似できません。真似、しようとも思えないんです」

「器用が売りの卿でも出来ぬか」

「近づけることは出来ても、模倣には至れない。似てない物真似、雰囲気だけ寄せている寒い感じ。本物の極致を見た以上、俺のはチープが過ぎる」

「……ふむ」

 今まで薄っすら見えていた天井。今はありありと見えている。

「俺が武人として頂点に輝けると思いますか?」

 アークはしばし考えこみ――

「全てを剣に捧げる覚悟があれば、届くやもしれぬ。それは全てを削ぎ落とす道、王も愛も切り捨て、求道するだけの生涯なれば、覆せぬとまでは言わぬよ」

「身長、昨年からほとんど伸びていないんです」

「であるな」

「体重も、この骨格で積めるサイズには限りがある」

「うむ」

「俺は、選ばれなかった」

「否定はせん」

「ありがとうございます、アークさん」

 アークの忌憚ない意見。アルフレッドは苦笑しながらもそれを受け入れた。

「だが、制限を設ければ『ある期間』に限り、天を掴む可能性は跳ね上がる。自らの強みを理解せよ。卿は強い。されどその強みを履き違えたままでは未完成の大器にすら勝てぬ」

「期間、強み、俺の、ですか?」

「まずは白騎士の幻影を捨てよ。卿は白騎士にはなれぬ。白騎士は卿になれぬ。広く集める部分は同じでも、その広さをどう使うか、其処に個性が宿るのだ。あれは広さを深める怪物、莫大な知識を深化させ、己が剣を深め続けた。凡なる極致ではある。目指すべき山巓の一つであることに間違いはない。ゆえに物真似では――」

「いつまで経っても追いつけない」

「そう。同じ道のりを経てもなお、同じ結果にはならない。それが個性なのだ。白騎士の最善手と黄金騎士の最善手は異なる。まずは理解せねばならない。違うということを。そして探すのだ。黄金の道を」

 アークの大きな手がわしゃわしゃとアルフレッドの頭を撫でつける。気恥ずかしそうに、ほんの少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべるアルフレッド。知ってか知らずかアークの頬も緩む。

「さすれば拓かれよう。卿の剣が輝く時代、ゴールデンタイムが」

「……か、かっこいい」

「ふふん。そうであろう?」

 ずっと前から朧気にあった思い。リオネルに会った時、いや、もっと前、そう初めてミラと会った時に思ってしまったのだ。いつか必ず届かない時が来る、と。

 負け惜しみになるが、おそらくあの時点であればミラに勝つことは出来ていた。アルカスにいる間、勝ちたいと思えば勝てる手はいくらでもあった。だが、それは彼女が未完成だから。完成してしまえば、二度と届くことは無い。

 リオネルに会って、レスターを、あの場に居た三人を、洞窟でボロボロにされていたもう一人を含めてもいい、彼らを見て思った。いつか勝てない時が来る、と。

 だが、裏を返せば――未完成である内なら勝機はある、ということ。

 先に完成してしまえばいいのだ。

 アルフレッド・フォン・アルカディアを。

 そのためには――


     ○


「いつか、君に勝てない日が来るんだろうね」

「ゼナの聞き間違えかな? 今は勝てるって聞こえたけど」

「そう言ったんだよ、ゼナ」

 アルフレッドは手で口角を持ち上げる。手を退かすと其処には王者の笑みが張り付いていた。誰もが好感を抱き、皆が焦がれ、何人も寄せ付けぬ、王の仮面が其処にあった。

 同時に溢れ出る黄金の雰囲気。

「ゼナは、カンペアドールは、負けないッ!」

 ボッ、火の出るような突きが奔る。アルフレッドはそれを無造作に払った。

「っ!?」

 ゼナの手に残ったのは自身より二回りも小さい戦士が残した大きな余韻。超射程とスピード、そして力強さを兼ね備えたからこそ、ゼナの槍は難攻不落であった。

「考えたんだ。あの日からずっと――」

 今、その鉄壁が黄金に蝕まれていく。

「くっ!」

 ゼナが放つ連続の突き、それら全てが叩き落とされていく。

「道理に合わないねえ」

「どうなっている?」

 エスタードの武人たちも状況が呑み込めていない。あの構図は横っ面を弾くとはいえ、それなりにゼナと力で拮抗せねばああはならない。この体格差、男女であることを考慮しても拮抗する道理はない。それほど両者の身体能力には開きがあった。

「自分の限界値。天井を知った。君のおかげでまた、それが明確になったよ」

 槍の応酬を弾きながら一歩ずつ、着実に歩む姿は優雅ですらあった。

「まだ、自分の時間、それをどう使うかはまとまっていない。でも、君に会った時から考えていたんだ。早めに倒してしまおうってね。俺の手が届く内に、ゼナ・シド・カンペアドールを倒したという実績を作らせてもらう。こういうのは積み重ねだから」

 勝手な理屈と共に黄金騎士は澱みなく前進し、とうとうゼナを後退させた。かわすのではなく、叩き落とすことで回転数を落とし、前進する余裕を作り出す。この戦いで初めて、アルフレッドが己が間合いに到達した瞬間、御覧の通りゼナは退いたのだ。

「ふぅー」

 ゼナは深呼吸を一つ、大きく吐き出して、爛々と目を輝かせる。自分が本気を出すに値する相手。同世代では初めてであろう。この国で彼女と渡り合える者自体ほとんど残っておらず、若手では皆無。ようやく遊び相手が見つかったのだ。

 ここで楽しまねば戦士ではない。ここで滾らねばカンペアドールではない。

「いっくよー!」

 レスターとの戦いで飛躍したのは彼女もまた同じ。

 以前より速く、以前より熱く、その槍は唸りを上げて襲い来る。凄まじい速さ、威力、そして自在さは槍の鬼才、『烈華』の血統であるという何よりの証明。一族の誰よりも色濃く出た『烈』の体躯に、『華』と称えられた技が乗る。

「これがゼナだッ!」

 真紅の炎。エスタードを象徴する新たなる太陽こそ彼女。

 だからこそアルフレッドは――

「熱いね」

 その炎を消す。

「白騎士の剣か」

「おお、生で初めて見たぜ」

「でも、それじゃあゼナは止まらないよー」

 消されても消されても、燃え盛って上回る。

 それがゼナの生き方であり槍でもある。

「ゼナッ!」

 ゼノの咆哮。咄嗟にゼナは槍を引いた。

 同じように消されるとタカを括って放った槍。緩み、そこをアルフレッドは見逃さなかった。剣を槍の柄で滑らせて持ち手を狙う邪道の剣。それは旅先で出会った武人、百将上位のアダン、その人の剣であった。

 咄嗟に、何の脈絡もなく、剣が変わる。

「それでいい」

 アークは頷く。黄金の炎に、かすかな変化が混じる。

 イェレナに戦いの機微は分からない。だが、それでも美しいと思った。

「白騎士は深めた。俺は、器が溢れるまで広げ続けるよ」

 アルフレッドは軽快な重力を感じさせないミラの動きを模倣し、槍自体はギュンターの剣で叩き落とす。ゼナの手に残る重たい感覚、痺れは彼女の知らぬモノであった。

「ミラは自由、パロミデスは重さ」

 自由には対価が要る。彼女には必要なくとも、己は身体を削らねば模倣すら難しい。リオネルの真似同様、負担を強いる動きなのだ。同時に数万、数十万の打ち込み、その果てに到達するギュンターの剣を用いる。絶妙なタイミングと刹那に注ぐ信念、其処に重さは生まれる。同時に、別々の人間を模倣する。一つの器に二つの貌があった。

 それは二つに収まらない。

 リュシュアン、リオネル、彼らには及ばずとも倒してきた戦士たちも模倣し、緩急を作り出す。誰にでも光るものはある。それを拾い上げ、正しいタイミングで適切に使用すれば、怪物たちにも通用するのだとアルフレッドが証明する。

「……ゼノ。ゼナはゼナお姉さまは、勝ちますよね!?」

「まるで体格が違う者の動きを、自らの身体に落とし込み再現するセンス。それらを混ぜることなく出し入れする恐ろしいまでの冷静さ。何よりも瞬時に判断する思考力の瞬発力。怪物だとも。加えて、あえて混ぜることで爆発的に選択肢を増やしている。ゼナもセンスで何とかしのいでいるが、頭はとっくに追いついていない」

「……そんな」

 エスタードの猛者たちが絶句するほどの光景。誰も見たことがなかった。これほどの広さを。そしてこれだけ高めながらも自分の武に、剣に、執着がないのだ。だからこそこだわりなく別の剣が、別の貌が出せる。瞬時に、感情の入る隙間なく。

 其処に好き嫌いや矜持と言った雑念はない。

 ただ、必要か不必要か、それだけがあった。

「技は駒、ですか。多くの技を従え、相手を詰ませるために指しまわす。ディノ様が見たら憤死する光景でしょうが、他の先達は彼に何を見出すのか、興味があります」

 二代目エル・シド、エルビラの眼にはストラチェスの盤面が映っていた。必死に食い下がっているが、ゼナに盤面は見えていない。エルビラには見える。かつての己は戦場をストラチェスに見立てた。彼は今、一対一の戦いを其処に落とし込んでいる。

 深さはともかく、思考の瞬発力と並列化の精度はトップクラスのエルビラやリディアーヌ、ウィリアムでさえ遥か及ばない。見た目に表れないからこそ、その強さは恐ろしい武器となるのだ。戦場とは比較にならないスピード感である一騎打ちで、己と同じ思考を成り立たせる才。彼女をして未知、怪物として形容できない。

「軍対個。いい経験です、ゼナ。この敗戦が、貴女をさらに強くする」

 エルビラにだけは終局図が見えていた。

 一手、二手、あまりにも美しい詰ませ方。そう導く指しまわし。

「アルフレッドォ!」

 死力を尽くした突き。レスターに会う前であれば呆然と貫かれたかもしれない。それほどの速さと力があった。まるで炎を纏ったかのような槍を前に、慄くことなく前へと進めたのは鷹の槍を身をもって経験していたから。

 彼の最高に比べれば――

「まだまだ道半ば、お互い、ね」

 まだ、彼女の槍は未完成甚だしい。半身でかわし、槍の柄を片手で抱え込み、握り合う構図となる。単純な力比べであればゼナが勝つ。だからこそゼナは力ずくで振りほどこうと槍に力を込めた。その力すら利用して――

「今日は――」

 ゼナの意図していない方向、上に槍を跳ね上げた。足元の石畳に亀裂が入る。発勁と力の流れを征し、ゼナの槍を奪い取った形となる。

 そして悠々とアルフレッドはゼナの首に剣を添える。

「――俺の勝ち、だ」

 ゼナは呆然と立ち尽くす。信じ難い表情で、手に在ったはずの槍を探す。当然、虚空を握るだけ。槍はアルフレッドが抱えているのだ。

 炎が消えた。黄金の前に真紅の炎が塗り潰される。

 黄金の中に、かすかに浮かぶ虹の気配。

 アルフレッドの中で、今日、今この瞬間、完成への道が見えた気がした。

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