情熱の王国:アルフレッド対ゼナ

 王宮に併設された修練場。それなりの実力を備えた将クラスしか使用を許されない場所でアルフレッドとゼナは並び立つ。身長差は頭二つ、下手をすると三つほどの開きがあり、リーチ差ともなると得物の差を考慮せずとも果てしない差があった。

 エスタード軍を彩る実力者たちが噂を聞きつけ修練場に押し寄せてくる。仕掛け人は不明だが、ゼノとアークが「え、あの黄金騎士とカンペアドールが戦うって!?」と言い回っていたのは周知の事実。

「ゼナも剣使おうか?」

「あはは、なら俺が槍を使ってあげるよ」

「アルちゃん可愛くなーい」

「そっちもね。料理している時は美人さんなのになあ」

「ぬふふ。褒められちゃった」

 当の本人たちはそれほど緊張も無くリラックスした状態で互いに向き合う。アルフレッドなど身体を解きほぐすためかぴょんぴょんとその場で跳躍を繰り返していた。ゼナは槍を後ろ手に身体をぐりんぐりんと回す。その度におっぱいが揺れているのだが、そこを凝視する若手たちはのほほんと笑っているキケの一瞥で沈黙していた。

「キケ、負けたらしいな」

「クラビレノさんも負けちゃったみたいですねえ」

「……相性差だ」

「その言い訳は美しくないなあ」

 エルサラで負けたクラビレノ、エルリードでつい先日轟沈したキケ。共に並んで観戦する。負けた割にそれほど悔しそうではないキケを見て、クラビレノはため息をつく。

「闘技場でも負けてくれるな。カンペアドールであるならば」

「んー、でも、俺、みんなみたいに器用じゃないから」

「言い訳無用!」

 このエルリードでも黄金騎士の無敗伝説は継続していた。新たなる世代のカンペアドールである超重量級のキケ・カンペアドールをも下し、向かうところ敵なしのアルフレッド扮する黄金騎士アレクシス。

 だからこそ、これだけ大勢が集まった。

「二代目様まで!?」

 二代目エル・シド、エルビラも様子を窺いにここまで足を伸ばしていた。怜悧な瞳に感情の色はない。それでも彼女が動いたのであれば、やはりここはそれなりの意味を持った場所と成るのだろう。誰もが気を引き締める。

「ゼノ! 悪だくみはしていないですね!?」

「お転婆ガール、誓ってしていないとも」

「そのお転婆ガールはやめてって言ってるのに」

「いつか見目麗しきレディとなったらそうしよう」

「もうっ!」

 ぷりぷり怒る王女をいなしながら、ゼノの眼は戦う準備をする二人に向けられていた。互いに才ある二人。勝負はどちらに転んでもおかしくない。アルカディアの宝とエスタードの宝、今まで見てきた中でゼノの中で格付けは済んでいた。

 それでも今は、分からない。

「んじゃ、そろそろいくよー」

「うん。やろうか」

 アルフレッドは刃引きした剣を抜き放つ。黄金騎士が得手とする初手、居合いを早速捨てた形となる。黄金騎士を知る者ほど、何気ない所作一つに驚きがあった。

「黄金騎士と言えば居合いだろ、ルシタニアの連中みたいな」

「バーカ、ゼナ様相手にそんなもん――」

 ゼナもまた何気ない所作で槍を放つ。

「――届くかよ」

 ただの一歩、ただの一撃。超長身であるゼナのリーチと槍の間合いが重なって、たったの一手でアルフレッドとの距離を消す。其処は安全地帯ではない。

 射程範囲内だと警告するような槍。

「凄まじい」

 アークはゼナの槍に賛辞を贈る。技もへったくれもない基礎スペックだけで、多くの工夫を無に帰すリーチ差。ここから見ても途方もない距離感、対峙するアルフレッドにとっては体感、地平の彼方と言ったところか。

「やるね」

 とはいえあいさつ代わりの一撃。アルフレッドは悠々とその槍をかわしていた。

(戻しも早い、か)

 突いたと思えばすでに槍はゼナの手元へ引いている。突き技主体の戦型にとって最大の欠陥は突いた後の隙。それを狙わせぬため、そして次弾装填のため、突き技は突くことよりも引手の方が重要であるとされる。

 当然、ゼナもその辺りは押さえている。このレベルで見え透いた欠点など残している武人はいない。その点、リオネルは特別であり歪であった。環境と有り余る才能があの歪な怪物を生んでいたが、性格はさておき彼と彼女は対極の存在。

 彼女は純粋培養の武人である。

「どんどんいくよ」

 笑うゼナ。アルフレッドもまた微笑む。

 ゼナの超射程からの連続突き。ボッと火の出るような勢いで放たれるそれは、アルフレッドの射程、その大外から襲い来る。絶対に届かないと思うところから悠々伸びてくる槍の理不尽さたるや、アルフレッドでなくとも苦い笑みを浮かべるしかない。

「やっぱ無敗は伊達じゃねえな。もう、あの射程に適応してやがる」

「普通なら面食らってる内に間合いの外からハチの巣にされるんだがな」

「一対一の場数踏んでるわ。冷静だぜ、ほれ、鼻先でかわした」

 エスタードの猛者たちは理不尽なる射程に対し、冷静に間合いを掴んだアルフレッドのこなれ感を褒め称える。戦場が遠くなろうと世界から戦いは消えない。若き星の胎動、決して彼らの時代に見劣りするものではなかった。

「だが、そのままではジリ貧だぞ」

 ゼノの指摘通り、今のゼナは絶対安全圏からリスクなしの攻撃を続けているだけ。超射程の槍をどうにかしない限り、永遠にアルフレッドの手番は来ないのだ。

(とりあえず――)

 ゼナの射程を把握し終え、仕掛けるはアルフレッド。何の工夫もない前進、当然ゼナの槍が咎めに来る。それを寸前で――

「うぉッ!?」

 この場全員が唸るタイミングでかわして見せた。

 ゼナの眼が見開かれる。

「リオネル、であるか」

 リオネル・ジラルデのムーヴ。理不尽には理不尽で返すとばかりに、相手の攻撃に合わせて超反応、に近い動きを見せつける。厳密にはリオネルほどの理不尽ではない。見てからでは間に合わないアルフレッドの才能、その限界値を、相手の認識外で動き出すフライングにて誤魔化す劣化コピーである。

 それでも初見では驚くしかないだろう。リオネルを知らなければアルフレッドにその天賦があるのでは、と思ってしまう者も少なくないはず。

(二発目ッ!)

 巨躯の戦士とは思えない引手の早さ。細やかな手捌きは私生活にも表れていた。料理をしている最中のふとした動き、巨体の力強さと小兵の繊細さを併せ持つ彼女の強み。

「小兵時代に得た工夫。後天的に与えられた大きさという才能。遅れてきたからこそ生み出されしエスタードの至宝。安くはないぞ、ヤングボゥイ」

 アルフレッドは間合いの内側で二発、かわす。

「ここでッ!」

 いくら何でも間合いの内側で二発かわした。三発目はない。否、打たせないとばかりにアルフレッドは踏み込んだ。引手は早い。だが、自分の踏み込みが勝る。

「むふ」

「ッ!?」

 勝っていたはずであった。たったの半歩、足を入れ替え半歩後退しただけで遥か遠退くゼナの巨体。嗤うゼナ。勝負所を見誤った、いや、見誤るように仕向けられたのだ。隙を演出して攻めさせ、生まれた隙を突くのはいつだって自分であったのに――

 間に合うはずのない三発目が、間に合ってしまった。ただの半歩で消された有利。一瞬で塗り替えられた状況を、アルフレッドはリオネルの動きを模倣しつつ、かわし切れない分は鞘を使った迎撃で猶予を作る。

「おおッ! やっるー」

 ゼナは混じりっ気無しの本音を漏らした。

 無理やり回避したアルフレッドは間合いから押し出された形。だが、ゼナは勝負を急がずどっしりと構えていた。イェレナから聞いていた彼女のスタイル、レスターに見せていたモノとは大きく異なる戦型。

 彼女の強みを活かしているモノではあるが――

(堅牢なる鉄壁。勝つための槍、だ。でも、きっとこれは君の槍じゃない。まず、こいつを攻略しないことには、君の本気は見せてもらえないってことか)

 レスターには通じない。見せるまでもなく――そう思ったから当時の彼女は最初の仕掛けから攻め込んだ。格下ゆえ守勢に回れば攻め潰されて終わる。まだ、アルフレッドは彼女にそう思わせることすら出来ていない。

 天才。アルフレッドの脳裏に浮かぶ言葉。自分には無い、体格というアドバンテージ。父も母も恵まれていない以上、この身体を得ただけで上出来であったが、同時にこれ以上はないとも最近になって理解し始めていた。

 この身体でリオネルや彼女のような怪物とどう戦うか。考えた。考え続けている。そのために今日、ひと目見て理解させられたゼナと勝負する必要があった。理解と実感、確信を得るために、この勝負は彼の王道に必要だったのだ。

「……勝てない、な」

 アルフレッドは遠い目でそう思った。

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